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壺でプチッ。
「あ」
女神が霊薬の壺を落っことした。
壺が落ちたのは地球の日本、茨城県の某所。
「あ」
落下地点にいたおっさんがアスファルトのオブジェになった。
その後しばらく現場は騒然となった。
※※※※
佐藤秀夫。
女神の壺で粉砕されたおっさんである。
彼は今、理不尽に憤っていた。
(俺は信号待ちしていたはずだ。それが何で真っ暗な、温い液体の中に放り込まれているんだ?声も出せない。姿勢もおかしい。辛くはないけど、苦しくはないけど、寂しい!スマホどこだ?)
だが、思考は徐々におかしな方向に向かい始める。
(スマホないと情報が入らないし、困ったな。ゲームもやりたいのに不便過ぎる。ギルドバトルの時間、そろそろじゃね?召喚士で始めたけど物理に弱いし斥候にしておけばよかったかも。)
体を動かそうとしているのだが、思うようにいかずにイラつき出す。
(つーか、力が入らないんだが、どうなってるんだ?)
落ち着いて、深呼吸。
そこでやっと気付いた。
液体の中にいるはずなのに、深呼吸できる。
苦しくない。
むしろ液体、やたらと美味い。
極上の酒を飲んでいるかのようだが酩酊感はない。
(飲めるだけ飲もう!)
さすがは食道楽が過ぎて重度のメタボになり、医者から早死にの太鼓判を押されていたおっさんである。
考えることが卑しかった。
女神の霊薬が不味い訳はなく、『あ』という間に霊薬を飲み干してしまった。
ここでようやく生死の理が動き出した。
佐藤秀夫の体が光り出し、行くべきところに送られる。
(え、俺体が透け…死んだの?まさか、よくあるトラック事故転生?)
残念、死因は壺である。
(神様とか出てこない!チートくれぇ!)
残念、壺の持ち主の女神様は落としたことを忘れてイケメン神様とデート中である。
かくしてアラフィフなのに厨二病が完治していない残念なおっさん佐藤秀夫は、残念な思念を残して旅立った。
飲み干した霊薬が、どんな影響をもたらすか知ることなく。
※※※※
《魂の欠落が修復されました》
《魂の格は超越神級です》
《本人の意向『チートくれぇ』を確認しました》
《転生を確認》
《該当世界の理を確認》
《一部の者にスキル・魔法があるのを確認、問題無しと判断》
《魂の格に合わせてスキルを付与します》
《害悪反射、超越神級頑健、状態異常無効を付与》
《知恵の泉に連結を確認》
《技能複写、技能最適化を付与》
《成長による漸次スキル獲得を設定》
《魔力規模無限大を設定》
《限界突破、限定解除を設定》
《…魂の受肉を開始…》
《…よい旅を…》
※※※※
壺を落とした女神様、イケメン神様とそろそろキメようとしたが、意外と身持ちの堅いイケメン神様に爽やかに送られ、ふて腐れていた。
「あーあ、残念」
床に転がっていた壺を拾い上げる。
「…ん?」
血痕、肉片。
中身は空。
「まさか!?」
権能の及ぶ範囲で過去を見る。
自分の不始末で地球の人間が死亡、その魂は霊薬に囚われ、飲み干して脱出。
その後転生の輪に乗って生まれ変わる準備に入った。
「マズイ…!」
彼女は逃げを打とうとした。
しかし、回り込まれてしまった!
「うふふ、どこに行こうというのですか?」
いつの間にか、女神の長が厳重な結界を張り巡らせた上で立っていた。
某大佐のような台詞を聞き、壺の女神様は諦めた。
(終わった、あたし…)
彼女はどうなるのか。
それはまさしく神様でもわからなかった。