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IRREGULAR~異世界人しか出てこねぇはなし~  作者: 陸一じゅん
第一章 Over the Rainbow ~勇者を保護せよ 召喚被害者殺人事件~
13/15

▼12 Fallen Angel

 ミーシャは眼を開けてまず、自身の五感が知らせてくる『文明の気配』に飛び起きた。

「おう、起きたか。チビ」

 リネンの匂いのするパイプベット、天井から下がった傘のある電球には電気供給のコードが建物を支えるパイプの骨組みに沿って固定されている。下まで目線を下げると、フローリングを思い出させる床材と、そこに座り込んだあの『青い男』と目が合った。

「ここは……」

「管理局の拠点になってる仮設テントだ。勝手に連れてきて悪かったな」

「ショーマは! 」

「ちゃぁんと、あっちも無事だよ。……おっと、今は診断中だからな。眠ってるだろうし、先に俺と話をしてくれ。覚えてるか? なんせあの状況だったからな。外傷は無いと思うが……体に不具合がありゃあ言ってくれ」

「別にいいよ。あたしを助けてくれたんだろ。……そういうアンタは、何してるんだ」

「俺か? 見りゃアわかんだろ。メンテナンス中だ」

 胡坐をかいた男の太腿や床の上には、無数の銀色のパーツが散らばっている。ミーシャは痛まし気に、男――――ハック・ダックの左肩に顔をゆがめた。

 その鉄線の塊のような右腕には、肩から捥いだ左腕らしきものが握られていたからだ。

 肩の断面には、透明なカバーが被せてあり、その内部は機械化されているのが、肉色が見当たらないことで理解ができた。骨の代わりになる銀色の骨組みがあり、血管のかわりをするのは無数の管で、血のかわりに巡るのは、ほのかに青い水銀のような液体だった。なるほど、この男が『青い』理由はそれだろう。

「自己紹介をしよう」

 長い夢から覚めたような、いまだ夢の中にいるような、そんな落ち着かない視線でいたミーシャに、ハック・ダックは、獰猛なほど男臭い顔を神妙に引き締めて、片腕のまま胡坐ごとベットへと向き直り、彼女を見上げて、そう言った。


 ※※※※


「質問があります」

「なんですかい。ビス・ケイリスク隊員」

「ここには増員を重ねた百名以上の職員がいます。本部からのバックアップもある……なぜ、研修生に作戦の要を任せ、ハック・ダックに『転生者』の聴取を? 」

「そらもちろん、それが必要だからですわ」

 机を挟んだ背中越しにゾグ・ライヤーは言い、振り返った。ゴーグルが照明を反射する。その顔は笑っている。

「まあね、ホラ。今はそういうことで」

「つまり、私の知らされていない何かご事情があると」

「当て擦らんでんでくださいや。こちらも板挟みなんは同じです。……ですから一つ、許可されているレベルのヒントを差し上げます」

「なるほど……あなたの後ろにいるのは、第一部隊長ですか」

「御想像にお任せします」

「それがヒントですか? 」

「……それも、御想像にお任せします。ああ、それとも一つサービスしておきますと、ハック・ダックは経験豊富な男です。きっと、うまくやりますよ」

 厭らしい笑みだ。どうしても好きになれない、あの上司を思い出す。


 ※※※※


「俺は、『機械生命サウンド・ハック』という製造名で登録されている、ワンダー・ハンダー博士製作の機械化人間サイボーグの一人。昔はそれなりにバリバリやってたんだが、今は現役を退いて教師のようなことをしてるんだ。歳は58になるかな」

「もっと若く見える」

「この体になったのが27の時だからな。それから『こう』だ」

「ハック・ダックってほんとうの名前? 」

「この体になったときに、博士につけられた名前だ。『ハック・ダック』は、もともと独立した一体としての登録名でな。元の名前は別にある。自己紹介をしよう。そこから始めるんだ。……お前の名前も聞いていいか? 」

「……あたしはミーシャ。だいたい3さい。ショーマに拾われた孤児だよ。もとの……ほんとうの、なまえは……なまえは……」

 長い瞬きをした。眼球を推し戻すように瞼を手で覆い、彼女は震えるため息を溢す。


「もう……おぼえてないの……」

 俯くミーシャのつむじへ、ハック・ダックはほとんど反射的に手を伸ばした。その手を、少女の若枝を思わせる手が払いのける。


 ぺちっと乾いた音がした。叩いたほうが、痛そうに顔を歪める。

 ミーシャの頭はハック・ダックらの背後に大きな組織の影を感じつつあり、そして彼らが求める『何か』が、ミーシャと蒼馬という『この世界にとっての異物』にあるのだろうと確信しつつあった。その警戒の目は深く切り込んでいる。

