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24 談合

 「それにしても、どうしてアリスはあの場所に居たんだい?」


 場所は変わって、僕の部屋。

 あの場所で聞いてもいい質問ではあったのだが、出来るだけ外に長居はしたくなかったからだ。

 アリスが無事であったから良かったようなものの、外は依然危険なままなのだから──というか今抱える『牧場』の問題が解決するまでは迂闊にアリスを外へ出すことは避けたほうがよいだろう。

 

 僕が付いていたところで、家に匿っていたところで攫われないという確証はないのだが、そこは気持ちの問題といったところか。

 守りたい物は出来るだけ身近に置いておきたい、みたいな。

 

 「ジックとここ最近上手く話せていなかったからかな。あの場所に──ジックと初めて会ったあの交差点に行けば、あるいは初心に帰れるんじゃないかって。単純だって笑う?」

 

 「いいや、笑わないよ」


 そしてその言葉に反するように、僕らは目を合わせて笑った。

 こうして笑いながら話すのが、随分と久し振りに感じる。その実たかだか一週間も期間は空いていないというのに。だからきっとそれほどまでに気にしていたのだということだ。再三に渡る確認なのだけれど。

 ぎこちない態度の理由はとりあえず棚上げしておくにしても、自然に話し合えるだけで、何かが解決したような気になれるのだから不思議なものだ。

 やっぱりアリスはこうでなくちゃ。僕たちは、こうでなくちゃ。

 

 さて。

 無くしていたパズルのピースを当て嵌めた時のような気味の良さを実感したところで、本題に移るとしようか。

 

 「あのさ」


 「ん? 何?」


 「ちょっと唐突な話になるんだけどさ、あの日の話の続き、しない?」


 唐突ではあれど、尚早ではないのだと、僕は思う。

 むしろこれは早急に話し合わねば手遅れになる類のものでもあるのだと。

 どうやらこれだけじゃ流石にピンときていないらしいアリスに、僕はゆっくりと話し始める。

 

 「僕とアリスは日曜日、お互いのすべての事情を余すところなく開示して、その上で協力しようと決めたよね?」


 「……うん」


 「それで目標として『牧場』を打倒する、というのを打ち立てた──ってところまではいいんだよ。ただし、そこで早々にして前途に問題が立ち塞がるんだ。僕たちは大きな目標を立てたわけだけれど、しかしそれを実行する手段を持たない。あるいは知らないんだよ。それこそ世界中に『牧場』は広まっていて、その実態こそ明るみならぬ暗がりに浮き出てはいるのだけれど、でも全容はようとして知れない。それをいかにして倒すか、それこそが今僕たちが話し合わなければいけない課題なんだ」


 「正直僕は『牧場』について親父が話してくれた大まかなところしか知らないから、アリスの力を借りたいんだよ」と。

 するとアリスは一つ嘆息してから


 「自信満々に言っておいてノープランねぇ……まぁいいわ。それに関しては考えがあるし」


 「マジで!?」


 僕が期待していたのは明確な解決案ではなく、実際に『牧場』に居たからこそ分かる「実感」を伴った生の声程度のものだったので、思わず驚いてしまう。

 アリスがそれこそ解決案を持っているのならば、是非もない。


 「ええ、それに関しては信頼してくれてもいいわ。そうね……考えがあるとは言ったものの全くもって能動的なアクションではないんだけど、一言で言うなら逃げ続けること、かな」


 「逃げ続けること?」


 「そうよ、逃げ続けること。実はね、私は『牧場』を出てくるときにこっそり機密情報を持ち出してきたのよ。『牧場』は情報を集め、保存する場所。だからその情報を記述して残しておく必要がある。そして私は今そのデータを握っているの」


 「でも、情報の量って膨大じゃないのか? そんな大きな荷物、見当たらないけど」


 「はぁ……ジック案外抜けてるのね。今は情報社会よ。データなんて圧縮して圧縮してUSBに入れちゃえばそんなにかさばらないわよ。もっとも、それでも全部の情報を持ち出すなんて欲張りなことは出来ないからあくまでも一部だけど」


 「でも」と、アリスは続ける。


 「それでも『農場』から流失して困る程度の情報量はあるはずよ。だから、これを私が持っている限り、恐らく私が抜け出してきた『農場』の人員は全て私の捜索に回されているわ」


