親孝行
親というものは子供に対して様々な愛を贈る!
一生懸命に幸せになってほしいと育てようとする!
偉い人の本に書いてあった!
親は子供を一生懸命育てようとするが、ほんとうはまだ未熟な魂を子供に育てられている! と書いてあった!
親でなくても指導者も一生懸命に子供の競技能力をあげようと罵声を浴びせかけ心を折っていく!
大人は優しく分かりやすく大人らしく教えてあげられて大人であることを忘れている!
その日の機嫌で平気で子供に当たったりする!
男は7人兄弟の末っ子として生まれた!
母親は自営業を営み父親は普通の工場に勤めていた!
男兄弟はみんな不良で親は頻繁に学校や警察に呼ばれていた!
一人いた姉も不良ではなかったが肝っ玉母さん的な人柄で忙しく晩御飯を作れない母親のために買い物から晩御飯の仕度までやっていた!
テレビ番組のドキュメントで不良たちは諦めずに愛情を注いでくれる親たちに数年後感謝をしていた!
愛情をもらえずに諦められた不良たちは何年たっても愛情に飢えていた!
男は運が良く前者であった!
問題が起きると父親は「お母さんに言え!」と言って母親がいつも学校や警察に謝罪や引き取りに来てくれていた!
頼りない父親だと思っていたが父親が悪いわけでもなく今考えると父親も未熟なだけだった!と思える!
そんな父親も十数年前に他界して何一つ親孝行らしいことも出来なかった!
そして7人も生んで自営業で一家を支えた母親も80歳を迎えて身体の衰えと認知症の予備軍になっていた!
そんなある日、まだ自転車を移動手段で使っていた頃に畑からの帰りに運転を誤り土手に落ちてしまった!
その時の入院から母親はめっきり自分で動かなくなった!
退院した後は自転車に乗らなくなり畑にも行かず家でボーッとしていることが多くなった!
老人達が集うデーケアに行くようになったが、誰かと仲良くお喋りをするわけでもなく椅子に座り一日ボーッとする毎日を過ごしていた!
男はこれは気を付けないと思った!
家系の遺伝として母親は一人でも大丈夫な脳の記憶を持っている!
認知症やアルツハイマー、パーキンソン病などは脳の運動不足である!
これらの予防は人とお喋りをする!
適度な脳トレや運動をする!
母親は明らかに認知症の症状が進むのが早くなった!
男は週に何度か時間の空いたときに実家の方へ適度な運動を教えに通った!
しかし言うことを聞かない母親にイライラすることもありなかなか上手くいかなかった!
母親と上手く行くために男は母親に頼んだ!
「おかん!公民館でやってるヒザコシ楽楽体操に来てくれ!」
母親は
「そんなん行かんでも大丈夫やけ!」
男は食い下がって
「俺が送り迎えするから!」
「、、、、」
母親は返事をしないままだった!
男は母親がその体操教室に来てもついていけないことはわかっていたが教室に入れてしまえば面と向かって見なくてよくなる!とちょっと母親を見る視点を変えたかった!
ヒザコシ楽楽体操の日に迎えに行くとやはり行くのを渋っていた!
だが実家で同居している兄に促され渋々教室に来るようになった!
教室ではやはり他の会員さん達についていけなかったが実家でやっていた時よりは笑顔が見れるようになった!
この頃になると認知症も進み忘れることによる不安症心配性が目立ってきた!
ある日、母親がお金が無くなったと騒ぎだした!
ホントに無くなったのかどうかはわからないが、このままでは世間で良く聞く悪い方の認知症老人になっていく!
この頃の母親の口癖は
「こんなに物忘れが酷くなってこの先どうしよ!」
このままではいけない!
男は自分が病気になったとき一番いやだったのが心配されることだったことを思いだして母親に言った!
「おかん!お金は俺たち兄弟が管理してるから大丈夫!
おかんは俺たち兄弟を一人前に育ててくれたやん!
これからは俺たちがちゃんと見てるから何も心配せずに楽しいことだけ考えよ!」
そして会話の語尾に「幸せやな〰!」と言うように意識した!
認知症の進んだ母親に新しい会話は要らなかった!
