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教室をゾンビが襲う、典型的中二病妄想青春ファンタジー

タワーディフェンスゲーム、青春ゾンビーズ〜ねらわれた学園〜のストーリー部分の漫画の原作です。

ゲームの詳細は http://seishun.xyzでどうぞ。


 1

 他に誰もいない車両に、窓から初夏の朝日が差し込み、目をつぶった瞼の裏を明るく照らす。電線や木々の影が作る明るさの変化を心地よく感じる。西田ダイセツは早朝の電車の雰囲気が大好きだった。

 こんなに早い時間に、電車に乗らなければならないのは、乗り換えの接続の悪さのせいである。無駄に早い電車に乗らなければ遅刻する境遇を入学当初に恨んだこともあったが、慣れてくるうちに早朝の電車も、誰もいない教室も自分だけが味わえる贅沢な景色のように思え、不思議と楽しめるようになっていたのだ。

 ダイセツの通う学園は歴史ある進学校である。創立から70年以上、学校は小高い丘に立ち、敷地には学校という制度が存在する前から教育施設のようなものがあったと言われている。少し田舎にあるせいで、雰囲気はのんびりして、ここだけゆったりとした時間が流れているようにも感じられた。全校生徒が400人と少し小規模なこともあってか、みんな仲も良くて、いじめや不登校の話もこの数年は聞いたことがない。

 中学からの友達や、なんでも話せる幼なじみも同じ学校に進学していたこともあり、ダイセツにとっても人間関係にプレッシャーを感じるもなく、穏やかな気持ちで一日を過ごせる、快適な環境なのである。

 一ヶ月前までなら、ダイセツは自分を取り巻く環境を、そんな風に紹介しただろう。

 しかし、日常は、ほんの些細なところから歪みを生みはじめる。おかしいな……と思ったころにはもう遅く、気にもとめない些細な変化の連続に気がづいた時には、すでに日常は大きな亀裂をはらんでいるのだ。

 変化の始まりを告げたのは創立者の銅像へのいたずらだった。創業時に建てられた、中庭の立派な銅像に、血のような真っ赤なペンキがかけられているという事件が起こったのだ。奇妙なことに、それは美しくさえ見えた。つまり、ただバケツから撒かれたのではなく、染めるべき場所を周到に選んで染められた、そんな美しさを持っているように見えたのだ。そして、それによって、単なる学生の悪ふざけではなく、明らかな悪意を感じさせるものになっていた。ペンキはすぐに学校によって剥がされたが、その日を境に学園に徐々に不穏な空気がはびこるようになっていった。

 ダイセツの目には、学園のみんなが少しずつイライラするようになっているように見えていた。これまでなら笑い話しで流されていた友達同士の些細ないざこざも、攻撃的な口調で互いを罵り合いに変わってしまった。頭痛を訴える生徒や、授業中、急な吐き気に教室をあとにする生徒など、体調を崩しはじめるクラスメイトの姿をよく目にするようになったのだ。

 そして、それは親友の梅原にも・・・

(ーあまり考えたくない・・・)

 ダイセツには何が起こっているのかはわからなかった。学校の変化は明らかではあるものの、単一の原因を見つけることはできなかった。ダイセツ自身も自分の内面には変化を感じられずにいた。

 しかし、ダイセツ自身の行動には少し変化があった。今までは登校後すぐに図書室に行くことを日課にしていたのだったが、いまでは図書館にすぐ寄らず、登校してすぐ教室を掃除するようになった。

 掃除当番が放課後に清掃をしたはずなのに、朝来てみると教室中に長い真っ黒な髪の毛が散らばっていたり、文様や読めない文字が描かれたステッカーが教室中の机やロッカーなどいたるところに貼られているなど、毎日のように教室が汚されているのだ。偶然そうなったのではなく、まるでそのこと自体に目的があるかのように、それはクラスや学年を超えて、毎日のように繰り返されていた。

 ダイセツは出来る限り素早く掃除をし、早く終わった時には他のクラスまで手を回すこともあったが、さすがに全ての教室を回ることは出来ず、一日中そんな奇妙な状態のままで授業が行われる教室もあった。

