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31 茫漠たる自失

 気が付くと、僕はアリスと夕暮と一緒に外に出ていた。

 空は雲一つない綺麗な夏の空である。空気は少しむわっとしているけれど、それでも過ごしやすい気候と言えるだろう。

 場所は近くの裏山。

 どうしてこんなところに居るのだろう。思い出せない。覚えていない。


 父さんを銃で撃って、母さんの叫びを聞いたところまでは覚えているんだ。だけれどその先の記憶が混濁していて、判然としなくて、気付いたら、ここにいた。

 アリスは目を覚ましているし、夕暮も落ち着いているのだからきっとどうにかなったのだろう。それとももしくは長い夢を見ていたのだろうか。


 親父を撃ち殺した──どうにも現実味の無い話だった。


 「人間は二種類存在する。殺せる人間と、殺せない人間だ」

 この言葉に自分をなぞらえるならば、僕は絶対に後者だと思っていたし、実際そうなのだと思う。そんな僕が──。信じられないし、ショックだった。それでも罪悪感が湧かないのはきっとまだ理解が追いついていないからなのだろう。というか理解は一生かかっても追いつかないような気すらする。

 人を殺せない人間が殺人を犯してしまったらどうすればいいのだろう──そんな愚にもつかぬ疑問に対する答えなど、あるわけないのだろうけれど。

 罪に塗れた両の手に視線を落として嘆息する。


 「ねぇ、今どこに向かってるの?」


 混沌へと堕してしまいそうになる僕の意識を現実に引き戻したのは、そんなアリスの言葉だった。


 「あぁ、僕が子供の頃面白半分で秘密基地だとか言って作った小屋みたいなのがあるんだ。ひとまずそこで、何か考えよう」


 「兄さん、大丈夫?」


 「あぁ、大丈夫」

 

 ──ではないけれど、そう言っておかなければ全てが崩れ落ちてしまう気がした。

 虚勢でも張っていなければ、自分を保てなかった。


 二人もきっと僕のそんな状況をなんとなく察しているのだろう。きっと不自然であろう僕の態度に深く追求することなく、黙々と歩く。


−−−


 それから約二十分。

 僕たちは件の秘密基地に到着した。

 いくら自分が作ったものとはいえ幼少の頃に作ったものである。しっかりと場所を把握している訳ではなく、それなりに歩き回ってやっと発見したのだった。とはいえそれでも裏山の広大さを鑑みれば四十分で見つかったというのは割と僥倖なのかもしれない。

 

 にしても、


 「ボロいわね……」


 アリスの呟きに、僕も夕暮も頷かざるを得ない。やはり月日とは残酷なもので、野晒しになっている小さな小屋は、すっかり風化してしまっていた。元々既にガタがきていて放置されていたものを無理やり補修して使っていたのだから手入れをしていなければむべなるかなといったところではあるのだけれど、それでも思い出補正というかなんというか──少しばかり期待をしていたために見当違いにもがっかり感は否めない。

 しかして、それでも帰る家のない僕たちはここに住む以外の選択肢はないのだ。


 「とりあえず、入ってみよう」


 扉を開けると、中は暗闇。それでも手探りで電気のスイッチを入れるとぼけた橙の明かりが灯る。このボロ小屋にある明かりは天井にぶら下がる裸電球一つ。心許ないけれど、それでもないよりかはマシか。

 そして、そんなうっすらとした光でも分かるほどに小屋の中は埃が舞っていて、色々なものが散乱していて──


 「汚いな……」


 思わず顔をしかめる。こんなところで寝たくないというのが偽らざる本音だ。

 僕ですらそう思うのだから、女子二人は尚のことだろう。後ろを振り向くと、二人は見るからに落胆していて。

 

 「しょうがないわね……今から掃除、するわよ」


 「うん、お兄さんも、手伝って」


 ケータイを取り出すと現時刻は十二時二十分。

 

 「あのさ、もう夜遅いし明日にしない?」


 「やるわよ、ユウ」


 「うん、アリス」


 「はぁ……分かったよ」


 どうやら今日はほとんど寝ることができなさそうだ、と思い、しかし思って、至る。思い至る。

 

 (そういえば制服も全部家じゃあ……)

 

 まぁしかし、どのみちこんな状況で学校もクソもないか。もう今や親父の目を気にすることもないのだし。というか、親父はもう……。


 「よし、じゃあさっさと片付けて寝るわよ!」


 「おー」


 ひとまずは出来ることから。僕もアリスと夕暮に続くように手を天に突き上げたのだった。


−−−


 結局、掃除が終わったのは三時を回った頃だった。

 とにかく小屋の中には物が多く、その処理にまず一時間半。詳細は僕と、そしてその頃仲良くしていた友達の名誉の為に割愛させてもらうが、ライトなところで低い点数の答案用紙だとか履き古された上履きだとか、そんなところだ。いや、別に疚しいものなんて何一つなかったさ。別に隠れて昔見ていたエロ本が見つかって二人に引かれた、とかそんなことは断じてなかった。ああ、僕は清廉潔白だ。な、泣いてなんかない!

 で、ともあれ無事に物の処理が終わり、その後一時間半はひたすら床やテーブルの掃き掃除だったり拭き掃除だったり。こんな狭い小屋のどこにこんなにも埃があるのだろうというほどに埃塗れで、ゴミもまた大量だった。

 流石にそこまででこんなにも時間がかかってしまえば、窓拭きだとかには手が回らず、また明日(日時的には十二時を回っているので今日だが)ということになった。


 そしてそれから食事(コンビニ飯)をして、それから布団がないのでタオルを敷いて、今はもう真っ暗闇の中三人で横たわっている。

 アリスも夕暮も疲れてしまったのだろう。電気を消して五分後には可愛らしい寝息が聞こえてきた。


 だが、僕はまだ眠れずにいた。

 掃除やらをしている時は「しなくてはならないこと」に集中することで誤魔化せていた親父を殺したという事実が、どうしても頭の中をぐるぐると回って、そんな中で安眠出来るわけもない。

 現実感はなくとも、銃を撃った時のリアルな感触が未だ手に残っている──というか、頭の中には全てその時のシーンが焼き付けられていた。


 血の匂いも。

 親父の驚く顔も。

 母さんの慟哭も。

 銃の筒から立ち上る白煙も。


 光景。

 音。

 感触。

 味。

 匂い。


 その全てがこびり付いて、離れなかった。それが未だ親父を殺したという罪に結びつかないだけで。

 どうにも不思議で、気持ち悪い。

 それを引き起こしたのが僕だということが、何よりも気持ち悪くて、驚きに結びつかないほどに信じ難いのだ。

 

 更に冴えてくる頭で僕は考える。

 これから果たしてどうすべきなのだろう。

 どうすればどうにかなるのだろう。

 というかこんな二進も三進も行かない状況で何かをどうにかするなんて可能なのだろうか。だって僕たち三人の明日すら保障されていないっていうのに。


 あぁ、ダメだ。考えれば考えるほどに思考はマイナス方向に行ってしまう。かといって考えまいとすれば親父を殺した記憶がリフレインする──もう、発狂してしまいそうだ。

 いっそ狂ってしまえたら、そう考えないでもないけれど、そうしたら残された二人はどうなる? 

 

 「くそっ、もう寝よう」


 考えたってどうしようもないのに。考えてしまう。

 乱暴に掛け布団ならぬ掛けタオルを頭まで引き上げて、キツく目を閉じる。

 どうやら今夜は到底眠れそうにない。

 

 

 


 



 

 

 

 

 

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