毎回帰りの車の中で
「おかん!今日も運動できて幸せやな〰!」
「兄弟がみんなおかんに親孝行できて幸せやな〰!」
「帰りに食べるアンパン美味しいな〰幸せやな〰!」
家に到着すると降りる間際に
「おかんが来てくれるお陰で俺は親孝行な息子って思われてる!
ホントにおかんの子供に生まれて幸せやな〰!」
最初は男の一人語とのように一方通行だったが母親もだんだん受け答えするようになった!
男がいつもの幸せやな〰って言うと!
「あんたのお陰で運動できて幸せ!
手のかからない子供達でホントに幸せ!
アンパンを美味しく食べれて幸せ!
私の人生ってホントに幸せやな〰!」
ある日、実家でみんなでご飯を食べたときに母親が
「あ〰美味しかった!幸せ〰!」と言ったのを見て長男が男に言った!
「お前がいつも幸せ〰幸せ〰っておかんに言ってるから何言っても幸せしか言わんごとなったやねえか!」
笑いながら言った長男が
「でも良いことやな!」
と笑顔で言ってくれた!
母親が男の教室に来るようになって5年の月日が経っていた!
かなり足腰も弱くなりかろうじて兄弟の判別ができるくらいであった!
体力や脳の働きは落ちていたが上がっていることもあった!
男がやり始めた笑い体操!
笑い体操をやる時、誰よりも母親が一番良い笑顔でやってくれた!
その笑顔でみんなの人気者になっていた!
車の中での会話も
「おかんのお陰で幸せ〰
あんたのお陰で幸せ〰」と
何かにつけて幸せの言い合いッ子をしていた!
そんなある日の事、祭日で教室は休みになった!
休みになっていたことを忘れていた男はいつものように母親を連れて公民館に行った!
そして休みに気づいた!
母親に運動をさせようと思った男は御世話になっているフィットネスジムに連れていった!
フィットネスジムに断りを入れて適度な運動とストレッチをして最後にエアロバイクに乗るように促した!
日頃、公民館で乗っているエアロバイクと少し感じが違ったのかキツイという
言葉が多かった!
男の顔を見ると泣きそうな顔になり下ろしてくれと言っているように見えた!
男は笑顔で頷いて「大丈夫!大丈夫!」と背中をポンポンと叩いて根拠のない言葉掛けをした!
10分が経ち母親に良く顔晴れました!と声をかけた!
かなりしんどかったのか母親は自力でバイクから降りれそうもなかった!
男は両脇を支えて母親を下ろした!
母親はもたれ掛かるように男に寄り添って男の手に捕まった!
男はよっぽどキツかったんだと思い手を握り返し歩くサポートをした!
回りから見ると男が母親の手を繋いで歩いているように見えた!!
フィットネスジムの中を母親と手を繋いで歩いていると他のお客様が優しい笑顔で「先生!親孝行ですね!」「ホントに優しいですね!」と大絶賛された!
最初はケンカしながらイライラしながらやっていた母親との付き合いも5年近くの月日の間に男には孫も生まれ孫に対する接し方で無償の愛を学んだ!
その無償の愛を母親にも与えるように心掛けた!
生んでくれた母親に!
いつも謝ってくれた母親に!
命を助けてくれた母親に!
反面教師になってくれた母親に!
そして最後に親孝行させてくれる母親に心から感謝した!
手を繋いで靴箱のところまで歩いて顔を見合わせて男が笑顔で言った!
「おかんの大好きな大好物のアンパン食べながら帰ろうか!」
母親は「そうやな〰」と笑顔で答えた!
男が母親に冗談で言うことがある!
「おかんが亡くなる最後の時に兄弟全員がいても俺の名前を呼ぶんよ!
そしたら俺が手を握って!幸せやったな〰おかんって言うから、おかんと俺はドラマみたいに一粒の涙を流して笑顔で終わるんや!」(笑)
母親は「まだ死なんわ!」と笑いながら男に突っ込みを入れる!
たくさんの愛をもらった母親といつまでも冗談で笑えるように寄り添って行こうと思う男であった!
つづく!




