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36 真相

 「まず、事の始まりは夕暮が誘拐されたことだな。俺はその時はまだ『牧場』の存在なんて知らなかった訳だが、それでも《時間泥棒》を長年やってりゃあ勘も鋭くなる。その勘を生かして、事件直後からずっと夕暮の居場所を捜査していたんだよ。その方法ってのはまぁ力技みたいなもんで荒々しくて、ま、若気の至りっていうか血気盛んだったからこそ取り得た手法だったっていうか。そんな感じで虱潰しに探していた訳なんだが、それでも俺は幸運にも夕暮の居場所を突き止めることが出来たんだ。それが確か夕暮が攫われてから──メモリースティックとして蒐集されてから半年くらいの時だった。そして突き止めてから約一週間後、俺は初めて『牧場』に足を踏み入れた」


 親父は語る。


 「で、俺は驚いた。さっきも言ったんだけれど、その当時は『牧場』の知識はゼロだ。とにかく馬鹿でかくて人が多くて、武力に事欠かなくて──そして閉鎖的に完結している。異様だと思ったし、異常だと感じたよ。怖くて怖くて堪らなかった。正直言って逃げ出したかったさ。だけれど、そんな恐ろしくて異様な施設に夕暮が収容されている──そう考えると、前に進むしかなかった。俺はとにかく進んだ。監視を掻い潜り、時には制圧して、どんどん最奥へと進んでいった。で、二時間をかけて俺はとうとうその部屋に辿り着いたんだが」


 親父は語る。


 「そこでも俺は驚くことになる。その部屋に居たのは、子供達と、一人の女だったからだ。その女──いや、女というほどに成熟はしていなかったが──は、どうやら支配者(マスター)らしい。ただ、それでもそいつは変わった奴でな。そいつは言った。『あら、ごきげんよう』ってな。普通こんな部屋に部外者が入ってきたら少しは狼狽するもんだろうのに、その女は少しの動揺も見せず、どころかにっこり笑いやがるんだ。あぁ、ああ──その笑みは確かに魅力的だった。だがな、人間じゃねぇみたいで気持ち悪かった」


 親父は語る。


 「それで、その女はこう続けた。『取引をしませんか』って、そんな風に。()れている、そう思った。いたって普通に、なんの気負いもなく、まるで『コンビニ行ってくるけどなんか欲しいものある?』くらいの軽さで言いやがるんだ。まぁ、その女の異常性については筆舌に尽くしがたいものがあって際限がないからこんなところで止めておくとして。それで、取引ってのがこれまた戯事なんだよ。それこそが正に今回の話の肝なんだが、曰く──夕暮をもう追わずにあなたに差し上げるから、その代わりにこの『牧場』の支配者(マスター)を引き受けないか、ときた」


 親父は語る。


 「俺は悩んだ。悩んで、あぐねた。目の前の女を倒せて夕暮を連れ出せたところで、俺たちは裏のネットワークではお尋ね者となり、生きていくことすら困難になるだろう──というか、再度捕らえられる可能性は十中八九と言ってもよいほどに高い。だけれど、そのために、俺たちが安寧を得るために『牧場』に加担するってのも最悪だ。『牧場』なんていう糞ったれな場所の、こともあろうに支配者(マスター)だなんて、それこそ反吐が出る。だから、俺は言った。時間をくれってな。すると女はにこやかな笑みのまま、いいですよ、だと。俺はそれでその話を持ち帰って、ずっと考えて、考えて──」


 親父は語る。


 「やっと決心がついたのは、あの日から一年──つまり『牧場』に足を踏み入れてから半年が過ぎた頃だった。そこでようやく母さんにも相談して──」


 親父は話を締めくくるように、曖昧な言葉尻を逃がすように小さく溜息を吐く。


 「で、後は時空が知っての通り、俺は夕暮を引き取って、今の家、つまり『牧場』に引っ越して支配者(マスター)になったってわけだ」


 親父が語り終えると、しばらく車内は静まり返る。

 静寂の満ちた車内には、ただただエアコンの送風音だけが虚しく響くばかりで、まるで今の全員のやるせない感情を代弁しているかのようだ。

 

