▼14 LEGAL HIGH
活動報告に、どこに載せたらいいのか迷う番外編「魔法の脳書き」を投下しておきました。
世界観考察にどうぞ。
二時間ほど、昏倒と変わらない仮眠をとった。
簡易ドアで仕切られていても、テントの壁のほとんどは光学迷彩で加工された布である。
仕事に励む職員たちが発する生気のようなものが、ざわめきのように、ビスのいる薄闇に流れて来る。
剥がされていた装備を身に着け、ブロック型の携帯食料を口に含む。硬いビスケット状をしたそれの、淡い甘さと微かな塩気が胃に染みる。飲み物は、移動中の合間にでも取れるだろう。
数時間でも、任務中に深く眠れたのは初めてかもしれない。
常駐職員であるビスには異世界への出動任務はほぼないと言っていいが、世界が変わると目を閉じても常に意識が目蓋の裏にある。うとうとしても良い夢は見ないので、疲労を取るには目を閉じて横たわるほうが良い。医者にも、無理に眠ろうとしなくていいと言われていた。
布と少しの金属金具で仕切られただけの、テントとテントの間にある狭い通路。制服の裾をなびかせて、作戦行動中の職員の波にまぎれる。
任務開始から四日目。
勇者救出作戦は成功。任務は、世界再生作戦へと移行した。
まずは、第一部隊員としての仕事をしよう。
その次は、管理局イチ職員として、この世界を救済するための大会議が待っている。
※※※※
「エリカがいないんですけど……」
「……おい、デネヴ。少し離れろ。ベタベタされると動きにくい」
「拒否します」
「エリカが! どっこにも! いないんですッ! がッ! 」
「俺は拒否を拒絶する。……おい! 触手使うなってんだろ! ジャケットにヌルヌル付けたら殺すぞ! 」
「うおぉぉお~んェェェエリカがァァァアアアッ! いないん! です! よォッンッン! 」
「ぅぅううるっせェェエエエエエエエ―――――ッッ!!! 黙らっしゃいくそが! 何度も言わせんな! デネヴ離れろ! アホ犬はお座り! 」
「ねえ教官! エリカがいないの! 」
「ステイ! ステイ! ステイ! 」
ドッ! ガスッ! パリンパリンッ
ビスはそっと、ドアを閉めた。
「……いやぁ、お見苦しいモンをお見せして恥ずかしいったらねェな! まったく、俺は恥ずかしい! 」
「いつものやつじゃじじじゅやぶッ」
教え子たちを見下ろすように腕を組んだハック・ダックの米神が、ひくひくと痙攣していた。
「いつものことだから恥ずかしいんだろうがよ! 」
ビスらは、パイプ椅子を車座のように並べて座った。ひとり四つん這いで床にいる犬獣人の垂れた尻尾を、隣で膝を揃えて座っているデネヴの触手が上下にモフモフといじっている。
「ウェッホン。では気を取り直して、今から質問解禁とする。疑問があれば挙手せよ」
「はい! エリカはどうして別行動なんですか! 」
「……アホ犬は、指す前に疑問を口にしないように」
「ふぎゃん」
ビスが耳ほどの高さに手を挙げた。意外そうな顔をして、ハック・ダックがビスを指す。
「どうぞ、ビス・ケイリスク隊員」
「この中に、エリカ嬢の出生や立場について、知らない人物はいますか」
「なんだ。それか」
ハック・ダックが肩をすくめる。答えるまでも無く、彼らの態度が物語っていた。
ハック・ダックとデネヴは、それこそ「なんだそれか」という態度だったが、覆面の犬獣人だけが、ぐるぐると喉を鳴らし憮然とした態度でいる。
「……もちろん、長い付き合いだからね。……というか、エリカ自身が最初に言ったんだよね。『私と仲良くしていると、偉いヒトから目をつけられるわよ』って怖い顔でさ」
クルックスは諦観をにじませていた。
「おいらたちはエリカの味方。エリカは生まれてこのかた自分の父親には会ったことが無いって言ってる。嘘じゃないよ。おいら、見た目通り鼻はいいんだ。コンタクトを取るための暇も、術も、まったく皆無なのは明らか。この二年、ずっと一緒にいたおいらたちが証人だね。……でもどうせ、おいらたちの証言は証明にはならないんでしょう? 」
そして諦観の中に、確かな『覚悟』もにじませる。
邪推は必要なかった。ただ彼らは、純粋に絆というもので信頼しあっている。信頼と情で編まれた結束だ。
