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花や蹴散らせ鋼脚の君  作者: 六代目
11/15

3-3「黒い白衣と復讐の炎」

「は?」

 問い返す。理由は簡単だ、ルチルが何を言っているのかわからないから。

「死んだ、お前と一緒に居たあの女……新家黒美だったか、あいつは死んだよ」

「……何を言っているのかわからない……黒美が死ぬはずないじゃない……」

「あの女、お前の脚に刺さった根を抜こうとしていただろう。なんとか脚から引き抜いたあとも何時までたっても離さなかったから、全身を吸い尽くされて死んだ。ミイラみたいにカラカラになってな」

「嘘」

「嘘じゃない」

「……うそ……」

 消え入るような私の声を、ルチルはもう否定しなかった。床に転がる私をじっと見下ろして、ただ黙っている。

 痛いくらいの静寂が、真っ白な部屋に充満している。

 頭の中には葵ちゃんのこと、HvPのこと、黒美のこと、脚のこと、ルチルのこと、この場所のこと、明日のこと、生命のこと、そしてそれ以上のいろいろなことが渦巻いて、感情としての形すら成さない。

「う……あ……」

 涙も言葉も、全てその渦に飲まれて、何も外に出てこない。


「……それで、お前はどうする」

「………え」

 混濁した感情をなだめるように、それまでにない優しい口調でルチルが問いかけてくる。

「お前の幼馴染を、友人を、その脚を奪ったバケモノに、復讐したくはないか?」

 それは濁りきった私の心に澄んだ声で落とされた爆弾だった。背筋を這い上がり脳に流し込まれる劇薬のようだった。

『復讐』

 その言葉は、あまりに甘美で強烈に過ぎた。

「HvPを殺すことが出来る道具をお前にやる」

 そう言うと、ルチルは懐からケータイを取り出して短く何か呟く。すぐに部屋のドアが開き、スーツケースのようなものを持った人間が入ってくる。先程の白衣の女性スタッフとは違い、黒いスーツで威圧感のある男性だった。

 男性はケースを私のすぐ横に置き、ルチルに会釈をするとすぐに部屋を出ていった。

「いいか、遠海古雅音」

 ルチルは椅子を降り、床に這いつくばる私の顔を覗き込む。

「これは『脚』だ、正確に言えば義足だ。これをつければ、お前は人間を超えた力で憎きHvPを滅ぼす事ができる」

 ケースに手を置きながら、青い目で私を見据える。

「再び歩くことも、走ることもできる」

 脳が痺れる。

「天竹葵への()()もできる」

 息がしづらい。

「新家黒美の仇もとれる」

 心の中に黒い火種が宿った気がする。

「どうする、遠海古雅音……この脚をつけるか、否か」

 あと一息、大きく吹きかければ、その甘い炎が身を焼いて燃え上がるだろうという予感がある。


 でも


「もう……いいよ」

「何っ?」

「疲れた……もう、全部疲れちゃった……私が全部悪い、私が何かすると皆が不幸になる気がする。だから……もう、何もしなくていい」

 私にはそんな炎を燃やすだけの何かが残っていなかった。

 両腕に顔を埋めるようにして、そこまで言うと、ようやく涙が溢れてきた。

「うっ……うぅっ…………」

「……ハッ、カスが……」

 自分の嗚咽の合間に、ルチルが吐き捨てる声が聞こえる。

「……これは遺品だ……また来る」

 コトッ、と小さな音がして、代わりにガタッと大きな音がして、最後に部屋を出ていく音がした。

 私は暫くの間、ただ泣いていた。失ったものを噛み締めて、ただ、泣いていた。


 どれだけ経っただろうか、いつのまにか寝入っていたらしい。

 気づけば床に転がっていたはずの私は、再びベッドの上で目を覚ます。

 誰か、おそらくはここのスタッフとやらが持ち上げ、寝かせてくれたのだろう。

「…………」

 何もしたくない、何もすべきではない。

「葵ちゃん……黒美……」

 失ったその名を呟く。

 顔を覆おうと腕を動かした時、手が何かに当たったのを感じた。小さくて、硬いものだ。涙で滲む視界の中、手探りでそれを掴む。


「これ……黒美の……」

 顔に近づけると、その手には黒美が愛用していたスマートフォンが握られていた。

『これは遺品だ』

 ルチルの言葉が思い出される。

 あの時はどうやらこれを置き、代わりにあのケースを持ち帰ったらしい。

「黒……美……」

 スマホが黒美本人であるかのように、すがり、また泣いた。

 その拍子にロック画面が表示される。

 笑顔の高知城きゅんのイラストの上に表示された時刻は23時を差していた。日付は私達が高知城を訪れた翌日。

 あの桜並木で葵ちゃんだったものを見かけてからおよそ一日半。たったそれだけの時間で、私の世界のほとんどが壊れて消えてしまった。


 私は黒美のスマホのロックを解除する。

 その中に黒美の思い出を見つけたかった。黒美の残したものを少しでも心に留めたかった。勝手知ったる親友の電話だ。指紋認証はさすがに通らないが、暗証番号は当然のように覚えている。

