▼7 Don’t lose yourself
場所は渓谷上の、管理局合同遠征部隊、その『浸透迷彩』で隠された拠点テント群一角。
直射日光が降り注ぐ外界と異なり、テント内は夕暮れほどの灯りだ。ハック・ダックは後ろ頸を掻きながら、資料の文字から三人の教え子たちに視線を戻して言った。
「ってことで、あー……うちのチームは、お前らの育成が今回の目的だからな。あんまりグイグイ前には出さねえってことで、話は決まった。……おい、そんな顔するんじゃねえよクルックス」
名指しされた犬獣人は、覆面の下でもごもごと反論した。
「おいら、なんにも言ってないし考えてませんけど」
「目ェ見りゃわかるんだよ。いいか? お前らは優秀だ。事実として俺は、そう評価している。ただ今回ばかりは、ちと事が大きすぎる。この案件に関わったってだけでも、今後のお前らを評価する判断材料になるだろう。お前たちがよっぽどのヘマをしなけりゃあ、それはメリットになる。何度も言うけど、お前らは優秀だからな。エリカは分かってるな? 」
「そうですね。へたに分相応な前線で欲張るよりも、支援に徹した働きで評価を稼ぐべきです」
「そうだ。お前らがするべきは、一に学ぶこと。二に、自分をアピールすることだ。人的資源って分かるな? お前らはいわば、管理局にとって大事な『資源』として育てている存在だ。お前らを失えば任務が成功しても三年分の大損。俺たちはお前らを守らなきゃならねえし、守り切れなかったら、原石探しから始め、また三年かけて育てなきゃアならねえ。そんなお前らが、危険な前線で出張っていくのは逆に評価を下げる。いいか、勘違いはするなよ。『資源』っていってもモノ扱いしてるわけじゃあ無ェぞ。それだけお前たちが優秀だと判断されてるってことだからな? 」
エリカは肩をすくめた。
「そんなの分かってますよ。……分かってるわよね? 」
「わ、分かるよぉ! それくらい! 」
エリカはデネヴにも念を押す。
「デネヴは分かんなくてもいいから、いつも通りしていてね? 」
「はい」
「よし。認識は統一できたな? 次は具体的な任務内容だぞ。……それでだ、今回の現場指揮のゾグ・ライヤーは話の分かる奴でな。お前らの立場を加味して役割を振ってくれた。ずばり、召喚被害者である『イレギュラー特異点の確保』だ」
研修生たちはざわめく。
「そんな中心になる任務、おいらたちに任せていいんですか!? 」
「もちろん、引率役の俺以外にも、第二部隊の現役ごりごりの職員が同行して補佐する。しかし今回のイレギュラーは、言葉も通じればそれなりの教養もあることが確認された。話が通じりゃア確保は難しくないだろう……居場所もすでに割れている。今回、一番難易度が高いのはむしろ裏方だ。この世界にばら撒かれたウイルスをどうにかせにゃア復興もままならん。『魔王』もいるしな。解析チームと情報収集チームは大変だ……最悪、『切り札(トランプ』)を使う可能性もある」
物々しく唸ったハック・ダックの言葉に、クルックスが飛びついた。
「『トランプ』ってあれですか? 管理局が保持しているっていう『世界再生プログラム』……本当に実在したんですか」
「そうボコボコ使うモンじゃあねえから、話が広まらねえんだろ。お前らが選ばれたのには、冷静に能力面も見てのことだぞ。お前らは人探しと捕縛に向いたチームだから、妥当っちゃあ妥当だろう。成功すれば箔もついて、良いことづくめだ」
太い腕を組んで、ハック・ダックは満足げに頷く。
「いつも通りにやってりゃあ、六割がた成功さ」
「六割? それって、勝利条件は何ですか」
「『何事も無く任務完遂』が6、『確保対象に傷をつけても確保』が4、『不測のトラブルが起こって任務失敗』が2、『なおかつ捕縛対象を死なせて失敗』が0、『手に余るトラブルが発生したものの、それを華麗に解決して評価爆上げで任務成功』が、10点満点の完全勝利」
ウヘェ、とエリカとクルックスは顎を引く。
「異世界ってもんは、何が起こるかわかんないもんさ」
ハック・ダックは上機嫌にウインクした。
「その不測の事態、早くも起こりましたよ」
その声は、ハック・ダックの腰あたりから聞こえた。
デネヴが首を傾げ、クルックスが垂直に飛びあがり、エリカが顔を険しくし、ハック・ダックが眉間を揉んで、半歩右に移動する。
するりと大男の後ろから姿を現したのは、ひどく小さな影だった。
クルックスもまた小柄だが、手足は太く、肩幅などはずんぐりと言っていいほどに骨格が育っている。しかしその人物は、クルックスよりさらに小さく、二回りも華奢だった。
斑の無い真っ白い髪、隈の浮いた大きな青い目、蝋人形のような血の気の引いた肌に重々しい黒革の眼帯、体の線を隠す浸透迷彩のマント。
不吉を告げる妖精のような子供が、これまた人形のような無表情で、ハック・ダックの巨躯の傍らに立つ。
「紹介する。今回、俺たちの任務の補佐をしてくれる第三部隊所属のビス・ケイリスク先輩だ」
「ビス・ケイリスクです。こんな形ですが成人済みです。よろしくお願いします」
「ビス・ケイリスクさんは、これでも熟練のESP能力者だ。つまり、透視、未来視、過去視のスペシャリスト。お前らの能力の穴を補填できる上に、経験値が百倍ある、ありがた~~~い御方だと心得ろ。拍手! 」
四重奏の拍手が、炎天下の荒野に溶ける。今更ながら、ビスとデネヴだけが涼しげだった。
垂れた汗を拭って、厳しい顔をしたハック・ダックがビスに尋ねる。
「……それで? 不測の事態ってのは? 」
「捕縛対象が増えました。イレギュラーは一人では無かったんです」
「……召喚被害者がもう一人いたということか? 」
「いいえ。生き残り……いえ、『死に戻り』が一人いたんです。捕縛対象のイレギュラーは二人。召喚被害者の少年と、召喚被害者のち、現地で転生者となった少女が一人」
誰かがごくりと唾を飲む。
「……その情報源は」
「私です。街で直接、私が『視』ました。情報収集チームには通さずゾグ班長に直訴したところ、班長はあなた方に全て任せるそうです」
ハック・ダックがニンマリと笑った。
「箔、つくな……上等だねェ。やるじゃねえか。ビス・ケイリスク」
「仕事ですので」
ビス・ケイリスクは研修生たちを流し見て、血の気の薄い唇の端を少し広げる。それが彼の微笑みだと気が付いたのは、ハック・ダックとエリカだけだった。