クルックスの瞳が底光りしたように錯覚する。どうやって喉笛を噛み砕こうかと思案している目だった。ハック・ダックとデネヴはそれを静観しながら、引き際を見極めている。
有益な質問だった。ビスの瞳も良く見通せる。
「……なるほど。ではまず、自分がここに、どういった立場で同席しているかを、はっきりさせねばいけませんね」
「おう。そうだぞ! どこからの刺客か知らないけど、うちのカワイ子ちゃんには指一本触ろっどぶぎゃん! いひゃい! 」
「立場を弁えろ。研修生」
「改めて自己紹介をしましょう。ぼくは第一部隊所属、ビス・ケイリスク。エリカ・クロックフォードの監視員として送り込まれた身分です。ぼく個人は、彼女をすでに容疑者としては見ていません」
前のめりに何かを言いかけたクルックスを押しとどめるようにして、指を三本立てる。
「……彼女にかけられた容疑は三つ」
ひとつ。局内の情報漏洩容疑。
ふたつ。保管庫からのアイテム横流しの容疑。
みっつ。ビスが先日逮捕した『煤煙のハブ』を筆頭とした違反者との共犯容疑。
「……先日逮捕された容疑者ハブ・サイの供述から、この世界の名前が出ました。いわく、その容疑者が取引をしていた組織は、『召喚』の技術を流布する活動をしているらしいです。その目的はいまだ不明ですが、その組織には『東シオン』が名を連ねているという情報がありました――――」
だからエリカの容疑は、前提として『東シオンと通じている』から始まった容疑だ。
「――――おっしゃる通り、エリカ嬢が『生まれてから一度も父親には会ったことが無い』、そして『接触する術がない』のなら、あっさりと覆る。エリカ嬢が管理局に来て五年、記録に残る限り、彼女には不可能だと断定できます。……ただしこれは、短い期間で第一部隊の職員の立場を活用して得た情報なので、公式に提示しろと言われると出来かねますが」
……ではなぜ、エリカにはこうも執拗に容疑が付きまとうのか。
『管理局』全体でみると、エリカは特に名の知れた一人というわけではない。現状、『東シオン』を知っている者にとっては意識に引っかかる存在ではあっても、そうでない者にとっては、功績も無い『ただの研修生』でしかないからだ。
世間的なエリカの認識は、真っさらで何の色もついていない。しかし『無色』ということは、『どんな汚れもつきやすい』ということでもある。
「エリカ嬢を裏切りの魔女ファム・ファタルに仕立て上げたい誰かがいるということです。近々、この『本のくに支部』の長が変わる。……いえ、戻る、という噂はご存知でしょうか」
「……『ロメロ・ミアロ』か」
ハック・ダックが吐き捨てた。
「お前らは若いから知らねえだろうがよ、ロメロ・ミアロってのは、『アン・エイビー事件』の責任とって本部へ出向になった、元支部長のお天気爺さんだ」
「ええ。そして『魔法使い・東シオン』は、管理局の深部でかなり高い評価がされています。一時期、東シオンのスカウトを目的としたチームが組まれるほど……ハック・ダック教官は、当時のことをよりご存じでは? 」
苦み走った顔で、ハック・ダックは唸った。
「ロメロ前支部長は、『東シオン確保』にとても意欲的で、いえ、むしろ後進した人物です。その奇抜な人柄と長いキャリアから、ロメロ前支部長には過激な否定派が存在します。そのお騒がせの『お天気爺さん』が、本部から帰ってくる……それも大規模な組織改革案をたずさえて」
「……さいっあくだな。うちの教え子はそんな阿呆らしい権力争いに巻きこまれたって? ふざけんじゃねぇ」
「ぼくが彼女の容疑を覆した理由は、もう一つあります」
「そりゃ、根拠はあんたの『能力』か? 」
やはりハック・ダックは知っていたのだな、とビスは再確認する。
まあ、任務でチームが組まれれば、こうして能力の詳細だって開示する。ハック・ダックの来歴を見ても、ビスの父・ダイモン・ケイリスクを知っていてもおかしくない。そしてビスの能力は、父親から遺伝したものだ。
理解がある『なら』、話が早い。
理解がある『から』、話が早い。
「エリカ嬢の記憶を浚わせていただきました。……もちろん、本人の了解を得ています。彼女は確かに、写真でしか父親を知らない。けれどこの僕の証言も、たとえ知見記憶資料として抽出したとしても、無かったことにされるでしょう。すんなり証拠として承認されるのなら、第一部隊を動かせるほどの事態になるはずがない」
