まちあわせとサーターアンダギー
たぬきくんときつねさんはとってもなかよし。
きょうもふたりは、タヌキやまとキツネやまのちょうどまんなかにあるはらっぱ、まんなかはらで、まちあわせです。
まだ、よがあけたばかりの、はだざむいこしかけいわのうえで、きつねさんはたぬきくんをまっていました。あしもとには、つりどうぐがふたくみ。およぐことのできないたぬきくんとかわであそぶために、きつねさんがおにいさんからかりたものです。そしてきつねさんのせのうしろには、ふたりぶんのおべんとうがありました。たぬきくんといっしょにたべるために、きつねさんがはやおきをしてよういしたのです。
せいかくにいうと、おべんとうはきつねさんとおかあさんがいっしょにつくりました。もっとせいかくにいうと、おかあさんがつくってくれたおかずを、きつねさんがおべんとうばこにつめたのですが、おべんとうばこにつめなければおべんとうをもっていくことも、たぬきくんにわたすこともできないのですから、つまりはきつねさんのどりょくなしではおべんとうはかんせいしないわけであって、ということはこのおべんとうはきつねさんがつくったといってもいいのではないかと、きつねさんはひとりでなっとくをしていて、けっきょくおべんとうは、きつねさんがつくったのです。きつねさんはすこしおちつかなさそうに、こしかけいわのうえであしをぶらぶらさせながら、たぬきくんのすがたをみのがさないように、タヌキやまのほうをみています。
きつねさんがそんなふうにそわそわしながらまっていると、のんびりとタヌキやまからたぬきくんがおりてきました。まんなかはらはみとおしのよいばしょですから、タヌキやまからでてきたらすぐに、たぬきくんのすがたをとらえることができるのです。たぬきくんがこちらにむかっていることをしっかりかくにんすると、きつねさんはふいっとタヌキやまにせをむけました。たぬきくんがほんとうにきてくれるのかな、と、ちょっぴりふあんにおもっていたことや、まだかな、はやくこないかな、なんておもっていたことなんて、たぬきくんにきづかれるのはぜったいにいやなのです。こなくたってかまわない、なんならいまからかえろうか、そんなすましたかおをして、きつねさんはたぬきくんがこしかけいわにとうちゃくするのをまっています。
きつねさんのきもちをしってかしらずか、たぬきくんはのんびりとあるいてこしかけいわにむかいます。そして、せをむけてすわるきつねさんにむかって、かるくてをあげてごあいさつしました。
「サーターアンダギー」
まったくよそうしていなかったたぬきくんのことばに、きつねさんはおもわずふりかえってこたえました。
「は? たべてぇの?」
サーターアンダギーとは、みなみのしまでよくたべられている、ドーナツににたあげがしのことです。きつねさんはかたわらのおべんとうばこにそっとふれました。どうしましょう。おべんとうにサーターアンダギーははいっていません。ひっしにどうようをかくそうとするきつねさんにまるできづくようすもなく、たぬきくんはひとさしゆびをたてて、チッチッチとしたをならしました。
「ちがうよ。まったく、これだからせけんしらずはこまるぜ。いいか、サーターアンダギーってのはな。ふるいみなみのしまのことばで、『ごきげんいかが?』っていみなのさ」
とくいげなかおをして、たぬきくんがちしきをひけらかします。きつねさんはふかいそうに、はなにしわをよせました。
「うそつけ。サーターアンダギーはおかしのなまえだろうが」
きつねさんのはんのうを、そうていのはんいないだといわんばかりに、たぬきくんはニヤリとわらいました。
「いまは、な」
「いまは?」
たぬきくんのふくみのあるいいかたに、きつねさんはすこしきょうみをひかれたようです。たぬきくんはおおきくうなずいていいました。
「むかし、みなみのしまではちょっとかしこまったあいさつに『サーターアンダギー』ってことばをつかってたんだ。しょみんのことばってよりは、じょうりゅうかいきゅうのことばだな」
「おお、じょうりゅうかいきゅう」
「そう、じょうりゅうかいきゅう」