 ハック・ダックは、その視線を敏感に感じ取り、迷うそぶりもなく、真っ向から彼女を見た。

 見つめられていることに気が付いたミーシャもまた、あの渓流での怯えを振り切ったように、吹っ切れた様子でハック・ダックを見つめる。


「あたしは……あたしは……あんたたちを、信用できない……! 」

「だろうな」

「それは、あたしがナンにも分からないからだ。あんたたちが何人いて、何を考えていて、『本当は』何がしたいのか。『世界を救う』? ……笑わせる。あたしやショーマがやろうと思っても出来ないこと、不可能だと思ったこと……それをやろうっていう、その口が信じられない。フワフワして具体性が無いんだから。何をすればこの世界は救われる? それが分かっているの? 魔王をたおしても、死んだ命は戻ってこない。あたしはもう二度と、故郷に同じ体では帰れない! 」

 右手でベッドを何度も叩く。左手は自らの首元を掻きむしる。

「何をももってして『世界は救われた』と証明できる! あたしたちが納得できるだけの結果を残せるんだ! 」

 ハック・ダックは視線を逸らさなかった。


「俺たちは、異世界人だ」

 犬歯を剥き出しにして、しかし粛々と男は続けた。


「俺たちは異世界人だ。『管理局』と人は呼ぶ。この世界を、『外』から俯瞰して、観測することが出来る。その結果、この世界では、ほとんどの『人類』が死滅し、この世界の文明は、すでに死んでいると断言できる」

「そんな……」

「……でも救える。『勇者』がこの世にいる限りは。俺たちの持つものを使えば、ぜんぶ無かったことにできる。俺たちにとっての敵は、同じ異世界人だ。お前たちのような、弱者を食い物にする異世界人だ。……勘違いしないでほしい。慈善でやっているわけじゃあない。世界とは繋がっているんだ。一つ、世界が滅びれば、その余波は周囲の世界にも届く。その破壊の余波が、俺たちの住む世界に届かないとなぜ言える? 俺たちの利害は一致している」

 ハック・ダックは乾いた唇を舌で撫で、一度言葉を切った。


「お前たちは俺たちの専門用語で『異物イレギュラー』という。お前たちを目印に、この世界に混ざり込んだ破滅の種を取り除く。世界は巻き戻り、振りまかれた病で死んだ人々は、何事も無かったように戻るだろう。『生き返る』んじゃあない。巻き戻るんだ。正しい世界に……異物の無い世界に。……俺『たち』には、それができる」

 ハック・ダックは、ミーシャの前に手を置いた。

「もう一人の彼の心を守ったのは、お前の存在だ。よく頑張った。遅れて悪かった。もっと早く、この世界の異常に気が付けばよかった。……俺が言葉を尽くしたところで、お前らが苦しんだ年月は消えない。その上で酷いことを言う……『でも、もう少し頑張ってくれ』今度は俺たちも共に闘わせてほしい」

 差し伸べられた手を、彼女は戸惑った赤い目で見た。

 褐色の肌の子供の手は、その手を握らずに胸の前で拳にして固める。



『自分は勇者ではない』

 心のどこかで思っていた。

『自分はどうしてここに居るのだろう』

『どうして自分は、蒼馬のように│生き残れ《選ばれ》なかったのだろう』

 蒼馬は幼い。ミーシャは何も覚えていないけれど、なんとなくわかる。ミーシャにとって、本来の蒼馬は庇護対象になる子供だ。

 それでも事実として、蒼馬はミーシャを拾い、育て、病に冒されていく者を看取ってきた。

 幼いからこそ、必死になって見えていなかったのかもしれない。でも。蒼馬の心を守ってきたのは自分なんだという、そんな自信は、ミーシャにはない。

 ミーシャは、蒼馬こそが勇者だと思う。

 彼は選ばれるべくして選ばれた。

 怯えながらも、憤りながらも、きちんと『生きてきた』。

 もし、蒼馬の場所に自分がいたとして――――自分はどうするだろう? 何ができるだろう?


「……あんたは、姑息だ」

 頬を透明なものが滑り落ちる。

「世界を、ショーマの命も天秤にかけて、情に訴えながら選択を迫る。……そんなのは卑怯だ。あたしは、ただの、なんにもできない子供なのに……助けてって、言わせてくれない……」


 拳が男の手の上に置かれる。

「……あたしには、何ができる? 」

「一緒に世界を救ってくれ」

 少女は息を詰めた。

 涙をぬぐい、ふちが赤い目を上げる。



『勇者』にはなれなかった一人の人間は、目の前の異世界人の瞳に映り込む、あまりに矮小な自分に向かって小さく笑った。


「……あたしに、何をしてほしいっての?」

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