▼1 仮面
その子供の肌を熱波が舐めた。
赤く照らされた子供の両眼は、炎が映り込んで黄金に燃え上がるようだった。涙すら、流す暇もなく高く渦巻く熱気に攫われる。
冬の枯れ草が、少年の手のひらを小さく切り裂く。へたりこんだ地面は雪で濡れていたが、その子供はズボンを濡らす氷の粒も、流れる血の痛みにも気が付かず、ただ茫然と燃え上がる『家』だったものを、見つめていた。
轟轟と身を躍らせる炎の声で、子供のちいさなつぶやきは潰れる。
『母』を呼んだ唇は、てらてらと炎に赤く濡れて揺れている。真紅よりもなお深い、どろりとした赤い炎の中に、黒々と『家』の輪郭がある。揺らぎながら細い足が、枯れ草を踏みしめて立ち上がった。
そこに飲み込まれたものが、思い出だけではないと知っているから、子供はその手を伸ばし、炎に消えていった『母』の背中に追いすがる。
閃光。
爆発。
子供の小さな肉の身体は、紙のように冬の枯れ草と雪の上を転がる。瞳だけが上を向き、火炎の中で崩れゆく我が家の影の中に母の輪郭を探し、彷徨う。
悲哀と甘さを含んだ声を聴くものは、子供自身以外にはいなかった。
やがて、子供は枯れ草の上に伏して動かなくなる。
雪とも灰とも分からないものが、子供のまわりを踊るように足を付けた。
子供のその総髪は、炎に照らされても、なお白く……やがて、灰と雪に埋もれて、何も見えなくなった。
※※※※
微睡みから覚める瞬間は、雨が降り出す時に似ている。
小さな雫が肌で弾け、やがて土砂降りの『情報』という数多の雫が体に降り注ぎ、覚醒へと押し上げる。鼻が、耳が、温度が、肌触りが、最後に記憶が、どろりとした赤黒い混沌と無音の中から彼を引き揚げる。
土砂降りの『情報』に、痛む頭をこらえながら、ビスはようやく目を開けて、覚醒した自己と、自己が捉える『感覚』を取捨選択していく。
色、輪郭、光の反射、質感……。けっして構成する物質の配列や種類、付着した細菌の数、止まった蠅の羽ばたき一つ一つを視認する必要はないのだ。
ビス・ケイリスクは起き抜けの青い左目と、眩しげに細められた右の金色の目を庇うように、瞼の上から擦りながら窓にかけられたヒサシの木枠をくつろげ、外気を迎え入れる。
その瞳に、黒く浮かぶはずの瞳孔は無い。かわりに丸の中に浮かぶのは、中心から絶えず広がっていく光の輪だ。
波紋そのものの光の輪は、眼球にある粘膜の水溜まりの中で渦を巻いている。
窓の外で雲雀が飛んでいる。
透き通った橙。燃えるように輝くピンク。藍色に落ち込んでいくグラデーションを眺めるビスの左目は、朝日を映さずに青く輝いている。
右目を覆う左手が肌の間に滑り込ませた白い布には、二重丸の模様が重たげな右目のかわりに周囲を睨みつけていた。
ビスは螺子まき人形のように振り返り、室内に落ちる闇に沈む男を見上げた。
「新しい仕事だよ。ビス」
コントラバスのような、年を経て落ち着いた声だった。
「今度の仕事は、きみの知りたいことがわかるかも」
声は、甘く誘うようにささやく。
この上司が苦手だ。
好かれる要素が見当たらない人物だと思う。
仮面の中には、秀でた額の影のくぼみ、まぶたの端に年輪のような皺がある。『今日の男』は、緑の瞳に陶器の仮面だった。仮面の陰に沈んでいる眼球からは、何も読み取れない。
一昨日は、硬質な金属の仮面の太った男の姿だった。次こそは『木の仮面の女』かもしれない。この上司は、会うたび顔も体格も声も違うので、どうやら『体を入れ替えられる』タイプか、『姿を変えることができる』タイプらしい。管理局では、珍しくも無い……こともないが、ありえないことではなかった。
ここは特殊な環境に成り立った国であるからして、「ありえない」という概念が「ありえない」。
千年生きるエルフ。植物的に加齢をする不老不死人種。さらには、そもそも年齢という概念がない意識生命体―――――。
