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4 逸脱

 「いやー最近夏って暑いわよね! ほんと嫌になっちゃう!」


 薄い緑のワンピースをパタパタやって文句を言っているのは件の少女。あの無色透明さは何処へやら、先ほどから止まることなく喋り続けている。


 僕が見たあの儚さはきっと夏が僕に見せた幻想のようなものだったのか、なんとも言えない消化不良感を持て余しつつ、心中のみで呟くのだった。


 (どうして、こうなった……)


−−−

 

 ──遡ること一時間あまり。


 「やっと会えたわね、って言ったの! あなたに頼み事があるのよ!」


 あまりの唐突さに混乱の極みだった僕は、とりあえずおずおずと疑問を口にした。


 「え、僕と前に会ったこととかあったっけ?」


 「もちろんないわ! だからやっと会えたわね、って言ったんじゃない」


 「じゃあ僕に頼み事があるってどういう……」


 「別にあなたに会ったことがなかったとしても、あなたが何者かが分からない理由にはならない──そうは思わない? 《時間泥棒》さん?」


 不敵──というよりかはどこか悪戯っぽい口調で。

 しかし、その内容は僕を警戒させるに十分足るものだった。《時間泥棒》という概念自体、存在自体、普通に生きていれば知ることなどないのだ。

 それを目の前の少女は確かに口にした。それだけで、身構える理由としては十分だ。


 「それって、どうして……」


 散々考えても答えの出ない問いを前にして漏れた乾いた声。それに対して少女はさも愉快といった風情で「ふふふ」と呟き


 「それはね──と、言いたいところだけど今私はすごく暑いの! 話はあなたの家でしましょう。誰かに聞かれて心地いい話でもないでしょうしね」


 多大なる肩透かし感を味わいつつ、僕はやれやれとばかりにため息を吐きながら頷いたのだった。


−−−


 ──そうした経緯を経て、現在に至る。


 場所は彼女の指定通り僕の家。この時間は両親共に出ているため、居るとすれば妹くらいなのだが、友達と遊んでいるのか玄関に靴は無かった。

 そして今から思えば間抜けなことに少女を通したのは自分の部屋。つまりは誰もいない家の中の自室で女の子と二人きり、というわけだ。

 

 「へー、それにしてもなかなかいい趣味してるのね」


 しかし彼女は特にそうしたシチュエーションを意識することもなく、好奇心で爛々とさせた目を僕の部屋に向けている。


 「特に何も面白いものなんて置いてないつまらない部屋だよ」


 そんな僕の言葉には耳も貸さず、ほうほうと呟きながら部屋を見回していたかと思えば──唐突に。


 「で、あなたへの頼み事の件なんだけど」


 「げほっ、げほっ!」


 思わず丁度口に含んでいた麦茶で噎せた。本当にこの少女はマイペースというかなんというか……


 「ご、ごめん。気を抜いていたものだから」


 「まったく、客人との会話で一瞬でも気を抜くなんて何様なのかしら」


 お前が何様だ──という言葉がここまで出かかったが、目の前で傲然と胸を張るこの少女が僕の重大な秘密を握っていることを思い出し、なんとか口内だけに留める。

 

 ──と、そうして黙る僕を見て「分かればいい」とでも言わんばかりのムカつく笑みを頬に湛えると、少女は言った。


 「あなたへの頼み事、それはね、デートをしてほしいの」


 「……」


 「デートをしてほしいの」


 「……」


 「デートを」


 「いや聞こえてるよ!」


 「あら、そうなら早く『はい』とか『喜んで』とか言いなさいよ」


 「なんで引き受ける前提なんだ……」


 「別にいいのよ? 断っても。その場合、私がなぜあなたが《時間泥棒》である事を知っているのかは永遠に謎のままなわけだけれど」


 挑戦的な笑みで見下ろしてくる少女の視線を受けながら、考える。

 

 なぜ僕なんだ?