じょうりゅうかいきゅう、ということばにひかれるものがあったのでしょうか。きつねさんがかんたんのためいきをつきました。たぬきくんはいみもなくじまんげにむねをはります。
「でだ、じょうりゅうかいきゅう、ってのは、かいきゅうがじょうりゅうだから、だれかをたずねるときにてぶらってわけににゃいかねぇ」
「てぶらじゃだめなのか」
「あったりめぇだろ。なんせじょうりゅうだぞ。かわでいったらかわかみだぞ」
「かわかみのほうがえらいのか?」
「かわかみのほうがえらいな。しもよりかみのほうがえらそうなきがする」
たぬきくんのじしんたっぷりのたいどに、きつねさんは「ふぅん」とこえをあげました。
「いわれてみれば、そんなきもするな」
「だろうがよ。でだ、てみやげにもってくもんっつったら、なにがいいとおもう?」
たぬきくんのしつもんに、きつねさんはうでをくみ、いっしょうけんめいかんがえます。
「うーん。てみやげっつったら、やっぱアレかな。シーサーのおきもの」
「とくしゅっ! このみがとくしゅっ!」
まったくよそうもしていないこたえに、たぬきくんはおもわずさけびました。きつねさんはしんがいそうにいいかえします。
「まもりがみだぞ?」
「そこはてみやげとしてふさわしいかどうかのきじゅんじゃねぇよ。てみやげってのはもっとこう、かるいかんじのものだろうがよ」
きつねさんは、それならだいじょうぶ、というかおをして、たぬきくんにおしえてあげる、というように、すこしとくいげにいいました。
「いしいがいでつくったものもあるし、てのひらにのるくらいのものもあるぞ」
「じゅうりょうのはなしをしてんじゃねぇんだよ。せいしんてきなかるいおもいのはなしだろうがよ」
たぬきくんはあわてたようにりょうてをパタパタとふり、きつねさんのごかいをただします。きつねさんは「ああ、そっちか」とうなずいて、かくしんにみちたひとみでたぬきくんをまっすぐにみすえました。
「あくりょうをとおざけるぞ」
「スピリチュアルのはなしでもねぇよ! だいたい、だれかがたずねてくるたびにいえにまもりがみがふえていくってどうなのってはなしだよ。まもられすぎていきぐるしいわ。むしろまもりがみのしせんがきになってねむれねぇわ」
たぬきくんのことばに、いちりある、というように、きつねさんはうでをくんですこしめをふせました。
「まあ、たしかにな。いえにいってシーサーがすくないと、ああ、こいつともだちいないんだなってなっちゃうもんな」
「きまずいわっ! ただもうニコニコするしかできねぇだろうがよ」
「だからだれかをいえによぶときは、まえもってシーサーをかっとくんだよ。じぶんで」
「むねがいたいっ! シーサーをかうほうのむねもいたいだろうけど、シーサーをうるおみせのてんいんさんのむねもいたい!」
おもわずむねをおさえて、たぬきくんはくるしそうにかおをしかめました。きつねさんはふかくどうじょうするようにうなずきます。
「そうなんだよ。だからそんなひは、シーサーをかざりおわったリビングでひとり、ないちゃうんだ」
「せつないっ! なにそのせつないシチュエーション! だれもしあわせになってないだろうがよっ! シーサーもとんだとばっちりだよ! よかれとおもってまもりがみやってんのに、じぶんのそんざいがもちぬしをおいつめてたらもうどうすりゃいいかわかんねぇだろうがよ!」
きつねさんはしせんをとおくのそらにむけ、ばんかんのおもいをこめてつぶやきました。
「シーサーって、せつないそんざいなんだなぁ」
「シーサーをせつなくしてんのはおまえのてみやげチョイスだよ! シーサーはいっかにいっついあればじゅうぶんなんだよ! シーサーのためにも、てみやげはほかのものにしてください!」
ゼイゼイとかたでいきをしながら、たぬきくんはきつねさんにおねがいしました。きつねさんはきょうもフルスロットルです。
「ほかのもの、ったってなぁ。ほかにどんなてごろなおきものが……」
「おきものからはなれろっつってんだよ! どうしておまえはじぶんのかのうせいをみずからげんていしてしまってるんだよ! もっとじゆうになれよ! じぶんをかいほうしてみせろよ! そうすればきっと、おおぞらにはばたけるさ!」