 そんなある日のことである。いつものように教室の状態を心配しながらダイセツが教室のドアをあけると、バシャバシャと慌ただしく水をかき回すような音が聞こえた。

 何事かと思い急いで教室のうしろに置かれている水槽に駆け寄ると、金魚がザリガニから逃げ惑いながらバシャバシャと跳ねているのだ。ザリガニは金魚の体を捉えようと大きなハサミを伸ばしては振りかざしていた。金魚はザリガニに捕まらないよう水面ギリギリで助けを求めるように跳ねていたのだ。

 ダイセツは焦って水槽に手を差し入れ、ザリガニを掴もうとしたが、ザリガニは容赦なくダイセツの指を攻撃する。

(痛!)

ザリガニに何度も指を挟まれながら、ダイセツはザリガニを取り出し、隣の水槽に戻すことに成功した。

(1、2、3、・・よかった。全部いる)

 金魚がすべて無事であることを確認してから、ダイセツは挟まれた左手をさすりながら自分の席についた。教室を見渡すと床には長い髪が、ロッカーと机にはまた奇妙なステッカーが貼られている。いつもは別々の水槽に入っているはずの金魚とザリガニを同じ水槽に移すなんて……一体だれがあんな残酷なことをしたのだろうか。

(もし食べられちゃったら中村景子は悲しんだだろう)

 水槽をいつも綺麗に掃除したり、必要以上に慎重に餌の量を測ったり、金魚が寄ってくるようになったと言ってはしゃいでいた景子の顔がふとよぎった。愛情をもって金魚を育てていた景子のことを思うとダイセツは、怒りというよりは悲しさを感じた。

 外部の人間の仕業だ、と思いこみたい気持ちもあったのだが、さすがに今回の出来事を目の当たりにしてそうは思えなかった。生徒でも教師でもない部外者が外から入ってきて、わざわざザリガニを金魚の水槽に移す? というのはいくらなんでもありえないだろう。

 さすがに奇妙なことが続きすぎている。誰しもがふとしたきっかけで残酷ないたずらをしてしまうような、そんな学園になりつつあるのではないかと、ダイセツは感じていた。


 迎える一時間目の授業は化学の船津の授業だった。

 船津は6月という中途半端な時期に赴任してきた教師の一人である。二十代中頃と年齢も若く端正な顔立ちと親しみやすさで、女子生徒だけではなく男子生徒にも人気の教師だ。授業内容も堅苦しさがなく、ユーモアのある語呂合わせを織り交ぜるなど、退屈せずに楽しめるという評価だ。

「おはよう。みんな宿題やってるよな? ……田中は忘れてきたような顔してるぞ」

「なんでわかるんすか?」

 あっけらかんと答えた田中の調子の良さに、クラス中から笑い声が上がる。

 「おいおい、そこは『やってきました!』って言ってくれよー。田中は後で、追加の宿題だな」

 再びが笑い声がどっと湧く。ダイセツもその二人のやりとりに肩を震わせて笑っていた瞬間、急に激痛に襲われる。まるで何本もの太い釘に貫かれ、骨が砕かれるような、激しい痛みが左手に走ったのだ。

「ぐわあああああ!」

あまりの痛さに、ダイセツは大声を上げ、左手を抑えながら椅子から転げ落ちる。一瞬の出来事でなにがおこったのかわからない。ただ激痛がダイセツを襲う。床に落ちるのと同時にそれはすぐに収まった。

(……なんだこれ?)

