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花や蹴散らせ鋼脚の君  作者: 六代目
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3-2「喪失と黒い白衣」

 不意に低いモーター音がして、視界の端で白い壁が四角く切り取られる。

 そこにドアがあったことに初めて気づき、私の身体は驚きに少しだけ跳ね、そのドアから入ってくる小さな影を認めると身体はこわばった。

「フン、起きたか」

 そんなわかりやすい悪態と共に入ってきたのは、奇妙な格好の少女だった。

 研究者のような長袖ロング白衣のシルエットなのに、色は全体的に黒い。袖や裾にレースの意匠が施され、いわば「黒ゴス白衣」といった様子……たった5文字でずいぶんと矛盾しているなぁと思う。

 ともかく、その子が私の方に進んでくる。肩口の長さでボサボサになっている、きちんと手入れをすれば綺麗なんだろうなぁという金髪をガシガシと掻きながら。

「おい、聞こえているか?」

 口も悪いが目つきも悪い。その綺麗な青い目で私を睨んでいることを隠そうともしない。

 背格好からすると10歳くらいだろうか、黒ゴス白衣の裾がギリギリ床を擦ってしまっている。

「あー……だから黒なのか、汚れるから」

「あ? 貴様今なにか失礼な事を言わなかったか?」

「え……っと……あの、可愛い服だね」

 思わず口からこぼれていた言葉を咎められ、焦りながらもフォローする。

「む……そうか? フン、凡夫にしてはセンスは悪くないらしい。このルチルの特注品だからな、そこらの量産品とはワケが違うのだよ」

「特注品なのになんでサイズ……あっ」

 せっかく満更でもない様子だったのに、またも口から失言が飛び出す。どうにも心のハードルがやたらと低くなっているような気がする。

「……まだ伸びると思ってワンサイズ上で作ったんだ……って関係ないだろ今そんなことは!!!」

「あ、うん……なんかゴメンね。えっとそれで、ここ、どこなんだろう……誰か大人の人を呼んでくれるかなぁ?」

「このルチルを子供扱いするな!!」

 眼前の奇妙な少女との中身のない会話は心地よくもあったが、流石にこちらとしても状況を知りたくなってくる。

 どうにか話のわかる大人を……と、思っていたが怒鳴っている彼女の様子にふと気づく。

 私はこの声を知っている。つい最近、この怒鳴り声を聞いた記憶がある。


「もしかして……私を助けに来てくれたのって……」

「ああ、このルチルだ。ハッ、凡夫にも記憶力はあったか」

 やっぱり、意識を失う前に聞いたあの声はこの子のものだったのか。

 だとするとあの説明の難しい状況で駆け寄ってきたのもこの子、となれば……わからない。

 面白可愛い格好以外は、あとその尊大な態度以外は、加えて言えば若干清潔感のない徹夜明けのおじさんのような雰囲気以外は普通の外国人の女の子である。あんな(おそらくは危険な)状況に飛び込んできていい年齢には到底見えないし、この場所が何処かはわからないが、こんな場所に私を連れてきたり、あまつさえこの脚をどうにかした張本人だとは思えない。

「えっと、その、ルチル……ちゃん? だれかお話のわかる人、お医者様とか、責任者とか? そういう人を呼んで来てくれると嬉しいんだけど」

「だーかーらー! 子供扱いするなと言っている!! 医者? お前の脚をぶった切ったヤツか? 責任者? ここで一番偉いヤツか? 全部このルチルだ。特務組織『ガーデン』研究主任及び実務統括ならびに参謀兼司令、ルチル=イルメナイト様だ!」


 私は耳を疑い、首を傾げ、腕を組んで考える。

 ところどころ分からない単語はあったものの、聞き取れた範囲で判断するに……この子が私の脚を切断した、この場所で一番偉い人間だという意味の事を言っていた気がする。おそらく聞き間違いだとは思うのだけれど。

「何が聞き間違いなものか」

「あれっ、口に出てた?」

「露骨にそういう顔をしているだろうが」

「まあ、うん、そうだね……だって10歳位の女の子がそんな事を言えば誰だってそう思うんじゃないかなあ……」

「ルチルは14! 今年で15歳だ!! 先に生まれたのがそんなに偉いかこの愚か者が!」

 私は耳を疑い、首を傾げ……

「それはもういい! 細かい事情はあとで説明するが……成長が止まっているんだ。そんなことよりも、言った通りこのルチルが主治医であり責任者だ、それは認めろ。その上で、聞きたいことがあるだろう、色々と」

 黒ゴス白衣をバッ、バッと大げさに翻しながら私に指を突きつける少女。

 彼女の言う事は確かに信じ難いが、とりあえず強引にでも信じるとすれば、確かに聞きたいことは両手両足でも足りない。両足は、まあないのだけれど。

「じゃあ……うん、信じた前提として、聞いていいかな……」

「簡潔にな」

「あの……あの『葵ちゃん』は……何?」

「フン……まずそれを聞くのか」

「え?」

「いや、いい。ちょっと人を呼ぶので待て」

 そう言うとルチルと名乗った少女は懐から出したケータイで何処かに連絡をする。


「ああ、ルチルだ。いや、それはまだいい、女性スタッフを何人か寄越せ。ん、それでいい」

 通信を切ったルチルが腕組みをして足をタンタンと不機嫌そうに鳴らしていると、程なくして白衣の女性が二人ほど入ってくる。

 ルチルのような不思議な白衣ではない、ナースのそれだ。

「ん」

 ルチルが顎でこちらを指すと、白衣の二人は私の身体を抱きかかえ、ベッドの背にもたれさせる。

 バランスをとるべき脚がないので、ベッドの下から取り出したシーツを折りたたんで身体を囲むように置いて支えにしてくれる。

 ついでに汗ばんでいた私の身体を拭き、手元にストローのついた水筒を置くと、ルチルに会釈をしてそそくさと部屋を出て行ってしまった。

 百聞は一見に如かずとはよく言ったものだなあと思う。

 今の一連の動きで、ルチルが本当に、少なくとも顎で人を使える立場であることははっきりと実感できた。

「さて、では話を始めよう。遠海……古雅音」

 いつの間にかベッドにもたれた私と同じ高さに合わせた椅子に腰掛けた、ルチルの青く澄んだ瞳がこちらをじっと見つめている。

 その瞳はとても綺麗なのに、どこか炎が揺らめくような印象を私に与えた。

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