50 手紙−あとがきのようなそれ−
親愛なる刻喰時空くんへ
刻喰時空くん、お元気ですか?
ジックなら死人に元気も何もあるわけないだろう、とか言いそうだけれど、それでも一応として。
ジックなら天国でも上手くやっていけてるんだろうな……とか考えると、少しおかしくて笑っちゃって、でも切なくて涙が出そうになります。
ううん、大丈夫。駄目だよね。いつまでもこんなんじゃ。
でも、それほどまでにあなたの存在は私にとって大きいってことなんだからね。それは胸を張って、誇ってくれると嬉しいかな。
ともあれ。
ジックが死んでから数ヶ月みたいに、悲嘆を書き留めるために筆を取ったって訳じゃなくて、今回は明確な目的があってお手紙を書いています。
まぁ私の自己満足って言えばそれまでなんだけれど、折角だし近況報告でもしようかなーって。こうして手紙を書くのも久しぶりだし。
天国から見てるから要らないとか言わないでよ? あ、やっぱりそういう意味では自己満足というか、現状把握みたいなものかも。
うん。でもどうしてもジックに聞いてほしいな。
じゃあ早速。
今私は──私とユウはマンションの一室に住んでいます。
本当ならかつての刻喰家で暮らしたかったんだけどね、流石にそれは不用心かなってユウが言って。
それでも最後の旅行で泊まったアパートよりは良い環境だから安心して。セキュリティも完備だし。中々に快適だよ。
毎日が楽しくて、充実していて……大丈夫だよ、ちゃんと仲良くやっていけてるよ。ジックが心配してくれたお陰で、っていうかこれはユウが立派な大人だったってことなのかな。どちらにしても、すごく楽しい毎日を送っています。
それでね、仕事も始めたの。
ユウと一緒にお弁当屋さんの売り子さん! 流石にずっと働かないで食べていけるわけもないし、それにこれからは普通の人間として、立派なレディとして生きていかなくっちゃいけないんだ──そう思って、決意して始めた仕事だったんだ。
あ、絶対レディってところで笑ったでしょ? バレてないと思った? 隠そうったって無駄よ。ジックのことならお見通しなんだから!
……って、昔のやりとりを思い出しちゃったりして。
ごめんごめん、話が逸れちゃったね。
で、そんな決意を抱いて働き始めて、実際最初、慣れるまではそれなりに大変だったんだけれど、慣れちゃうとすごい楽しい場所になったんだ。今では毎日仕事に行くのが楽しみなくらい。
なんていうのか、これまで私が関わってきたのってジックとユウと、それと短い期間だけだけれどジックのお父さんお母さんくらいだったわけじゃない? だからとっても不安だったの。
私は他人に受け入れてもらえるのか。私は普通になれるのか、って。
実際ジックに初めて会った時に強気な態度を取ってたのも、きっと怖かったからなのよ。ああやってキャラを作らなきゃ、思い切った行動を取る勇気なんて私には無かったから。
だからジックが、ジックとユウが私を家族だって言ってくれた時、本当に嬉しかったのよ。
……いけないいけない。ちょっと気を許すとすぐ昔のことを思い出しちゃう。悪い癖ね。
それほどまでに忘れ難い思い出なのよ──ってこれまでの手紙で何回書いてきたか忘れちゃったけれど。
あはは、なんだかこうして手紙を書いていると、どうしても湿っぽくなっちゃうよね。
なんだかジックと話せているような気がする反面、本当に話せない現実が悲しくて。辛くて。
会いたいなぁ、話したいなぁ、手をつなぎたいなぁ、また遊園地一緒に行きたいなぁとか、いろいろ考えちゃうの。
ジックは自分のことをありふれているなんて言ったけど、こうして思い出すと、やっぱり特別だったんだな、って実感するよ。愛おしい。大好き。
だからこれはもしかすると、あなたに対するラブレターなのかもしれないわね。現状報告とか言ってみたけれど、結局私はジックと話したい、それだけなんだから。
でも、もうそれじゃあ駄目なんだよね。うん、これじゃあ駄目だよね。
ジックが望んでいるのは私の幸せで、そのためには前を向かなきゃいけないんだから。
だからこの手紙を最後に、もうジックに手紙は送りません。
勘違いしないでね、だからって忘れるとか嫌いになったってわけじゃないの。
ただ、区切りとして。意思表明として。
私はこれから前に進むんだから。だから──絶対に見ててよね!
とりあえず、だから、そんなわけで、今私たちは元気にやってます。これはジックがくれた大きな宝物です。本当にありがとう。感謝しても感謝してもし切れない。
だけど、だから私はジックの為に前を向くよ。過去は、振り返らない──っていうのは無理だと思うけれど。それでも、明日を見て生きるよ。
私は明日を見る。ジックがくれた、明日を見続ける。
だから、そんな私をこれからも見守っていてください。
最後に。
精一杯の愛情と、溢れんばかりの情愛を添えて。
あなたの永遠の恋人・憑詠有栖