 痛みが消えたかと思えば、左手の甲に、火傷のあとように五芒星形をしたミミズ腫れが浮き出てきた。ズキズキとした痛みに耐えながら左手をまじまじと見つめていると、見下すような視線の船津と目があった。

「西田、それ邪気眼っていうんだっけ? 電車に乗る前にちゃんと消しておかないと恥ずかしいぞ!」

そういうと船津は、右手の人差し指で左手の甲をとんとんと叩いた。ダイセツをあざ笑う船津の一言に、それまで心配そうにダイセツを見ていたクラスメイトたちもクスクスと笑いだす。

 だが、席に戻ろうと立ち上がったダイセツの目に飛び込んできたのは、さっきまでのとは違う、奇妙なクラスメイトたちの姿だった。一人一人の背後に紫色のモヤのようなものが漂っているのだ。見間違いか?と、目をこすったあと、さらに目を細めて見るが、やはり間違いではない。紫色のモヤがクラスメイトたちの背後にぴったりとくっついているのだ。

(なんだ…? これ)

 よくよく見てみると、モヤはぼんやりとではあるが人間の形のようにも見える。

(オーラにしてははっきりしすぎている、アストラル体か)

紫色のモヤを見た、ダイセツの頭に真っ先に浮かんだのは「アストラル体」というオカルト用語だった。アストラル体、というのは白魔術師、エレファス・レヴィの用語で、その人の個人的な属性であり、サイキック能力を司る部分だ。しかし、クラスメイトたちはそれに気がついていないのか、立ち上がったままクラスメイトたちを見るダイセツの姿を不思議そうに見ているのだった。


 

「さあ、始めるぞ。席に戻れ! 西田!」

船津は両手をパンパンと鳴らし、ダイセツに席に戻るよう催促する。

異様な光景を目の当たりにしながら、ダイセツがおそるおそる席に座った瞬間、ダイセツは再び、自分の目を疑った。

 『ズズっ!』

 教室の扉をすり抜けて入ってきたのは古いタイプの学生服を着た学生の幽霊、というより、ボロボロの皮膚や、血の流れる様子はゾンビだ。しかし、誰もゾンビに気がついていないのか、反応する生徒はいない。

 黒板前の船津も、気づかずに授業を続けている。

 と、ゾンビは最前列の黒川のアストラル体を掴むと、ガリガリとかじり始めた。アストラル体に意識はなさそうに見えるが、さすがに齧られると苦しみの表情を見せる。それに対して、黒川本人はちょっと顔をしかめたようだけだ。半透明なアストラル体を半透明のゾンビが食べるのは非現実的だが、ゾンビの動きにはリアリティがあった。何か人間の本質的な部分を、ゾンビは傷つけているように感じられて、ダイセツは気分が悪くなった。パニックと恐ろしさで思わず目を背けたダイセツだったが、左手はそれを許さなかった。そこから何かが出てくるかのような疼きが生じ、誰かに引っ張られるように左手は前の方の席の東有希に向けられた。

ずるずるという音が感じられるような・・・実体感のある光が、ほとばしり、有希に集中する。

光は有希を取り囲むとやがてテニスウエアを着た有希が現れた。有希が着替えたのだろうか?

 ーそうではない。有希の本体は座ったままだ。今や紫の光は周辺に薄くなり、テニスウエアを着てよりリアルの有希に近いアストラル体が有希にかぶさるように存在しているのだ。

 アストラル体はしばらくためらったように見えたが、やがてどこからかボールを取り出し、ダイセツには見慣れた有希のフォームでサーブに入る。

 有希のボールはゾンビを直撃し簡単に消滅する。

が、一体だけではなかった。入り口からは次々に同じ形のゾンビが現れたのだ。ゾンビは他の生徒のアストラル体を傷つけながら有希へと向かう。

 形勢は不利だ。有希は続けざまにサーブを放っているが、ゾンビが多すぎるのだ。

 (左手の邪気眼でアストラル体を起動できるってことか。正確には邪気眼ではなく五芒星の一種だけど)

 ダイセツの黒歴史は自然にこれがどんなものなのかを把握する。目立たないように、左手を開いて隣の席の河村に向けてみた。

 (これで河村のアストラル体が起動し、ゾンビと戦う・・・はずだ)

 が、何も起こらない。

 (アストラルボディ起動!)

 ダイセツは頭に浮かんだ呪文を唱えてみる。

 同じだ。

 その間にもゾンビは有希に集まり始める。

 (!)

 痛みが走り、ダイセツは理解する。

(ダメージは、こっちが持つってことか)

 ダイセツは目立たないようにすることも忘れ、次々に手のひらを生徒に向けてみる、 

(誰か!)

