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花や蹴散らせ鋼脚の君  作者: 六代目
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3.1「HvP」

「まず簡潔に貴様の質問に答えよう。お前を襲った()()は『HvP』だ」

「えっちぶいぴー?」

「正式には『Humanivorous Plant』、日本語で言えば『人喰い植物』だ」

「人喰い……だって葵ちゃんは……」

 意識を失う前の光景、自分の脚に突き刺さった根を思い出し、言葉に詰まる。

 アレが、天竹葵の顔をしたアレが天竹葵ではないということはむしろ喜ばしいことだと思う。だというのに、アレが葵ちゃんでも、ましてや人間ですらないという事を感情が理解したがらない。

「……すこし順を追って説明しよう。まずHvPには3つの段階がある。『発芽ジャーミネイト』『開花ブルーム』『結実フルート』だ。普通の植物同様に、種から芽が出て、花が咲き、実をつけて、また種を作る」

「種……」

 その言葉に私ははっとして自分の脚を見る。

 そこには相変わらず虚無だけが存在していたが、もしかして、と思う。

「フン、大方あの時に脚に種を植え付けられたとでも考えたか? 割と頭が回るじゃないか……だが焦るな、話はこれからだ。まあ先に言っておくとあのHvP『天竹葵』はブルーム……『開花』の段階だ、まだ種を持たん。安心しろ」

「は、はぁ」

 心を見透かすかのようなルチルの言葉に私は頷くことしかできない。


「HvPの種が人に植え付けられると、種はその人間の脳を侵食し、肉体を手に入れそして人に紛れる。これが『発芽』だ。この段階ではまだほとんど本能で生きている。食う、寝る、それと元になった人間の強い意思や習慣が残っていた場合、それを行う。そこに自己判断できるだけの人格が加わると『開花』だ。脳から元になった人間の記憶を吸出し、それを使ってより効率的に人間らしく振る舞う。ここを見極めるには『名を名乗る』かどうかが境界線となる。おい遠海古雅音、あの『天竹葵』は名乗っていたな?」

「え……そう……いえば」

 喧騒と痛みに霞む記憶の中を必死に探ると、確かに聞こえた言葉があった。


『そうだよ……あたし、天竹葵だよ。こがねちゃん』


 言っていた。私が呼びかけたにせよ、彼女の口から彼女の声ではっきりと、彼女は天竹葵であると名乗っている。

「うん……自分は天竹葵だって、言ってた」

「ああ、こちらもマイクで拾っていたから間違いない。そして『結実』するためにお前を襲った」

「するため……に?」

 私は聞き返す。良くわからないがルチルの言葉に違和感がある。

「そうだ。HvPは『開花』から『結実』するまでに唯一絶対に必要なものがある。『最後の肥料ラスト・ファーティライザー』だ」

「ラスト……何?」

「最後の肥料、という意味だ。これ無しでHvPが結実することは決してない」

「……ごめん、ちょっと整理してほしいんだけど……」

 私は畳み掛けられる説明にいよいよついていけなくなる。

 それを聞くとルチルは大げさにため息をついて、腕を組み直して私を見つめる。

「HvPの種に寄生された人間は、人間のフリをして人間を襲い、開花のための栄養を得る。そしてそれが一定になると開花……そこからまた一定の栄養(にんげん)を喰うと、結実のために最後の肥料を求めるようになる。その肥料というのは、『元になった人間の脳が最も求める他人』だ。これを吸収した時、奴らは種を持ち、仲間を増やすことが可能になる」

「元になった人間の脳が求める……って、じゃあ葵ちゃんの記憶が、私を……」

「そうだ、お前が天竹葵の最後の(ラスト・)肥料(フォーティライザー)だ」


 ふと、そこで先程の違和感の正体に気づく。

「だって……()()葵ちゃんを探しに高知城に行ったんだよ……」

 もし葵ちゃんに成り代わったそのHvPとかいうバケモノが私を食べて成長したいというのなら、彼女のほうがこちらに来るのが自然な流れではないのだろうか。そもそもが、黒美の写真に映るという偶然が無ければ私はあの場所へ行くことも無かったのだから、HvPからすれば目的を達せなくて困っていたはずだ。

「実を言えば……」

 ここまで淀み無く離し続けていたルチルが少し考えてから言葉を発する。

「そこが分からないところでな……HvPの知能は奪った人間の脳に準ずる。もしHvPとなった天竹葵が身近にいたら、お前はとっくに襲われていたはずだ。だが奴は高知にいた。なぜだ? 9歳児の知能だぞ。いかにHvPの身体能力が異常であっても、意味もなくそんなところまで移動する理由がない」

 ルチルがその青い瞳で私の目を覗き込んでくる。

 背格好が葵ちゃんとあまり変わらないので、嫌でもあの頃の彼女を思い出して、記憶がフラッシュバックする。

 あの日、雨の日、葵ちゃんが消えた日。

「……家……出?」

「何?」

 私の口を突いて出る、一つの単語。先程まで見ていた夢が、どんどん鮮明に脳裏に蘇っていく。

「あの日……私達、家出を計画していて……出来るだけ……遠くに行こうって……子供の足じゃたかが知れてるんだけど……」

 その言葉に、ルチルは私にはっきりとは聞こえないくらいの小さな声でハッ、と笑った。

「なるほど、理解した。脳を奪ってすぐの本能的な行動原理にその記憶が混じったな。人ならざる身体能力に『遠くへ行く』という目的が付与されて、おそらくは人を喰いながら天竹葵はお前の街からどんどん遠ざかっていった。そして開花して、冷静になったときにはもうガキの知能では戻れないほど遠くに居たというわけだ」

 ルチルの説明に私は胸が締め付けられる。


 あの日葵ちゃんはそのHvPというのに襲われ、種を植え付けられたのだろう。

 それは私の責任だ。

 だが、彼女の中には私との家出の約束が強く残っていたため、どんどん遠ざかって行った。

 それも私の責任だ。


 私を求めて、遠い地で徘徊していた彼女を私が刺激して……黒美まで巻き込んで……

 はっとする。自分と葵ちゃんの事ばかりで本当に頭から抜け落ちていた。自分のバカさ加減が嫌になる。

 私は思わず身を乗り出して、ルチルに掴みかかろうとする。しかし両脚を失った身体は均衡を保てず、ルチルの黒ゴス白衣の襟を掴んだままぐらりと揺れてベッドから転げ落ちる。

「おっ、おいバカ!!」

 なんとか頭は打たずに済んだが、全体重をかけてゆかに打ち付けた肩がビキビキと痛む。でもそんな事を言っている場合じゃない。一刻も早く、親友の事をルチルに問わなければ。

 滑り落ちた手が袖から裾に移っていても、お構いなしにそれをたぐって床から少女を睨み上げる。

「黒美は……私を助けようとしていたもうひとりの子は……!?」

 大丈夫、私が生きているんだから、彼女だって無事に決まっている。

 そう言い聞かせるが、記憶が物語っている。

 私の脚があの根に何かを吸われるように干からびていたあの時、それを引き抜こうとしていた黒美の手も、同じく干からび始めていた事を。

 それでも……本当に最悪でも、私よりは軽い怪我で済んでいるはず。そう信じてルチルの目を見つめる。

 彼女は、そんな私の視線を拒むように顔をそらして、言った。


「あの女なら、死んだよ」


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