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 「ただいま」


 本日二回目の帰宅ではあるのだが、しかし気分は帰宅による安心感とは到底結びつかない最悪さだった。

 

 「お帰り、兄さん。遅かったけどどうしたの?」


 無表情で僕を出迎えるのは夕暮。

 無表情ではあれど無感情ではなく、僕を心配していることが見て取れる。普段ならばここで後頭部でも掻きながら「ごめん、心配かけちゃって」というようなことを言うのだが、今はそんな状況ではない。


 「夕暮、大事な話があるんだ」


 その表情から夕暮もことの重大さを察したのだろう。無言で頷く。

 

 「とりあえず、部屋行こっか。お茶淹れる」


 そんなことをしている場合じゃない、と一瞬考えたが、今の逸る気持ちのまま夕暮に説明をしようとしたところで感情論を叩きつけるだけになってしまうだろう。

 だから、感情を落ち着けて整理するための時間を少しでも設けた方がいいのだと考えた次第だ。


 「分かった、よろしく」


 「うん、任せて」


−−−

 

 五分後、僕の部屋にて。


 夕暮は椅子に、僕はアリスの城たる押入れに腰掛けていた。

 お茶を持って夕暮が入ってくるまでの五分間は確かに頭の整理をつけるという意味では有意義ではあったものの、差し迫った状況を認識するにも十分すぎて焦りを募らせた。

 ただ、これからのことを考えればとにかく慎重に動くべきだし、万全を期すべきだ。焦った結果全てがおじゃん、という事態だけは避けねばなるまい──そうとは分かっていても焦ってしまうのは状況からして仕方のないことだとはいえど、こういうときに感情に流されやすい自分の性格を呪わずにはいられない。


 ともあれ。


 「……ふぅ」


 軽く息を吐いて、湯飲みに口をつけると、案外喉が渇いていたことに気が付く。よくよく考えれば極限の緊張状態の中で四時間以上調査をしていたのだ。無理もない。

 そして渇きに乾いた喉を潤すべくグイッとお茶を一気飲み──


 「あっっっっっつ!!!!」


 淹れたてのお茶はそれこそ熱いに決まっている。これから喋ろうというのに舌を火傷してしまったようで、ひりひりとした痛みが残る。


 「もう、お兄さんは馬鹿なんだから……落ち着いて。ほら、私のお茶も一気飲みしていいよ」


 「ああ、ありがとう。それじゃあ遠慮なく……って飲むかぁ!」


 「えー……美味しいのに……」


 (くそ、完全分かってやってるよな……)


 だがこの場合僕もノリツッコミという形で悪ふざけに貢献してしまっているので、同罪とも言えなくはないのが辛いところだ。

 まぁ、でも狙ってではないのだろうけれど夕暮のおかげで少しばかり気が紛れたような気はする。そこは素直に喜ぼうじゃないか。

 で、だ。


 「っと、まぁ悪ふざけはここら辺にしておいて」


 「私はふざけてないんだけど……」


 黙殺。


 「早速だけど本題に入ろうと思う。今この現状において、前置きしてる余裕なんてないからね」


 そこで流石に夕暮も表情を真剣なものにする。とはいえ無表情であることに変わりはないのだけれど。

 

 「アリスが、攫われた」


 夕暮は無言だ。まぁきっと鋭い妹のこと、僕が一人で帰ってきた時点で大方予想はついていたのかもしれない。

 ただ、その次の僕の言葉には流石に驚かざるを得ないだろうが。


 「攫ったのは『牧場』だと思う」


 『牧場』──その単語に対する思い入れは、憎悪は、恐怖は。夕暮の方が、比べるまでもなく僕なんかよりよっぽど抱いているはずだ。それらの感情が表情に直結しないだけで──というかその原因こそが『農場』なのだから。

 しかし、夕暮が見せたリアクションはといえば、三秒ほど瞑目する、それだけだった。

 そして、目を開くと


 「続けて」


 前置きをしている時間はない──そうは言ったものの、やはりアリスが『牧場』からの逃亡者であるというところから説明せねばなるまい。

 かいつまんでではあるものの、昨日知ったばかりのあれこれを説明して、


 「それで僕はついさっきまでここら辺でもっともそれらしい範囲にある民家に手当たり次第、虱潰しに忍び込んで『牧場』がないか調べていたんだ。これが今やっと家に帰ってきた理由」


 「続けて」


 もう夕暮は余計な言葉を挟まない。無表情で、だけれど不安に揺れる視線をただただ僕に送るのみである。


 「それでも結局『牧場』は見つからなかった。だけれど、ふとケータイのGPS機能でアリスの位置情報を調べられることに思い至って、それで調べたんだけれど」


 僕は決心するように呼吸を挟んで、言う。


 「どうやらアリスは、この家に居るらしい。もしかするとただアリスが単にケータイを家に置き忘れたのかもしれない、そうも考えたんだけれどね、でもそれはあり得ない。だってアリスのケータイが指し示しているのは、親父と母さんの寝室なんだから」


 親父と母さんの寝室──アリスが立ち入る理由のない場所。今も尚そこにアリスのケータイはあるようだ。

 好奇心で立ち入ったという可能性も無くはないが……。

 どうだろう、とてつもなく嫌な予感がする。

 

 「お父さんとお母さんの寝室……? どうしてそんなところに」


 「分からない。もしかするとアリスが偶然そこで遊んでケータイを忘れていっただけかもしれない。もしくはまだそこで遊んでいて僕たちの声に気付いていないだけなのかも」


 有り得ないと内心では否定しながらも、僕はそう言う。

 きっと奥歯に物が詰まったような言い方になってしまっているのだろうとは思うが、しかし。

 時間を稼いでいた。自分の気持ちに折り合いをつけることに対する。

 言ってしまえば、それが事実になってしまうような気がして。もうどうしようもない状況だというのに、僕はそんなことを考えていた。

 だけれど、もうそうも言ってられない。

 再三になるが、状況は差し迫っているのだ。

 「でも」と、僕は言う。


 「その可能性はほとんどないと思う。現実的ではないと思う。夕暮、聞いてくれ。その上で判断してくれ。僕がこれから言うことは今のこの幸せな日々を根底から覆すくらいにとんでもないことだ。もしかするとそれはとんでもなく的外れで、有り得ないことなのかもしれない。だから、客観的な意見が欲しい」


 夕暮も当事者となるのだから、客観的も何もなく、だからそこらへんはいわば前置きのための理由付けのようなもの、なのだろう。

 誰の意見を聞くまでもなく、もうそれが真実であるのだと、僕は直感して──確信していた。


 「分かった。教えて」


 「僕は、親父と母さんが『牧場』の支配者(マスター)なんじゃないかと、疑っている」

 

 


 


 

 

 

 

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