 「全て!?」


 またしても素っ頓狂な声を上げてしまったが、それも無理からぬことだろう。

 機密に全ての人員が裂かれる──それほどまでに情報管理に傾ける熱意が大きいのだという事実、それはそのままアリスの安全が危ういものであるかを示す指標でもあるのだ。

 だから僕としては身の毛もよだつというか、背筋に寒気を感じるというか、とにかく生きた心地のしない感覚を味わうことになった。

 

 (よくも今まで攫われていないものだ)

 

 と、逆に奇跡的な現状を不思議に思ってしまうほどだ。

 だが同時に違和感も感じる。


 「でも、流石に全てっていうのは幾ら何でも言い過ぎじゃない? どれだけ重要な情報って言っても、手間は掛かるだろうけれどもう一度集めることだって可能だし」


 「いいえ、全てっていうのは全く脚色していないそのままの意味よ。掛け値なく、遍く、余すところなく全ての人員が私の捜索に駆り出されているはずだわ。確かに情報を集めること自体はそれほど難しいことではないわ──メモリースティックの負荷を考えないならば。でもね、あいつらが恐れているのは情報が外に漏れることなのよ」


 あいつら、と言った時のアリスの表情は一瞬ではあったが複雑に歪んでいて、アリスの胸中を反映しているようだった。

 

 「情報は自分たちだけが握っているからこそ意味がある。示威としての情報でなくては意味がない、っていうのがあいつらのモットーでね。まぁつまらないプライドというか、なんというか。とにかく、だから今こうしてジックと話していることもある意味じゃちっぽけな反逆に当たるのかしら」


 そう言って彼女は冗談めかすように「ふふ」と笑って見せたが、しかし目が笑っていない。

 アリスも分かっているのだろう、この程度の「ちっぽけな反逆」ごときではまだ足りないのだと。

 

 「そういうわけで、やつらは臆病だからその情報が行き渡った範囲を全て潰さないと安心して情報収集にも当たれないってわけ」


 臆病だから、か。確かに末端の末端ではあれ《時間泥棒》の一員であるので僕にもそれは実感を伴って理解することが出来た。

 《時間泥棒》は閉塞的で、一族の中で完結し、一族の中のものが外に漏れ出すことをとりわけ厭悪し、恐れる。

 尋常でなく。平常でいられない。

 自らを世界と切り離すこと、それがプライドとでも言うかのように。

 

 全く、本当につまらないプライド、だよ──と、一族の思考にそれほど毒されていない僕なんかは思ってしまう訳だが。


 「なるほどね。確かにそうかもしれない」


 「つまり、私が言いたいのはこういうこと。私が逃げ続けている間は私の『牧場』は営業停止を余儀なくされる。だからその間はあの子達が《時間泥棒》で苦しむこともない。でも、それだけで終わっちゃいけない。あくまでもそれは一時的で、局地的な解決でしかないのだから。だからその逃亡の合間にこっちも相手の懐を探るってわけ」


 確かにそうするしかないだろう。他の『牧場』で苦しんでいる子達を救うためにも、一刻も早く情報を集めて『牧場』と話し合い──もとい強請りをするしか方法はない。

 分の悪い賭けだが、アリスに『牧場』の子達を見捨てる気はさらさらないだろうし、僕もそのアリスを止める気もない。二人で笑い合える未来でなければ解決ではないのだから。

 

 でも、どうしても一つ引っかかるところがあるとしたら。


 「皮肉なことに、『牧場』側と同じ方法だね」


 言っても栓無きことであり、方法は残虐ではないのだから気にするほどでもないのだろうけれど。

 とはいえ、アリスもやはり同じことを考えてはいたらしく、それ言っちゃう? みたいな渋面を作るだけだった。


−−−


 その夜、アリスは押入れの中で呟いた。

 

 「情報収集の提案は失策だったかしら。でも、あそこであれを出さなければどうしようもなかったわけだし……本当に、分の悪い賭けね」


 そこでもう一つ声のトーンを落として、


 「ジックが真相に辿り着く前に、タイムリミットが来てしまえばいいのだけれど」


 「あと、十五日」


 

 

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