 確かに、理の通った話ではある。

 合点するというか──ようやく腹にストンと落ちるというか、喉のつかえが取れたような感覚というか。

 親父の今の話は理こそ通っているものの、客観的に捉えて突っ込みどころが多々あって、完全に信用するには足らないのかもしれない。ただ、それでも、それだからこそ僕は腑に落ちたのだった。

 曖昧で完全でないことが証明になる──というのは些か言葉遊びめいているのだけれど。

 それにしても、親父の行動理由が僕たちのためだったというのは今までの人物像と照合してみても違和感のある話ではない。ああ見えて、親父は家族のことになればしっかりしていた覚えがある。

 それに関しては素直な喜びを感じる──けれど。

 ただ、それであの凄惨な光景を正当化してもよいのか、という思いもあって。だって、これじゃあまるで、僕たちの安寧はメモリースティックの犠牲の上に成り立っているようなものじゃあ────


 「親父」


 僕は口を開く。


 「なんだ?」


 「あの子供達は──どうした結果だったんだ?」


 「あの子供達って、玩具箱に至るまでの四角く区切られた区画(ブロック)の子供達か?」


 「ああ。それと、俺に襲いかかってきた子供達についても」


 きっと親父は苦虫を噛み潰したような表情をしていることだろう。誰も言葉を挟まない空白に、親父の低く唸ったような声だけが落ちる。

 

 「そうだな……まず外に居たのは……いわば、搾りかすみたいなもんだよ」


 「搾りかす?」


 「ああ、そうだ。いいか、俺は今から最悪なことを言う。それは決して許されないことだろう。凶悪にして悪辣なことだろう。だけれど、俺はそれを胸を張って言わねばならん。俺がしでかした結果で、俺が生み出しものなんだから」


 ほぼ自分に言い聞かせるように、まるで血を吐いて捨てるように言って、


 「あれはメモリースティックの成れの果て──《時間泥棒》の成れの果てだ。《時間泥棒》ってのはあくまでも使い捨ての道具に過ぎない。精神力の続く限り、それと引き換えに記憶を得るための道具とされ続ける。『牧場』にとって《時間泥棒》は人間じゃあないんだよ。郷に入っては郷に従え。俺はだから、それにもとって《時間泥棒》を使い潰して、捨てたんだよ。骨の髄まで絞りきって、無責任に放置して、廃棄した」


 「親父……」


 「役割になり切らなければ耐えられなかった……いや、そんなのは言い訳だな。だからって夕暮と同じ立場にあった子供達を苦しめていい理由にはならないんだ」


 「ははは」と乾いた笑いを漏らす親父に僕が掛けるべき言葉など、有り様もなかった。守られていた立場である僕が叱責出来るべくもないし、また、賛同するのも違う。

 それでも辛うじて出た言葉は、


 「でも、僕を襲った子供達は親父に従っていたじゃないか。遊んでいるときは無邪気だったし、指示にも従ってた。その時の表情に怯えの色は無かったんだから、恐怖政治ってわけでも無かったんだろ?」


 親父が子供達を脅しているという図は、どうしても思い浮かばなかった。

 親父が力で教育することができるわけがない──それは実際育てられた僕が一番知っている。

 だけれど、親父はゆるゆると首を横に振る。


 「違うんだ……違うんだよ。確かに俺は暴力は振るっちゃいない。だけれど、それにしたってあれは暴力だよ。子供達を命令を正確に聞く素直な傀儡に仕立て上げるなんて、そんなの暴力以外の何物でもないだろう」


 無邪気さと素直さ──それらはマインドコントロールのし易さと同義なのだと、親父は言う。

 

 「あいつらはすげーいい奴らだった。純粋な奴らだった。だからこそ──染めやすかった。俺はあいつらを裏切る前提で信頼を得たんだ。それが、仕事だと、言い聞かせていたから」


 「でも……」


 その後が、出てこない。

 それは僕以外の三人にしても同じことで、またしても生じる空白。

 

 ややあって、親父は言った。締めくくるように。


 「だけれど、こうしてそれを罪として意識できたのはお前に撃たれたからだ。そういう意味じゃあ感謝してんだぜ、いや、嫌味とかじゃなくてよ」


 他意はないのだろう。それは分かるのだけれど、それでもその言葉を素直に受け取れるほど、僕は能天気ではない。

 だから、今度は僕が僕自身の罪の苦さに眉を顰める番だった。


 

 

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