「……第一部隊からの情報でも、か? 」
「管理局の情報は、例外なく第三部隊に集束します。そうしなければ公式に認められない。それは管理局設立当時からのルールです。でなければ、もし第一部隊で違反者が出たときに処罰することができなくなります。本来、管理局で最も権力が及ばない中立地帯として作られたのは、情報総括部隊である第三部隊のほうなんです」
「その第三部隊に、ウチのエリカをどうにかしようとする輩がいるから、こうもややこしくなっているってわけか。……まあ分からんでもないな。今の第三部隊長は、もう見るからに野心ムンムンのオッサンだ」
「じゃあ、その人が悪い奴なの? 」
と、クルックスが瞳孔の開いた目をハック・ダックに向けた。
「いや、いや。そういう意味じゃあない。あん人は俺も知ってるが、もっと計算高いっつーか……ハブ・サイなんていう末端でも操作しきるだろう。あの人が関わっているとなったら、そいつから出た情報は全部疑わなきゃならねえ。そういうことが出来るから、第三部隊長の席に100年以上座らされてる。本人は本部でもっと上を目指したいんだろうがな……そもそも第三部隊長は、ロメロ・ミアロ否定派じゃあない。東シオン確保ンときも、たいして反対はしなかったような記憶がある」
「中立派といったところですね」
「……ただ清濁飲み込むところがあるから、あの人の独断で泳がされている可能性は大いにある。……そういうことだ」
「第三部隊長……どういう人なんだよ……」
「だからそーいう人なんだよ。第三部隊志望すんなら気を付けろよ。しかし第三部隊か……まあ、そこらへんだろうとは思っていたが」
「そこにきて今回の遠征任務には、不可解な点が多い。この通り、第一部隊ぼくから第四部隊までの総力戦になっている状況に、なぜか研修生が組み込まれている。この不可解な現状に、煤煙のハブの供述――――ハブは末端の実行役です。その上に、ハブも知らない枝がある。まだ見つかっていないこの内通者は、おそらくこの第三部隊員とイコールで繋がると考えられ、仕組まれている可能性が高いです。そこでハック・ダック教官とも相談して、エリカ嬢には別行動をしてもらっています」
「なアんだ! それなら心配すること無いね」
クルックスが晴れやかに緑の瞳を細めた。「それで? おいらは何をしたらいいの? 」
「まず、この任務に組み込まれているだろう内通者を探す」
「ほうほう。どうやって? 」
「――――待つ」
ハック・ダックは、悪い顔で笑った。
「ただ、ジッと待つ……おまえは得意だろう? クルックス」
「うん……うん! おいらの得意分野だ! 」
クルックスは無邪気にはしゃいだ。
※ビス・ケイリスク第一話からのスケジュール。
※第一話~第三話
(一日目/エリカ・クロックフォード監視任務のため、予定を繰り上げて煤煙のハブ捕縛、聴取。各種裏取り~書類作成)
(二日目/バディ組んでるCXも道連れに夜を明かす。煤煙のハブ聴取と並行して、裏取り調査や、いない間の引継ぎ、さらに書類作成。調査ついでにエリカ・クロックフォードの過去調査記録をあさる。思ってたよりヤバイ案件と気が付いて頭痛がしてくる。ちょっとデスクで仮眠をとったら日付変わってたからCXを家に帰す。)
(三日目/予習は欠かさない優等生ビス、煤煙のハブの案件と並行して、ちょっと無理してエリカ案件の事実確認のため独自調査。第一部隊長に会うために午後から出勤。
なんか色々気になって調べているうちに陽が暮れ、少しでも眠ろうと帰宅して就寝。六時間ほど泥のように眠り、炎の夢を見る。深夜に兄の電話で叩き起こされ、倒れた兄のために救急車を呼んで入院手続きしていたら太陽が出ていた。どいひー)
(四日目/バス乗り過ごして涙目の朝。エレベーターで監視対象に遭遇。いろいろ知ってるのでSAN値減らしながら応対。エリカの記憶を視たのはココ。『虹の西端』での事前調査開始。)
(五日目/休むのも仕事ということで、ベットに横になるが案の定眠れない。ヤだなー帰りたいなーと思いながら夜が明ける。第五話の会議はここ。研修生班にサポートとして組み込まれる)
(六日目/第11話。任務開始。『象のあし』出現。勇者保護)
(七日目/12話。)
(八日目~九日目/13、14、15話)