1.5「さよならの旅」
半年前の私は、さっき降り立ったホームへの段差など意に介することもなく自分の脚で走り回る事ができた。
中学高校と、自分で言うのもなんだけど陸上競技ではちょっとした有名人だった。
インターハイでも自己ベストを出したし、大学へのスポーツ推薦も決まっていた。
なんていうか、運が悪かったのだ。
誰が悪いとか誰を恨むとか、順調にいきすぎた反動だとか、そういうことでもなくて、たまたま私だったんだと思う。
たまたま脇見運転のトラックが突っ込んできた相手が私で、たまたま脚がズタズタにされて……たまたま全部がパーになった。
推薦は無くなり、リハビリをするようになって、毎晩のように事故の夢を見るようになった。
医者の話だと、多分もう少し真剣にリハビリをしていれば今頃は杖なしでも歩けるくらいになっている可能性はあったらしいけど、あの夢を見ている限り……「たまたま一瞬で努力が消える瞬間」を思い出し続ける限り、そんな気にはならなかった。
それでも、助けてくれる家族や黒美を心配させまいとある程度人の手を借りずに歩けるところまではなんとかしたと思う。
いや、まあ現状でもまだ黒美がいなければこんな距離の移動は無理だったろうから、結局は甘えているのだろう。
黒美はたまに、多分わざと私に言う。
「またさー、古雅音が走って、跳んでるとこが見てみたいんだよね」
私は決まってそれにこう返す。
「いいよ、もう十分走ったし、十分跳んだんだ」
「古雅音、乗り換えだよ、大丈夫?」
私の手を引く黒美が心配そうに覗き込んでくる。
少し入り込んでしまっていたらしい。
「うん、ごめんね」
「ううん」
短く返してきた黒美は、ひょっとすると私の目線が何処を見ていたのか気づいていたのかも知れない。
「本当に大丈夫、行こう、葵ちゃんが待ってる」
「……うん」
黒美は目を逸らす。
私だって、今回の旅の無謀さがわからないわけじゃない。
でもそこに、なくしたはずのもの……そうだ、いろいろと失ってしまった私が、取り返せるかも知れない過去。
それがあるかもしれないのなら。
私は決めていた。
もし、何かの間違いで葵ちゃんが取り戻せるのなら、私はもう一度頑張れる。
逆に、やはり、そんなありえない事が当然のようにありえないのであれば、もう頑張るのはやめようと。
つまりこれは、諦めるための旅だった。