 ロックが解除されると、ホーム画面では当然のように高知城きゅんがこちらを睨んでくる。

「徹底してるなぁ……」

 くすっと笑い、同時に悲しみがこみ上げてくる。

「そうだ……」

 この中で一番彼女らしいもの、きっとそれはこの高知城きゅんのいる雅城戦記のアプリだろう。画面を横に滑らせていくと、2ページ目にそれらしいアイコンを見つけた。

 タップすると、制作会社らしいいくつかのロゴの後にタイトル画面が表示される。Please Touch と表示された場所を触ると、和風の音と共に画面が切り替わった。

 いくつか良くわからないウインドウが立ち上がったが、何度かタップすると消えてしまった。あとに出てきたのはきれいな顔をした男の子のイラストと、背景にそびえる立派なお城の絵だ。


『ハァ、なんですか、辛気臭い顔をして』

 一瞬、こちらの顔が見えているのかと身構える。

 が、そんな高度な機能があると黒美に聞いた覚えはない。おそらくそこに表示されている小さい男の子、黒美の推城(おしろ)である高知城きゅんの一般的なセリフなのだろう。

 彼を取り囲むように出撃だの編成だのの文字が書かれたボタンが表示されているが、間違って何かしてしまったら黒美が怖いので触らないように気をつける。

「……って、そっか、黒美は……」

 ルチルの言葉を思い出し、その事実を思い出し、また言葉を失う。

『まさか諦めるなんて言いませんよね』

 どこか触ってしまったのか、高知城きゅんがまた話しかけてくる。

「……もう疲れたんだよ。私は、もう」

 馬鹿げたことだとわかってはいたけど、高知城きゅんの言葉に思わず返事をしてしまった。

 その言葉を聞いてか聞かずか、高知城きゅんはセリフを続ける。

『僕は……高知城は湿地の広がるデルタ地帯に建ちました。あのあたりは水害の難所で、建築には大変苦労しましたが……諦めなければ城は建つのです。貴女がいかに低能であろうと、諦めれば何も成し遂げられず、諦めなければいつかは成し遂げられる。生きるとは、そういうことなのでしょう、城主殿』

 嫌味が混じってはいるが、どうやらこちらを励ますセリフを言っているらしい。きっと黒美が好感度だか親愛度だか、そういうものを上げた結果なのだろう。

『まあ、建った後も水害やら大火やらで散々だったわけですが……綺麗なものでしょう? なっ、その、おねしょの話はやめなさい!!』

「あは……あははは……」

 水害=おねしょというキャラ付けなのか、顔を赤くしてこちらを睨む高知城きゅんを見て、思わず笑ってしまう。

 なるほど、これは黒美もハマるわけだ。もともとツンツンしていた子がこんなふうに接してくれるなら、あまり二次元に興味のない私もコロッと行きそうだ。

「もう少し、話聞いたり、一緒に遊んだりしてあげるんだったな……」

 画面の高知城きゅんを見つめながら、大きくて弱々しいため息をつく。

 どこからか、バタバタバタという音が聞こえてきた。


「え、何?」

 部屋の外から聞こえるらしいその音は、段々と近づいてくる。

「足音?」

 先程まではルチルやスタッフの出入りの音もろくに聞こえなかったのに、ずいぶんとはっきりとその音が耳まで届く。

 どうやら防音がしっかりしているというよりは、今までこの部屋を訪れた人が皆、気を使ってくれていたのだろうとわかる。

 だから、今近づいてきている人はそれがない。故に怖い。

 通り過ぎてくれる事を祈ったが、その足音は部屋の前でぴたりと止まった。

『ここか』

 扉の外から小さく聞こえた声に、私は耳を疑う。

 モーター音がして、扉がスライドする。

 声の主はその間も惜しいかのように、隙間に身体をねじ込み、飛び込んできた。

「ローグーイーンーボォーナスゥーーーーー!!!!!!」


 死んだはずの城主殿が、そこにいた。

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