肉体が存在していなくても、一個人として認められる。ここの【生物】の概念は、とてもゆるい。
それがこの世界。
『本のくに』。
いや、正確には、ここ『本のくに』に拠点を構える『異世界管理局』の『支部』。
この物語は、俗称『図書館支部』と、そこに所属する『異世界人』たちのお話だ。
ビス・ケイリスクは、今年で齢十七。
管理局の判断にのっとった分類をするなら、人類種とされる。
特徴。白髪、隻眼、極めて小柄の幼体。精神分析によると、極めて冷静で客観性に優れ、それによるものか、鉄仮面でも被っているかのような無表情。
ビスの心の最愛は、睡眠時間という布団の中の白い女神であった。女神の名を、『睡魔』と呼ぶ。
ずいぶん高いところにある男の陶器の貌と、その目元に開いた孔の奥を覗き込みながら、ビスは最愛に想いをはせて嘆息する。
名無しの魔人。無貌の仮面の君。
第一部隊『秘密警察』隊長。
その者こそ、第一部隊が抱える最も大きな『秘密』。
ビスは未だに、この都市伝説染みた存在の部下でいることが信じられない。
男は続ける。
「一週間後から始まる遠征に、きみも同行したまえ」
「尋ねてもよろしいでしょうか。遠征ということは、異世界での任務、ということですね。……なぜ私を? 組織内の浄化が目的の僕ら第一部隊の職務には、実地での任務は含まれていません。私の役割は、あくまでもこの『管理局』内の自浄装置……そう考えているのですが」
「面白いことになるからさ。きみも見たいだろう。いや、きみこそ見るべきだ」
「………。つまり、『知りたいことがわかる』とは」
「きみの両親の死の手がかりがあると、だからそう言っている」
楽し気に告げる声に、ビスは今度こそ嘆息した。そこまで分かっているのに、この男は直接詳細を口にする気はないらしい。
かつて、この怪人と取引をした。
「両親の死の真実を知りたい」
代わりにビスは、怪人の手足の一つとして働くことになっている。
まず間違いなくこの怪人は、ビスが真相に辿り着くまでを、ゲームのように楽しんでいた。
「今の仕事を早急に片付けたまえ。開始は一週間後だが、きみには四日後には現地入りしてもらう。できるだろう? だってきみは、ビス・ケイリスクなんだから」
不明瞭にも過ぎる信頼をこめて、男は重低音をビスの頭上に降らせる。
「三日ください。片付けます」
「三日も? 」
「……二日後の午後までに、時間を空けます」
差し込んだ朝焼けに、男の仮面が赤黒く輝く。一つきりの喝采が、空々しく響いた。
「素晴らしいよ。ビス・ケイリスク」
ビスの周囲の一部の大人は、彼のフルネームを値札でも読み上げるように口にする。意味するところは、称賛か、あるいは侮蔑か。血に付けられた値段にけっして慣れることはない。
仮面の男は、それきり不自然に黙った。高みから見下ろしてくる男に、ビスは首をかしげる。やがて、表情がわからない男の手が、ゆっくりと鎌首をもたげてビスの癖のある白髪を撫でた。
持ち主の気性に反し、几帳面さの欠片も感じられない頭髪である。あっというまにビスの肩にも届かない髪は、ひと塊の毛玉のように隊列を乱した。
「……臆することはない。きみは素晴らしいんだ。私はきみを手に入れたことが誇らしい」
蛇が卵を舐めるように髪越しの頭蓋を指がなぞり、離れていく。
ビスは思わず自分のつむじを抑えようとして、「上司の前で頭髪に指を伸ばすのは失礼にあたらないだろうか」と思い至り、乱れ髪のまま腕を下ろした。
「……新しい仕事とは? 」
「一週間後の遠征任務、それに、第五部隊の研修生たちを訓練で同行させる。きみはいつもどおり身分を隠して、第二部隊の職員のひとりとして参加し、研修生のひとりを監視してほしい」
「対象の名前は? 」
それくらいはいいでしょう? と、沈黙と視線で訴える。
男は投げ入れるように、卓の上に紙片を落とした。