たぬきくんのアドバイスに、「ああ、なるほど」となっとくして、きつねさんはみずからにとらわれたしこうをかいほうし、あらたなかのうせいをみつけようとめをとじました。そしてしばらく、うんうんとうなりながらいっしょうけんめいかんがえていましたが、やがてなにかをみつけたようにめをあけました。すこしじしんがないのでしょうか。きつねさんはためらいがちにくちをひらきました。
「……まりも?」
「まさかの! まさかのまりもチョイス! みなみのくにからきたのくにまで! おおぞらをはばたきすぎだろうがよ! ってか、こんぽんてきにシーサーともんだいてんがかわらないだろうがよ! かずがすくなきゃともだちいないってことになって、だからじぶんでおみせにかいにいって、けっきょくリビングでなくんだろうがよ!」
きつねさんはとおくのそらをみあげ、ばんかんのおもいをこめてつぶやきました。
「まりもって、せつないそんざいなんだなぁ」
「だからそれはおまえのさじかげんだっつってんだろうがよっ! てみやげのていばんっつったら、きえモンに決まってんだろ!」
これいじょうきつねさんにまかせていては、えいえんにせいかいにたどりつきません。たぬきくんはきつねさんにこたえをつたえました。ところがきつねさんは、たぬきくんのよそうをはるかにうわまわっていました。きつねさんはおどろきにめをみひらき、まさか、と、とまどったひょうじょうでいいました。
「きえモンって、え、じばくれいとか?」
「なんでだよっ! たにんのいえにまねかれて、なんでじばくれいをおいてくんだよ! いやがらせいがいのなにものでもねぇだろうがよっ!」
きつねさんのはっそうについていけずに、たぬきくんはぜんしんでホワイをひょうげんしています。きつねさんはあわてたようにてをふってこたえました。
「でもでも、じばくれいならさ、いえにいってかずがすくなくてもともだちすくないってなんないんじゃねぇかな。ちゃんとおはらいしてえらいねってなんじゃね?」
「ならねぇよ! つうじょうのかていにはじばくれいなんてそもそもいねぇんだよっ!」
「でも、じょうりゅうかいきゅうだぞ?」
「う、たしかに、じょうりゅうかいきゅうにはいろんなおんねんがうずまいていそうだけども。いや、いまのほんだいはそこじゃねぇんだよ。きえモンはれいのことじゃなくて、つかったりたべたりしてなくなるもののことだよ。くいもんとかそういうの」
あさもはやくから、きつねさんのてんねんにぜんりょくでたたかいをいどんでいたたぬきくんは、さけびつかれてダウンすんぜんです。こころなしかこえもよわよわしくなっていました。へんなわだいをふるんじゃなかった、というこうかいが、たぬきくんのかおにみえかくれしています。とおくでかすかにからすのなきごえがきこえました。
「へぇ、そうなのか」
たぬきくんのきもちなんてまるできづかないように、きつねさんは「きえモン」のいみにかんしんしています。いきぐるしそうにおおきくいきをついて、たぬきくんはうつろにきつねさんをみつめました。
「ってか、そもそもなんのはなしだっけ? おれさまはなんでおまえにてみやげのはなしをしてんの?」
「なんだっけ?」
たぬきくんときつねさんは、おたがいにうでをくみ、くびをかしげて、まいごになってしまったはなしをさがしました。あさをむかえたまんなかはらに、ぽかぽかとあたたかいひざしがふりそそいでいます。
すると、きつねさんが「あっ」とこえをあげ、いきおいよくかおをあげました。
「アレだよ。サーターアンダギー。じょうりゅうかいきゅうのあいさつ」
「あ、そっか」
そういえばそんなはなしだったな、と、がてんがいったように、たぬきくんはうなずきました。なんだか、もうずいぶんとむかしのことのようです。
「……まあ、なんかもう、どうでもよくなっちまったよ。なんかこう、そんなかんじってことでいいだろもう」
かんぜんにやるきをうしなったこえで、たぬきくんはなげやりにいいました。しかしきつねさんは、そんなことではなっとくしてくれないようです。
「そんなかんじってどんなかんじだよ。いえよ、きになるだろ」
