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8 初体験

 遊園地というのは基本的に混んでいるものだ、というイメージは最早ほとんど万人に共通しているものだろう。

 例えば「東京」と銘打ちながら実際には千葉にある某テーマパークを筆頭として、遊園地といえば常時混んでいるものだし、並ぶのは当然であるのだと捉えられている。


 では、この「わくわくプレジャーランド」はどうだろう。

 最寄駅から電車に揺られること約一時間。

 少しばかり都心から外れたところにポツンと鎮座、というよりは取り残されたように、あるいは都心の飛び地かのように存在しているこの遊園地。

 取り立てておかしなところはなく、別段さびれているわけではないのだが、休日の開園五分前に並んでいるのが五人ほどという経営的な不安を感じさせる状況となっている。

 

 少なくとも僕は驚かされたし、心配もさせられた。

 確かに事前にネットで調べた際に経営が落ち込んでいるという文言は見て取れたのだが、実際に目にしてみるとより一層リアルに感じるというか。いやまあ目の前に広がる光景だから確かに現実(リアル)に違いはないのだが。


 ともあれ、僕はここまで空いているとは予想していなかったのである。

 

 なにせ前来た時──とはいえ約十年も前の話なのだが──は長蛇とはいかないまでもそこそこの人数は並んでいたのだし。


 「へぇ、ここが遊園地かぁ……なんだか楽しそうなところね!」


 だが、アリスは予想外といった表情をするでもなく、かといって僕のようにかつての思い出と対比して幾許かの郷愁に囚われることもなく。

 むしろ遊園地を前にこれから始まる楽しいであろう一日に想いを馳せるように上機嫌にステップを踏み、クルクルとロングスカートをふわりとゆらめかせながら回っている。


 なぜなら、彼女は遊園地に来ること自体がそもそも初めてなのだから────

 

−−−


 「実は私、遊園地行くのって初めてなのよね」


 電車の中。アリスは呟くように言った。やはりそこには時たま彼女が見せる憂いのようなものが僅かばかり垣間見えた。

 幾度となく見てきたその表情は、きっと彼女という存在に直結し得るほどのことなのだろうと、僕は最早確信にも近しいほどに感じていて。


 しかしそれを問うことは、やはり出来なかった。

 

 『今は──今だけは夢を見させて』


 『分かった、アリスが話せるようになるまで、待つよ』

 

 アリスと出会った日の遣り取り、それが楔となって僕に言葉を紡がせてくれない。

 だが、それが残念だと思う気持ちと同量に、安堵にも似た気持ちもまた存在しているような気がする。


 何に対しての安堵なのだろう?


 ──彼女に踏み込むのが怖いのだろうか。

 ──彼女を知ってしまうのが怖いのだろうか。


 そんな刹那の自問を経て僕の口から零れ出たのは


 「そっか」


 なんていうどこまでいっても普遍的で軽薄な相槌だけ。

 それはまるで今のこの現状を破壊しないために、穏当なままでいるために紡がれただけのその場しのぎのようだな、とまるで他人事のように感じていた。

 そしてアリスはそんな僕の内心を知ってか知らずか、先程までの朧な笑みをふわりと崩すと、遠い目をして、


「家がなかなか厳しかったからね。だから今日は楽しみにしてるんだ」


 向かい側の車窓を眺めているようで、彼女は果たして何を見ているのだろう。どこまでを見据えているのだろう。


 「じゃあ今日は目一杯楽しまなきゃね」


 やっとのことで出た前向きなセリフだったけれど、僕が見ていたのは彼女の目ではなく、かといって車窓でもなく、電車の無機質な床で────


−−−


 ──ぇ!

 ──ねぇ!

 

 「ねぇ! 聞いてるの!?」


 「ぅわあ!?」


 アリスの声で少しばかりの過去の記憶から引き戻される。


 「うわぁ! 急に声出してビックリさせないでよ! っていうかさっきからずっと声かけても反応しないし、なんなのよ!」


 「ごめん、ちょっと考え事してて……」


 「もう、しっかりしてよね! 『目一杯楽しもう』って言ったのはジックなんだから」


 「うん……うん、そうだね。せっかくだから楽しまなきゃだよね」


 「? うん。まぁ素直なのはいいことだけど……。なんか今日のジックテンションというか何かがちょっと変よ?」


 訝しげに視線を遣ってくるアリスに、しかし臆病な僕は


 「そうでもないよ。もしそうだったとしたら……」


 「したら?」


 「昨日寝るの遅かったから軽く深夜テンションなのかもね。ははっ」


 僕の渾身のから笑いにやはりもう一度首を傾げるが、それよりも遊園地を楽しむことが先決だと判断したのだろう。


 「ふーん、変なジック。まあいいわ、早く行きましょ! ほら、早くしないと終わっちゃうわ!」


 「空いてるし大丈夫だと思うけどなぁ」


 「そういう問題じゃないの! ほら、走る!」


 そして僕の手を掴んで走りだす。

 抱えている葛藤を一瞬だけ棚上げして、感じるのは確かな胸の高鳴り。

 驚きのあまり出てしまいそうになった情けない悲鳴は流石に押し込めて、僕はアリスに引っ張られるままゲートに導かれ、パーク内まで進んで行く──と、そこで


 「お待ちください、お客様!」


 生真面目そうな男性スタッフの声。

 

 「チケットを拝借してもよろしいでしょうか?」


 「え、チケット?」


 そういえばまだチケットを買っていない。

 というかアリスはチケットを買ってから入場するという常識自体知らないのかもしれない。

 アリスは遊園地、もといこういったレジャー施設が初めてであるのだと考えれば、こういったシステムに疎いのは当然のことだろうから。


 その推論はどうやら正しかったらしく。


 「こ、これで大丈夫かしら?」


 そう言って恐る恐る取り出したのは──

 

 


 昨日スーパーで貰った町内会の福引チケットだった。


 「「へ?」」


 僕と男性スタッフは今しがた出会ったばかりだというのに見事に声をシンクロさせたのだった。

 


 

 


 

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