紙片の正体は淑女然とした少女の立ち姿、写真であった。幼い硬さを残す顔立ちは繊細な左右対称で、陶器でできたように白い貌の中に紺に輝く瞳が紙の中から睨みつけるほどにこちらを見つめている。視線の強さのおかげで、無機質なほどの美貌は血の巡りを感じさせた。
仮面の男は、声をひそめて写真の少女の名前を口にした。
「名前はエリカ・A・クロックフォード。資料は後ほど渡す。まずは目先の仕事を片付けてくれたまえ」
「疑いは? 」
男は、吐息に声を乗せる。
「う・ら・ぎ・り……」
※※※※
右眼を押さえつけるように、黒光りする眼帯をつける。
艶やかな光沢のある黒革には、二重丸を模った刺繍が縫い付けられている。眼球の上に位置するよう、オーダーメイドされたこの眼帯は、まさしくビスの右目を『封印』するためのものだ。
その上から、さらに仮面をつける。
白くて軽く、柔らかい。切れ目のような眼穴だけが明いている、何の意匠もない紙製の仮面だ。
額の生え際から顎の下をくぐって、首の付け根までの肌を隠す。胴に纏うのは弾水と、浸透迷彩コーティングの釣鐘コート。
フードは目立つ白髪を通り越して、眼帯と青い左目の両眼も通り越し、鼻の頭がようやく見えるほどまで深い。
浸透迷彩、というものは、管理局の第三部隊、実験研究を目的とする部署で開発された特殊素材だ。これを着たものに向けられた他者の視線と意識を反らし、特徴が印象に残りにくくなる効果がある。
『管理局』のカーキ色をした制服の素材は、すべてこれである。姿そのものを消す光学迷彩よりも、聞き込みを初めとした情報収集に有効である。
とくに、『第一部隊』のものは一段ひとつ抜けている。
ビスら、『第一部隊』は、おもに治安維持を中心とした行政を請け負う機関だ。彼らはふだん、一般的な職員として勤務するのと別に、身分を隠して治安維持に働く。その役割のため、纏うものにはさらに効果が強く出るように仕立てられている。
ビスの『十二歳の体躯を持つ白髪隻眼の十七歳』という目立ちすぎる身体的特徴はもちろん、その者がどんな体臭を持ち、雄性か雌性か無性であるか、裾から伸びる脚は何本あったかも隠して、白い仮面だけが印象に残るようになっている。
この仮面と、背中の黒い蓮の花に問われれば、善人は立ち止まって質問に答えるし、悪人は後ろ暗さに背中を押されて逃げ出すだろう。
この何の仕掛けも無い、メンバーの素性を隠すためだけにある仮面は、そういった効果がある。
ビスは、しっとりと朝霞で煙る街道を歩く。
ひときわ広い、立派な街道だ。生成り色をした地面は混凝土でなめらかに舗装され、端を固めるのは様々な顔ぶれの露店たちである。
赤、橙、青、緑――――道を狭める露店から伸びる、色とりどりの布でできた軒の群れ。
街行く人々には、大きく分けて二通りの人々がいる。
一つの特徴は、小柄で華奢な、二本足で立つ老若男女たち。
平均身長は男性が一六五センチ。女性が一四八センチ。特記して童顔。長髪の慣習があり、白髪が目立つようになると、男女問わず髪を剃って髪の代わりに布を巻く。
『本』の一族。
彼らは、この『国』の現地人だ。
ビスには半分、この『本』の血が流れている。
もう一つの人種には、これといって特徴を上げられない。特徴が無いわけではなく、あまりに彼らの『特徴』は多すぎた。
その者は、この国に三万六千人いる異世界人。
干し果物の露店では陸を歩くゼリー状のクラゲが杏子を値切っていて、アクセサリーの露店では、仲のいい三足歩行の緑色の狐と、四足歩行の赤いアライグマの老夫婦が腕を組んで朝の散歩を楽しんでいた。
隣を横切ったブロンドの筋骨逞しい美女は、背中にも三組の腕を背負い、褐色の肌にも負けない毒々しい赤の入れ墨が肌を覆っている。出勤前なのか、腰に巻いているのは『浸透迷彩』のマントである。
この街が故郷のビスにとっては、何もかもが『平穏』を象徴する光景だ。
前述したとおり、この世界の『生命体』の概念はゆるい。