「えー、もうめんどい」
「おまえがいいだしたんだろ。さいごまでちゃんといえよ」
きつねさんがすこしおこったようにたぬきくんをにらみました。そのくちからはわずかに、するどいきばがのぞいています。たぬきくんはおびえたようにいっぽさがりました。きつねさんはときどき、ひかくてきよく、かむのです。
「わ、わかったよ。せつめいしてやるから、みみのあなかっぽじってよくきけよ」
たぬきくんはきをとりなおすようにしんこきゅうをすると、いきおいよくまくしたてました。
「かつてみなみのしまのじょうりゅうかいきゅうのやつらは、たにんのいえにまねかれたとき、あまいあげがしをもっていくのがていばんだったんだよ。とうじはいまよりずっと、さとうもあぶらもきちょうだったからな。あまくてあげてあるおかしは、しょみんにはてのとどかないかねもちのあかしだったのさ」
いっきにそこまでいうと、たぬきくんはいちどおおきくいきつぎをして、ふたたびいきおいよくはなしをつづけます。きつねさんがくちをはさむすきをあたえないようにしないと、はなしがまたまいごになってしまうことを、しっているのです。
「でだ、やつらはまねいたがわのいえのしゅじんに、『ごきげんいかが』つまりサーターアンダギーっていいながらあげがしをわたしたのさ。そうやってあいさつといっしょにあげがしがわたされるってことがながいあいだつづいていくうちに、いつのまにかあげがしじたいがサーターアンダギーってよばれるようになった。ところが、じだいのながれとともにじょうりゅうかいきゅうのきぞくてきなぶんかがすいたいして、じょうりゅうかいきゅうでしかつかわれていなかったサーターアンダギーってことばがすたれちまった。さとうやあぶらもしょみんにてのとどかないこうきゅうひんじゃなくなり、けっきょくサーターアンダギーはほんらいの『ごきげんいかが』っていみをうしなって、あげがしのなまえだけがのこったのさ」
いっきにせつめいをおえて、たぬきくんはふぅ、と、なにかをなしとげたようにいきをつきました。きつねさんはおもいのほかすなおにせつめいをうけとったようで、そのひとみにこころなしかそんけいのいろをうかべていいました。
「へぇ。しらなかったよ。おまえ、よくしってんな」
「ちょっときょうようがあるやつだったらだれでもしってる、ゆうめいなはなしだ。おまえもよそではじをかかないように、ちゃんとおぼえとけよ」
「おう。おぼえた」
「うむ」
たぬきくんはうでをくみ、ぎょうぎょうしいかおでうなずきました。たぬきくんがしていた、サーターアンダギーにかかわるおはなしはすべてウソなのですけれど、そんなことをしらないきつねさんは、かんしんしきりです。
「かえったら、おにぃにおしえてやろ」
「おしえてやれ、おしえてやれ。きっとびっくりするだろうぜ」
きっとおにいさんがびっくりしているところをそうぞうしているのでしょう。きつねさんがふふふとたのしそうにわらいました。そんなきつねさんのようすをみて、たぬきくんがじゃあくそうにふふふとわらいました。
「なんだかえらくじかんをくっちまったな。もうすっかりあかるくなってんじゃねぇか」
たぬきくんはあおくすみきったあさのそらをみあげました。たいようはげんきにそらへととびだしています。きょうはかいせい。くもひとつないあざやかなあおがひろがっていました。
「いいんじゃねぇの? てきとうで」
きつねさんはきにしたふうもなくそうこたえました。
「そだな。ま、でも、そろそろいくか」
たぬきくんはそういうと、ふたりぶんのつりどうぐをひょいっとかかえてあるきはじめました。きつねさんはおべんとうをたいせつにかかえて、たぬきくんのよこにならびます。
「おまえ、どこにいくかわかってんの?」
「かわだろ? え、もしかしてうみづり?」
「いや、かわであってっけどさ。つれるポイントってのがあんだろ」
「いいんだよ、てきとうで」
「そこはてきとうじゃだめじゃね?」
たあいないかいわをテンポよくかわしながら、ふたりはのんびりとあるいていきます。はるのやわらかいかぜが、ふわり、はなのいいかおりをはこんできました。