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21 好転的(後天的)変化

 ──ピピピピ、ピピピピ!


 「ん……あぁ、朝か」


 例えどれだけ昨日という日が色々あったからといって──日常でなかったとはいったって、昨日があれば今日がある。

 前日が休日であるなら、今日は平日で、それもまた道理だ。


 昨晩はやっぱり興奮してしまって中々寝付くことが出来ずに、だから睡眠時間がたっぷりと取れているとは言い難いのだけれど、しかしそれとは裏腹に僕の頭は冴えていた。目覚めがいい。やはり指針がしっかりすると心にゆとりが出来るからなんだろう──だなんて心なしか気持ちを昂ぶらせつつ未だ電子音を律儀に吐き出し続ける目覚ましを止める。


 ちなみにこの目覚ましはアリスがこの家に住まうようになってからかけるようにしたものである。幾らアリスの眠りが深く、起きることはないといえど、流石に妹に起こしてもらうというのは恥ずかしいと感じた次第だったのだが、夕暮はアリスの目の前で「妹目覚ましはセットしなくていいの? ほら、いつも夜に明日は六時に起こして、とか言ってたのに」とか寝る前の油断していた時にバラしやがった。

 まぁいつもの悪ふざけの範疇だし、しかも嘘ではないのだから怒るわけにもいかない。

 アリスから向けられた半目は、少しばかり心のHPを持って行ったけれど。


 ともあれ、そうして目覚めた僕は朝食を食べに、リビングへ。


 するともうテーブルにはサラダとこんがり焼かれたトースト、そしてコーヒーといういつものモーニングセットが出来上がっている。

 それを作ったのは今日の朝食当番である夕暮。どうやら母さんは昨日の仕事が遅かったらしくまだ寝ているらしい。そして親父はもう出勤。どちらもいつものことか。刻喰家が全員揃って朝食を摂るのなんて滅多にないことだ。


 「おはよう、兄さん」


 「あぁ、おはよう」


 朝食当番は母さんと夕暮が適当に交代して回しているのだが、正直言って夕暮の方が美味しいと思う。母さんは鈍臭いからたまに塩と砂糖を間違えたりするし。


 パジャマの上を脱いで、白いワイシャツに腕を通しながら食パンを口に咥えていると


 「こら、兄さん、お行儀悪い」


 「ふぁあ、ふまんふまん」


 ああ、すまんすまん、と言おうとしたのだけれどその謝りすらまた下品な感じになってしまった。夕暮は呆れたように一つ嘆息して、再三の注意をすることはなく自分はちゃんと席に着いてパンにかじりついた。

 あっという間に完食してしまうとコーヒー片手に新聞を読み始めるのだから、妹というより老成した親父めいたものを、むしろ本物の親父より感じるのだけど、それを現役の女子高生にいうのもなんだか配慮に欠ける話であろうから自重することにして。

 僕もいそいそと席について食パンをかじるのだった。


−−−

 

 そうこうして家を出て、日常の象徴、あるいは停滞の象徴のような学校へ。

 まぁ休日明けの学校ほど怠い場所はそうそうあるまいということだ。

 

 「おっす、ジック!」


 「あ、おっはよーう! ジックぅ!」


 どうやらバカップルこと江と彩には関係のない話であるらしいが。

 この二人にとっては学校なんて二人の集合場所というか会うための場所でしかないようだ。

 きっと何のために学校に来てるんだと二人に問えば「え? そんなの恋人と会うために決まってるじゃないか」と何の衒いもなく言ってのけるのだろう。

 いやはや、しかし最近アリスに会うために家に帰っているようなものだからそう馬鹿にもできないか。人のふり見て我がふり直せとは、昔の人はよく言ったものだ。


 「あぁ、おはよう。相変わらず元気だな」


 そうやって挨拶を返すと、何故だろう。二人はまるで慄くように震えながら抱き合うと


 「おい、ジックが挨拶返してきたぞ……どういうことだ……」


 「分からないわよ……あっ! もしかして本物じゃないとか!」


 「なるほど、それならこの不可思議な現象に理由が付く! 本物は何処だ! 返せ!」


 「返せ! 私達のジックを返せ」


 全く、ただ普通に挨拶を返しただけでこの反応とは。

 まぁ確かに僕は今までずっと親しくなりすぎないように適当にこの二人をあしらってきたのだし、だから鬱陶しがって追い返すことはあれど「おはよう」だなんてよくよく思い返すと言ったことはなかったのかもしれない。

 でもこの反応はかなりオーバーで、ひたすら鬱陶しいな。


 「うるさいなぁ。僕だって挨拶くらいするさ。それに僕はお前らのものになった覚えはない」


 「本当にジックなの?」


 「本当だよ」


 「本当に本当なのか?」


 「本当に本当さ」


 すると、二人はくるっと後ろを向いたかと思うと。


 「ジックが挨拶してくれるようになったぞー!」


 「うおー!」


 クラスメイトはもうこの二人の奇行には慣れたもので、ちらりと目を向けることはあっても雑談のBGMは途切れることはない。正直クラスでさほど目立たない一生徒が挨拶しようがどうしようが至極どうでもいい事柄だろうし。

 よく言えば誰でも受け入れてくれる(受け入れられることと馴染めることは別問題だが)暖かいクラス。悪く言えば面倒くさいものには関わりたがらないクラスといったところか。


 だがそれでも二人は堪えることはなく、「うがー!」やら「わおー!」やらもう僕とは関係のないことを叫んでいた。


 「本日も世界は平和です──か」


 僕は一つ呟いて、カバンの中から一時限の準備を取り出す。

 

 「にしても、どうして突然挨拶を──」

 

 それに関しての答えはきっともう分かっていて。


 (アリスの──おかげかな)


 ──キーンコーン、カーンコーン! キーンコーーンカーーンコーーン!


 こうして今日も日常が始まるのだった。


 


 

 

 

 

 

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