彼ら異形たちは、一人残らず『管理局』という組織に所属し、この国に『間借り』している、異世界からの亡命者たちだった。ビスに流れるもう半分の血は、彼らのように『外』からやってきた一人の男で構成されている。
ビスは、浸透迷彩によってできる人々の視線の隙間をくぐりながら、足早に道をいく。
天上の陽が早くもベールのような薄雲の陰に隠れ、にじみ出るような陽光をもって世界を照らしている。いずれ霧のような雨が降るだろう。この国の空は、赤ん坊よりまめに泣くのだ。
ビスの脚は、黄灰色のアスファルトで舗装された大通りから、石畳の横道に入る。大通り以外は五階建て以上の建物が建造禁止なので、横道に一歩入ればそこは歴史と文化を残した朱色や藍の化粧瓦と白壁、生成り色をした土塀が迷路のように入り組んだ街並みがある。道なりは山肌を切り拓いてできた証であるように波打って隆起し、角を曲がるごとに、差し込む日の当たり具合によって表情を変えていく。
迷路を行くビスの背中に、いつしかもう一つの、小柄な釣鐘コートが従っていた。
「VK? 」と、釣鐘コートがビスを呼ぶ。「今日は非番じゃあ? 」
「休暇は無くなりました。二日で終わらせます」
「えーっ! 」
狼を模した鉄仮面の下で、『彼』が叫ぶ。
「そんなそんなぁ! この案件は一週間寝かせるって言ってたじゃあないですか! だからおれ、今日は半休の予定だったのに! 」
「攻め口を変えます。いまから乗り込みますよ。CX。合流の手間が省けてよかった。手伝ってくれますね」
「んっもぉ! 最初っから手伝わせるつもりでしょ! 」
「当然でしょう。きみも担当なんです」
「そうですけどっ! もぉう! 」
牛になる狼面を従えて、ビスは音もなく地面を蹴った。ふわりとコートが広がって重力に裾が収まったときには、ビスのブーツの底は土塀のふちを踏んでいる。狼面――――CXが、四足で瓦屋根に着地したのを見届ける前に、ビスは再び脚を踏み蹴って、一戸の家屋を踏み越えた。
二人の第一部隊職員は、そうして四次元的に迷路の街を切り拓いていく。
「あっ」と、ビスがおもむろに声を上げた。
「え⁉ VK! どこに⁉ 」
ビスは空中でマントを翻す。
180度方向転換をしたビスを追い、CXも三拍遅れて屋根を蹴る。
そこは細い路地裏だった。
混然と積みあげられたゴミのなか、ふたつの落下傘となって目の前に降り立った仮面に、通行人の男が野太い悲鳴を上げた。
通行人の男は、明らかに異世界人の特徴を備えていたが、制服を纏っていなかった。
二本一組の手足に、丸刈りの頭を一つ、そこに瞼を備えた二つの目と、一つずつの鼻と口がある。肌がヨモギの汁のように緑色であることを除いては、典型的な『人型』の男だった。手に荷物もなく、丸腰である。
オフだったのだろう。ちょっとした散歩のつもりだったのかもしれない。気が抜けていた男の緋色の瞳が、素早く警戒するのが分かる。異世界という、何が起こるか分からない戦場の戦闘員の目だ。その眼が二人の背にある黒い蓮をとらえる。
その、一瞬にも満たな時に、男は『認識』し、『判断』したようだった。
男の姿が融けるように消え、路地裏を路地裏として形作っていた壁が、グラグラと崩壊する。
今度はCXが悲鳴をあげる。
ビスは着地の脚をそのまま曲げ伸ばし、瓦解していく土塀の破片を蹴って、再び空へ跳ぶ。
その瞳は、空に融け出した男の姿をしっかりと捉えていた。
砕けた土塀と瓦屋根の欠片が降り注ぎ、もうもうと舞い上がる砂塵が、眼下の路地裏を包みこむ。
バッタのように跳んだビスの視界には男の姿はない。
落下。硬いブーツが瓦を踏み割りながら再びの跳躍。
はためく着衣の下で、ビスは大きく腕を広げた。
雲越しの淡く灰色に滲んだ青空が、住み慣れた街並みが、街並みの向こうの白い帽子をかぶった碧い山々が、砂塵で汚れた路地裏が―――――まわる。
砂塵の中、路地をからがら抜け出して見上げたCXの『鼻』はとらえた。