 無駄ではなかった。教室を半周したところで磁石に惹かれるように左手が引かれ、

 (アストラルボディ起動!梅原!)

 ほとばしる光の中、制服を着た梅原タケルのアストラル体が現れる。

 アストラル体は迷うことなく、流れるような動作でゾンビを倒す。

(さすが梅原)

 空手を習っていたタケルのアストラル体は空手を使えるようだ。

 タケルのアストラル体は強い。有希と協力し合いながら順調にゾンビを減らしていく。

 ダイセツはそれどころではなかったが、ダイセツの振る舞いは数人の生徒の注目を浴びていた。

「ほら、中二病発病」

「ちょっと遅くねーか?」

「あいつ中学の頃もあんなだったぜ」

タケルが危うげなく最後のゾンビを倒したところで授業終了の鐘が鳴る。 

 ダイセツはアストラル体からのフィードバックダメージに疲れ、机に突っ伏し、他の生徒の嘲笑にも、隣の中村景子の視線にも気づかずにいた。


昼休みになっても左手の文様は薄くはあるが、まだ残っていた。時々疼くような感覚がある。紫色のアストラル体もそれぞれの生徒にかぶさるように見えている。

(これがザリガニに噛まれたことをきっかけに図形が呼び出されたのだとして)

ダイセツは考える。

 船津に見えたのだから、それは現実だろう。確かに中学生の頃自分で書いた記憶がある。熱した鉄の棒だという暗示をかけて、鉛筆を手に押し当てると、火傷の水ぶくれができるという話もあるし、超自然的なものだと考える理由はない。以前自分で書いたものが浮かび上がってるのかもしれない。

 だが、ゾンビやアストラル体は他人には見えなかった。ということは、ゾンビやアストラル体は、妄想だと思った方がいい。

 五芒星をきっかけに中学生の時の趣味が今になって妄想として発動したのだ。現に、教室をゾンビが襲うという妄想は中学生の時の授業中のお気に入りの妄想だったじゃないか。(・・・まあまあ面白い妄想だった。ドキドキしたけど)

黒歴史を繰り返さないように、論理的に結論を下せたことに満足し、左手の疼きもなくなった気がして、少しさっぱりした気になってダイセツは階段を駆け上がろうとした。

「逃げてー!!」

警告は確かにダイセツに届いた。

だが遅すぎた。


 夏目桃子には、女の子らしい、という形容がぴったり当てはまる。背は小さく、華奢で色も白い。日焼けしたくないのか、まだ長袖を着ている。部活には入っていないが、景子とともに金魚の面倒をよく見ている。

 桃子は真面目な生徒だ。宿題を忘れることはないし、授業も真面目に聞いている。だが、それ以上の情熱を授業中のアナログメールに注いでもいる。先生の目を盗んで授業中の手紙を配達する技術は神業のようで、一人一人を経由するより、夏目から遠くの生徒に飛ばされる方が確実なくらいだ。その鮮やかな技術で彼女はいつの間にか、『パピエ・マシン』の二つ名を獲得し、日に何回か見られる彼女の技を楽しみにしている生徒も多かった。パピエはフランス語で紙のことだというが、ダイセツはフレンチカジュアルの似合いそうな夏目にはぴったりのあだ名だと思っていた。

 それでも、その桃子の技術は重い本には通用しなかったようだ。階段でバランスを崩して大量の本をダイセツの頭に落としたのだ。

血を流すダイセツに大騒ぎして、保健室で手当てをしながら今、桃子はひたすら泣いているのだった。

「大丈夫!」

ダイセツはそれほど確信はなかったが、とりあえずそう言う。

「本当にごめんなさい・・・こんなに・・・」

だが包帯から滲み出てくる血よりも、頭の痛みよりも、ダイセツにはきになることがあったのだ。

椅子に座るダイセツを下から覗き込むように見上げる夏目の、涙に潤む目はとても魅力的だったが、ポイントはそこではない。

その瞬間、左手の五芒星は確かに光ったのだ。

・・・妄想にしてはよくできてる。

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