 どうして《時間泥棒》を知っている?

 なんでデートなんか?

 もしかすると、罠?


 あまりにも唐突な会話の展開に猜疑的な思考が際限なく湧いてくる──が。


 しかし、もしこの話に乗らなかったらどうなる?

 僕の存在は──《時間泥棒》は禁忌そのもので、暗部なのだから決して知られてはならない。

 そしてその情報を裏の世界に流されでもしたらきっと僕の平穏な暮らしは音を立てて崩れるのだろう。


 でもあの少女はそこまで悪人だろうか? 

 そもそも何を優先すればいいんだ?

 どうすれば、どうすれば……


 

 そうしてやっとのこと僕の口から出たのは、


 「少し、考えさせてほしいんだけど……」


 という至極情けない言葉だった。

 だが、目の前の少女がそんな煮え切らない回答を許すわけもなく


 「何言ってるの? こんな美少女がデートに誘ってるのよ? それだけでゴーでしょ!」


 「自分で美少女言っちゃうかぁ……」


 まあ実際すげー可愛いんだけれどさ──とは言わないが。


 「ゴーでしょ?」


 「ぐ……」


 「ゴーだよね?」


 「分かったよ、行けばいいんでしょ、行けば」


 「何よその不承不承って感じの声は」


 「いやー嬉しいなー美少女とデートだなんてー」


 「ふん、それでいいのよ、それで」


 僕の棒読みのセリフに満足したように少女は鼻を鳴らすと、「あっ」と呟き、またしても唐突に、それもとびきり突飛なことを言い出した。


 「そうそう、私家出してるからしばらくここに住んでも構わないかしら? 食事とかはなんとかするから寝床だけでも……いいわよね?」


 「え、それは流石に……もう別の部屋もないし、第一女の子を家に泊めたいって言ったら家族からどんな目で見られるか……」


 「大丈夫! その押入れの中に布団を敷いて寝るわ!」


 「でも……それに家出してるんならどんな理由であれ帰るべきじゃない? 親御さんも心配してるだろうし」


 ──その一瞬、これまでの快活さが嘘のように少女は切なげな、それでいてどこか痛みと怒りを湛えた表情を浮かべた。


 しかしそれも本当に一瞬のことで、瞬きほどの間の後には少女の纏う気配は快活なそれへと戻っており、単なる見間違いかと処理してしまう──本来だったらそうなっていただろう。


 「両親は心配なんてしないわ。っていうか喧嘩して出てきちゃったんだからそんなに簡単に戻れないわ」


 そうしてこれまでと同様な笑みを浮かべる少女の手は、固く握られていた。その力はおよそ両親との喧嘩を思い出して怒りが再燃したから──だなんて生易しいものでなく、握り込まれた爪が軽く割れそうになりながら掌の柔らかさに赤い跡を刻むほどで。何かに耐えるような、そんな感情の発露であるように思えた。


 だから──


 「分かった。押入れくらいなら貸すよ」


 「えっ」


 少女は元々大ぶりな目を更に大きくして驚愕を表現している。少しばかりオーバーな反応と見た目のあどけなさが相まって、僕は目の前の少女に小学生くらいの頃の妹を重ねていた。

 そう、まだ感情表現が豊かだった頃の妹の姿を。


 「ま、まあ当たり前よね! 私と同じ部屋で寝泊まり出来ることを光栄に思いなさい!」


 「……」


 「ジョ、ジョークよ! 感謝してるんだから。その……ありがとう」


 そう言ってはにかむと、


 「そういえば自己紹介がまだだったわね! 私の名前は、憑詠有栖ツクヨミアリス! 今日からよろしくね」


 「僕は刻喰時空。よろしく」


 「時空……じゃあジックでいいわね!」


 「なんでこの不本意なあだ名は共通するんだ……」


 

 これが、僕と透明少女──もといアリスとの始まりだった。

 


 

 

 


 


 

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