あの男の体の体臭を纏った煙が、ひと筋、空中のVKの小さな背中に迫っている。煙の中でごく小さな紫電が弾ける。やがて、それは解けた氷のようすを逆回しにしたように、腕を広げた緑の人型をとった。CXの呼ぶ声が聴こえる。
「ブイケェッ! 」
瞼を伏せた隻眼が閃く。
角膜の裏側で輝く波紋がうねり、大きく波打つ。
着地。また瓦が踏み砕かれた。
VK―――――ビスの広げた腕が、腕を追うように上半身が、瓦を踏み割りながら足場を滑る下半身が、鞭のようにしなる。
その手に握っていた半月型の曲刀が、鍵穴へ吸い込まれるように、背後に迫っていた男の頭蓋をその眉間から分割した。
「……この剣は、あなたの肉体を害しません」
ビスの首が、遅れて背後の男の姿を捉える。男の緋色の瞳に、波紋の瞳が交差する。
「第四部隊、グエン隊所属の『煤煙のハブ』こと、ハブ・サイですね。違法異世界旅行者へのアイテム横流し、および、不当取引の容疑がかかっていますので、このまま連行いたします。我々に攻撃した経緯なども含めて聴取いたしますので、発言は後ほど許可されます」
朗々と逮捕の口上を述べるフードの影の仮面を睨み、眉間から曲刀を生やした男が口を開くが、言葉にはならない。
言語機能は遮断している。状況によっては、言葉を口にすることが任務失敗の引き金になることがあるからだ。
声なく「なぜおれが見えた」と問いかけて来る男の緋色の瞳は、ありありと、驕りの無い自己評価が透けて見えた。
第四部隊――――最大の人員を誇る戦闘部隊の前線で戦い続けた男の、プライドで血走った目に、ビスもまた無色の視線だけで答えたが、さて、この男に読み取れたかどうか。
見えていた。
それだけだったのだ。
管理局データベースに登録された『VK』の頁には、こう書いてある。
登録名『VK』。本名、ビス・ケイリスク。ダイモン・ケイリスクとロキの次男。
数えで十七。肉体年齢は十二歳。
外見的特徴。白髪。隻眼。波紋の奔る、瞳孔の無い碧眼。
役職。第一部隊所属。
能力は―――――。
碧眼の中に、金輪の波紋が煌めく。
ビスの瞳は過去を見る。
そして、自身がどこから害されるか、どこに痛みが奔るのか。『最も高い可能性の未来』を予知して、その肉体に教えてくれる。
ここは『本のくに』。
管理局――――異世界人たちの安寧と発展の最先端。
世界を弾きだされ、世界と世界を流浪する者たちを、この土地に『保護』し、生活を『保障』して自立を促す。うち、二十パーセントが、実際に異世界に足を踏み入れ、未知の世界を探索し、時に神秘を持ち帰り、時に他の異世界人と敵対もする。
SFの用語で、パラドクス理論というものがある。おもに、時間旅行における矛盾を説明するための理論であるが、管理局の教本にも引用されている。
異世界人は、いわば矛盾を産む異物だ。
矛盾は罅。
異物は、否応なく世界の筋書きを変える。その変化の過程で、失われてはいけないものが失われ、やがてその被害は拡大していく。
……その惑星、世界そのものを、破壊するほどに。
それを防ぐのも、管理局の活動のひとつだ。
しかし今は、管理局のその役割はあまり関係がない。読者諸君に覚えておいてほしいのは、ここが異世界人たちと『本』の国だということ。
管理局―――――そこは、世界のルールに縛られないものたちのコミュニティ。
文化も、倫理も、肉体の概念すら違う無法者たちの坩堝。
世界に登ることを許されない、端役にもなれないものたち。
彼らのことを、この物語ではこう呼称する。
『IRREGULAR』。
=第一部隊隊長
ビスの上司。現れるたびに姿と仮面を変える魔人。管理局内での都市伝説のひとり。
ビスに固執し、彼の個人的な調査にも手を貸している。
使用したイラストのメイキング動画作りました。こちらもよろしくお願いします。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm30013049