1-1「思い出の少女と聖地巡礼」
事の発端は1週間ほど前、友人の新家黒美が私に見せてきた写真だった。
彼女は小学校からの幼馴染で、今は大学生で忙しいはずだけど、私の脚がこうなってからは今まで以上に気にかけてしょっちゅう遊びに来てくれる。
まあ、彼女の場合忙しいと言っても学生生活ではなくバイトなのだけれど、理由はどうあれ満足に動かない脚と時間を持て余している私にとってはありがたくもあり、申し訳なくもある。
とにかく、黒美がその日持ってきた写真にはお城が写っていた。
私はお城には詳しくないが、黒美に聞くと厄介なことになるのは目に見えている。
なぜなら彼女はスマホのゲーム「雅城戦記」の熱烈なファンだからだ。
内容はといえば……日本を中心に世界の城、あるいは城跡をイケメン擬人化して戦わせるという感じのものらしい。黒美の説明によればタワーディフェンス?に分類されるらしいが、とにかくわらわらと襲ってくる敵を「雅城男子」と呼ばれるイケメンが撃退するゲームとのことだ。
一時期は熱心に布教されたものだが、あまり興味がわかない様子の私を見てそれ以上無理強いすることは無かったのはありがたいが……会話の中で何かきっかけがあればスイッチが入ってしまい、事あるごとに鼻息を荒げて説明しようとしてくるのはあまり変わりはない。
まあ熱心に、そして嬉しそうに好きなキャラ(推城というらしい)を語る彼女を見るのは不快ではなかったし、私が冷たくあしらったあとのしょんぼり顔を見るのも嫌いではない。
まあそんなわけで彼女がなにかしらの城と映った写真を見せてきた以上、おそらくそれこそが彼女の推城なのだろう。
「聖地巡礼って言うんだよ」
「へー、聖地ね」
ネットで見たことがある。確かアニメとかゲームの舞台になっている場所を訪問する行為のはずだけど、キャラクターそのものを訪れる(変な言い回しだなあ)というのがそれに当たるのかは私はわからない。
あらゆる角度から何枚も何枚も撮った写真をわざわざこのご時世にプリントして見せて来る彼女に苦笑しながら、パラパラと写真をめくる。
時折写真の中の満面の笑みの黒美と目があって思わず微笑んでしまう。
しかし、そんな私の笑顔は写真のうちの一枚に「それ」を認めた瞬間に凍りついた。
「う……そ……」
「ん? どした古雅音ー?」
一点を見つめて固まった私を心配した黒美が顔を覗き込んでくるのがわかるが、構っていられない。
「こっ、これっ!!!」
思わず腰掛けていたベッドから立ち上がろうとしてしまう。
しかしその行為を私の衰えた脚は許しはしない。
「ちょ、古雅音!!」
バランスを崩し、この脚で動くためにラグすら敷いていない冷たいフローリングに肩から転げ落ちる。
とっさに出した黒美の手は間に合わなかったが、私はその痛みにすら構っている余裕はなかった。
「これ、ここ……『何処』!?」
さっき聞くまいと決めた事など記憶から消し飛ばして、血走った目で黒美に掴みかかる。
「痛ッ……いや、落ち着いて古雅音! どうしたの!?」
「何処!! 何処のお城!?」
腕を掴まれた黒美の苦悶の声すら無視してしまった。
だが私のただならぬ雰囲気に気圧されたのか、黒美は怒ることも茶化すこともなく答えてくれた。
「高知城、だよ」
「高知……」
「ねえ、古雅音どうしたの……? 何が写ってたの?」
すっと自分の方を私の腕の下に滑り込ませ、転げた体を持ち上げながら黒美が聞いてくる。
「葵……」
「え……?」
そのままベッドに座り直させようとしていた黒美の動きが止まる。
聞き間違いかと、私の言葉を待っているのがわかる。
だけど、少なくとも私の言葉は間違いではない。有り得ないことだけれど、そこに写っている物を私ははっきりと言い直した。
「天竹葵だよ……小学校の時、私のせいでいなくなったあの子」
「いや、だって、そんな、あり得ないよ」
倒れ込むように私をベッドに置いて黒美が首を振る。
「だって、10年だよ……もし万が一に葵だとしてもわからないでしょ……」
「ううん……違うの……ここ」
私は強く握りすぎて皺のついたその写真を黒美に差し出して、背景の一点を指差す。
「ひっ!?」
明らかに黒美の顔色が変わる。先程から良くはなかったけれど、もう蒼白と言っていい色合いだった。ひょっとすると私はもっとだったかもしれないけど。
「有り得ない、有り得ないよ! こんなの……他人の空似だって」
「ううん……10年間、忘れたことなんてなかった……これは葵だよ……」
写真の中の黒美の後ろにある桜並木に隠れるようにカメラの方を見つめている一人の少女の姿。
10年前に姿を消した、9歳の時そのままの姿の少女がそこには写っていた。