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花や蹴散らせ鋼脚の君  作者: 六代目
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1-2「聖地巡礼と高知城(きゅん)」

 それから私は、行ったばかりだという黒美にもう一度の聖地巡礼を懇願した。

「がじょせん(雅城戦記の略らしい)へのお布施(かきん)で財布とバイトがヤバいんだよ~」と言いつつも、彼女は翌日には再びの四国行きの計画を全て立ててくれていた。彼女が持ってきた旅のしおり(というか紙一枚の日程表)では、私のためか階段に近い車両の降り口まで記入がされておりその心配りには頭が下がる。


 そういうわけで、私も黒美が旅程を作ってくれた夜には両親に黒美との高知行きを頼み込んだ。

 止められるのではと思ったが、両親は脚が()()なって以来、遠出などしなくなった私の申し出に心配よりも先にむしろ喜び、旅費も全て出すと息巻いていた。


 そしてお寿司と共に送り出してくれたというわけだ。

 さすがに出発の際には心配(父が特に)していたが、黒美が一緒なのが心強かったらしい。持つべきものは親の覚えが良い万能幼馴染である。


 今でこそゲームへの課金でバイトに忙殺される彼女だが、高校までの黒美と言えば「ギャル生徒会長」の名を知らないものは近隣の学校にもいないほどの名物で、校則無視のギャルファッションと校内一の学力、そして万人に好かれるコミュ力を両立させた奇跡の人であり、突っ走りがちな私を制御しながらまっすぐに導く存在として、自他共に認める私の良き相棒だった。

 欠点といえば男の趣味がちょっと、よろしくないというか、クセがあることと、運動がからっきしなことくらいだ。


「ねえ、高知城って、なんだっけ……がじょせん? ではどういうキャラクターなの?」

 四国に行くため、まずは乗り換えの岡山を目指して走る新幹線の中で黒美に尋ねる。

 本当にしたい話はそんなことではなかったが、目的地に向かう実感が湧いてきて柄にもなく緊張した私は軽い話題でそれをほぐしたかったのだ。


「高知城きゅんの事を聞きたいの!? 古雅音が!?」

「え、あ、うん」

「私の! 最推しの! 高知城きゅんの! 話を!!」

 隣に座る黒美の目がキラキラと輝いて……もはや発光している……。

 しまった、これは地雷……いやおそらくこれはクラウチングスタートで足をかけるスターティングブロックだった。私が一言発すれば、それはそれは見事なスタートを切ってくれるに違いない。

「あの、他のお客さんもいるから、ボリュームは絞ってね」

「りょ!」

 ビシッとした敬礼が逆に不安を掻き立てるが、まあ話題を振ってしまった責任もある。覚悟を決めることにする。


「まずね! 高知城きゅんはちっちゃいの!」

「あー……うん」

「雅城男子はおおまかに天守閣までの高さで身長が決まるんだけど、高知城は18.5m。大阪城の半分以下で、可愛いんだぁ……」

 このへんは確か前にも聞いた気がする。一番大きな江戸城の約45mが身長195cmの長身イケメンで、そこからだんだんと小さくなっていくんだとかなんとか。それにしたってスラスラと数字が出てくるのは流石と言う他ない。

「でね、Sなの。ドSなの」

「ちっちゃくて、ドS……」

 これだ。

 何故だかわからないけれど、黒美はとにかくちっちゃい子に弱い。あとドSな男に弱い。なるほどそれを両立させたとなれば、彼女が萌え狂うのも仕方がない。


「そうなの! そしてとにかく天守閣がいいの……」

「天守閣が?」

「サラサラヘアーに切れ長の、でも子供っぽさの残るアーモンド型の瞳でしょ! 他の大型城の精悍な感じもいいけど、小さなお城特有のデザイン傾向として輪郭が少し丸くて、そのくせ口元は色気の滲み出た笑みをたたえ、うなじがまたおっほよだれ出てきた」

「どうどうどう……」

 なだめながら聞くと、どうやら天守閣というのは雅城男子の「顔」のことらしい。

 城の一番上のきれいな部分ということで、顔がいいことを「天守閣がいい」と言うのがファンの通例なのだという。普通に「かっこいい」「かわいい」でダメなのかというのは黙っておくことにした。


 そこからはたっぷり2時間ほど、高知城きゅんの可愛さと、先日ゲーム内であったイベントでの活躍ぶりを、端々に高知城豆知識を挟み込んで飽きさせない構成で滔々と私に語ってくれた。

 正直意味のわからない部分も多かったが、いきいきと情熱を語る黒美の姿は微笑ましく、眩しく、そして羨ましかった。


「こんなことならもっと黒美の話聞いてあげてもよかったなぁ」

 黒美の独演会が一区切りしたところで、私は小さくため息をついた。

「ついに……ついに古雅音ががじょせんをやってくれる日が……」

 どこを曲解したのか、黒美は布教にいつでも移行できるよう、スマホを握りしめている。

「いや、やらないけどね。でも黒美の話は面白い、それは認めてあげよう」

私が笑いながらも偉そうにそう言うと、わざわざ変顔でショックを受けながら黒美も笑っていた。

「あぁーんもぅー。……まあいいや、そろそろ降りる準備しよっか」

 停車のアナウンスはまだかかっていないが、時計を見た黒美がこの国の優秀なダイヤを信じて腰を上げる。

 普通なら早すぎる行動開始とはいえ、私の脚を気遣った行動に異論などあるわけがない。いざ降りるとなって降車の列に並んでノロノロするのも私自身気が引けるし、周りの人だっていい気分ではないだろう。

なのでこういった黒美のほんの少し先んじてくれるサポートは本当に嬉しいものだった。


 立ち上がってぐらつく脚を見つめる。

 ようやく歩けるようにはなったが、あの頃とは比べるべくもない。

 最近になってようやく、あの事故の夢を見なくなった。


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