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46 最終決戦

 好きになるとは、恋をするというのは、愛するということは、果たしてどういうことなのだろうか。

 

 まるで、思春期真っ只中のような疑問で、いや実際僕は正に思春期も思春期、青春ど真ん中にして煩悩真っ盛り──といったところなのだが、いやしかし。その疑問に明確な解答を与えることは不可能なのではないかと僕は思う。

 

 好きになること。恋すること。愛すること。

 誰にとってもこれらは永久の問題として立ちはだかる訳だけれど、それでもそこに明確な解答などありやしない。あるのは十人十色で乱雑無章な回答だけだ。

 人にとって好意はそれぞれで、恋慕はめいめいで、愛情はばらばらなのだから。


 ただ、だからこそ僕は何を恐れることもなく、臆することすらもなく、公正明大に自分自身の好意を、恋心を、愛情を口にすることができるのだ。

 

 僕にとっての好意は、恋慕は、愛情は──捧げること。

 全てを遍く──心から体、命すらも投げ打って、精一杯の愛を表そう。

 

 僕は彼女が、アリスが好きだ。

 僕はアリスに恋している。

 僕はアリスを愛している。


 だから、だから────


 「全く、馬鹿らしい。まさか僕がここまでこうだとはね。案外自分のことってのも分からないもんだ」


 いや、自分のことだから、かな。

 そんなこと言葉遊びでしかなく、どちらでもいいのだけれど。


 僕のそんな呟きに、アリスが反応する。


 「ん? どうかしたの?」


 「いや、ただアリスのことが本当に好きだなぁ……って」


 「ふぅん……なんだ、そういうこと……ってええ!?」


 アリスは大仰に驚く。

 そしてそのまま驚きに口をパクパク開閉させ、やがて血液を顔中に行き渡らせる。


 「ででで、どう、どういうことでございましょうか!!」


 何故だか口調も敬語になってしまっている。


 「どうもこうもないよ。僕はアリスのことが好きなんだ。大好きなんだ。それがこうして二人きりにしてもらった理由」


 そう──二人きり。

 現在、僕とアリスは二人で森林公園に来ているのだった。ホテルに着いてすぐ、堂々と夕暮に「アリスと二人で出掛けたいから留守番を頼みたい」そう言い残して。

 勿論夕暮はあんな性格だからニヤニヤ笑いで送り出してくれた──が、まさかアリスが僕の好意に気付いていなかったとは少々予想外だった。とはいえ、家庭の事情ならぬ『牧場』の事情でそういうことを知る機会すらなかったのだと考えれば、道理なのかもしれない。


 まぁ、どちらにしたって同じこと。

 いくら鈍感なアリスとは言えど、流石にこうも正面切って「好きだ」と言えば伝わらないはずがない。はずがない、はず。大丈夫だよな? まさかこれでも駄目ってことはないよな?

 フリーズしてしまったアリスに少し不安が募り始める──が、やがて彼女は赤い顔のまま俯き、か細い声で呟くように言う。


 「わ……私も……じっくう君のことがいいかなって思っていたりしてるのかもしれないっていうか……っていうか、うん。私も好き……です」


 「え? 聞こえない。もう一回言って?」


 「時空君のことが……」


 「もっと大きい声で!」


 やがて、張り上げるように。


 「ジックのことが、好き!」


 暫し、静寂。

 そこでやっと自分のしでかしたことの重大さに気付いたのか、また俯いてしまう。いくら今現在森林公園に人が全くいないとは言ったって、そりゃあ声を張り上げて告白をすれば恥ずかしいはずだ。言われた僕だってなんだか居た堪れない心持ちになってしまう。それこそ僕のからかいが原因なので自業自得ってやつだが。


 ともあれ、なんにせよ。

 僕の告白は成功したのだった。これ以上ないほどに完璧に。これを逃したら絶無だろうというほどに愛しい人と、僕は結ばれたのだ。

 

 僕は、咳払いをして、芝居がかった仕草で、恭しく一礼する。


 「それじゃあ改めて。アリス、僕は君が好きだ。どうしようもないほどどうしようもなく、君が好きなんだ。だから、僕に全てを捧げさせてくれないか?」


 「わ、私もジックのことがすごく、すっごく好きで、だから──」


 「だから、何なんだろうね?」と小首を傾げるアリス。僕はずっこける。人間って本当に肩透かしを食らうとずっこけるんだという至極どうでもいい勉強になった。

 「なんだかなぁ」と僕は言う。


 「もう少し本来だったら格好よくいくはずだったんだけど……でも、これが僕たちらしいっちゃ僕たちらしいのかもね」


 現実と理想。

 幻想と真実。

 夢は幻で。

 現は喜劇(コミカル)で。

 相対とした鏡合わせ。


 そんなもん、なのかもしれない。そうだったらいいな。

 僕は笑って。アリスも笑った。


 これで終われればどれだけ幸せなのだろうか、とふと思う。

 このまま二人、誰に憚ることもなく、何に阻まれることもなく。生きていけたなら。

 ただ、二人で生きていきたい。他にはなにも望まない。それだけでいいのに。

 なんて。


 「そんなこと、あるわけないのにね」


 現実、アリスの時間は残り僅かだ。アリスは間もなく時間を使い果たして死ぬ。どうしようもなく、なす術なく、緩やかに、あるいは壮絶に、または果敢無くその命を散らすことだろう。

 僕はその未来を防ぐためにこうしているのだけれど、でも、それでも。それが、大逆転の方策が成功したところで「二人で生きてゆく」という贅沢な望みは実現不可能なのだ。


 本当に、笑えない冗句だった。


 それでも、僕は笑う。


 「アリス、それじゃあ早速だけれど、僕は『アリス』を殺すことにするよ」


 「え、それってどういう」


 「ことなの?」と言おうとしたのだろうが、僕はそれを遮って。


 「さあ、それじゃあ始めようか──時間の、泥棒を」


 これで終わり。これで最後。

 終わりの始まりを始めよう。

 僕は、数段声のボリュームを上げて、更に言葉を紡ぐ。


 「──アリスよ、アリス。不思議の国も夢の世界もおしまいだ。そろそろ目を覚ますんだ」


 「「そ、それって……」」


 アリスの驚愕の声に、僕の声が重なる。

 

 「「ジック、やめてよ! それじゃあ、それじゃあ意味がないの! だってそれじゃあ私が死ねない! ジックが死んじゃう!」」


 僕は声を重ねる──呼吸を合わせる。

 これが最後の一時間。

 泣いても笑っても最終決戦。

 細工は流々。後は仕上げを御覧じろ──否、この場合、後は野となれ山となれだろうか。


 ともあれ。

 そんなところで。そういうわけで。


 僕は笑顔のままアリスに近付いて、そして────


 「「えっ、嘘! なんで、どうし……て……」」


 アリスの脇腹に即効性の睡眠針を打ち込む。

 するとアリスはまるで電池が切れた人形のように、瞼を恨みがましくもゆっくりと閉じ、やがて意識を失った。

 

 アリスには悪いけれど、これで大分《時間泥棒》は楽になるだろう。

 

 ──ごめんな、アリス。


 胸の中だけで呟いて。

 最後の《時間泥棒》が、始まった。

 

 

 

 

 

 

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