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20 実感と承諾

 さて、そんな経緯があって現在に至るわけで。

 

 だから僕は合点したのだった。あぁ、そういうことだったのかと。

 何に──といえばアリスが僕を訪ねてきた理由ではなく。

 僕が合点したのは、僕の内心についてだった。


 何故こうまでアリスを無条件に信じてしまえていたのか──事情を聞いた今ですら協力しようという内声が微塵たりとも揺らがないのか。その理由が、ようやくわかった気がした。


 アリスは、妹に似ているのだ。天真爛漫にして明朗快活、元気の象徴ですらありそうなかつての綺羅に。静かでいながら人一倍思い遣りがあって、しかしどこかが空洞めいている──ブラックボックスとなっている現在の夕暮に。

 

 「なるほど、ね」


 アリスのこれまでの語りへの反応として、というよりは自身への納得から、僕は呟いた。

 

 「分かった、アリスの事情は理解したよ。痛いほどに、実感を伴って。それでその上で言わせてもらうよ」


 「うん」


 お互いが唾を一つ、飲み込んで。


 「僕はアリスの力になりたい」


 思っていることを口に出す、という行為はなかなかどうして緊張するものだ。たとえ内心の支柱はものの数ミリたりと揺るいでいないとて、しかし声はどうしようもなく揺るぎ──もとい揺れてしまいそうになる。

  が、それでも僕は力強く言い放った。殊更に。


 「ジック……」


 アリスは驚きに彩られた顔で数回目をパチクリさせたかと思えば。

 

 (そういえば押入れを貸してあげると言った時もこんな表情をしていたっけ)


 次の瞬間、大きく澄んだガラス細工のような瞳から大粒の涙を流し始めた。

 

 「うぅ……うぅ……」


 泣きじゃくる、というには静かに、しかし堪えきれない涙がボタボタとフローリングに落下しては跳ねる。

 無理からぬことだ。こんなこと中々──特にメモリーカードとして育成されている少年少女や、またそれを管理する大人しか居ない『牧場』では誰にも打ち明けることなど出来なかっただろうし、たとえ打ち明けたところでアリスがいかなる処置を受けただろうということは想像に難くない。

 『牧場』はそうまでに尋常ならざる場所なのだ。


 少女は、泣いた。

 止め処なく流れ続ける涙を拭うことすら追いつかず、やがてしゃがみこむようにして、子どものように号泣した。


 いつもだったらそんな少女の姿を見てもきっとただ所在無げに泣き止むのを待っていたことだろうが、僕はこの少女に協力すると決めたのだ。関わると、支えると決めたのだ──だから。


 頼りなく、ぼろぼろと涙を流し続けるアリスに目線を合わせるように膝を付くと、目の前で震え続ける小さな肩を抱いて、僕は言った。


 「辛かった、苦しかったよな。だから今は泣いていい。アリスは、よく頑張ってる。だからこれからは僕に頼って欲しい。僕にも背負わせて欲しい」

 

 それはアリスを妹と重ねたからこそ出た言葉だったのか、あるいは好きな子のために何かをしてあげたいと思ったからこそだったのかそれは僕にも分からなかったのだけれど。

 

 でも、その時に僕は確かに決心したんだ。


 (もし、それでこのことを全てどうにか出来たら、笑い合える未来が来たとしたら。そしたら)


 (その時に僕はアリスに想いを告げよう)


 胸は恐ろしく高鳴っていて、気を緩めればそれこそ想いが口を衝いて出てしまいそうだったけれど。

 僕は君の隣で君を支えたい。だから、僕の一生を君に捧げさせてくれないか──そんな告白をすっ飛ばしてプロポーズのような歯の浮いた台詞が暴発してしまいそうだったけれど。

 

 でも、それはある意味裏切りのような気がして。ここで想いを告げるのはどこか弱みにつけ込むようだったから。


 「だからさ、絶対にどうにかしよう。僕と、アリスで」


−−−


 ──あぁ、嬉しかったなぁ……まさかこんなにあっさりと、でもしっかりと信頼してくれるなんて。


 押入れの中で、枕に顔をうずめながら、静かに足をバタバタさせつつ、アリスは少し痛い鼻を啜りながら、微笑んだ。

 涙と鼻水で顔中をぐしょぐしょにして号泣してしまったのは乙女的にとても恥ずかしくて、思い出すたびに顔が赤くなってしまうのだけれど、でもそれよりもとにかくジックに受け入れてもらえたことが──全てを晒け出しても尚受け入れてもらえたことが嬉しくて、どうしても頬が緩んでしまう。

 この押入れの向こうにはさっきあんな暖かい言葉を掛けてくれたジックが居るんだ、そんな今までの一週間と何ら変わりのないことで心臓が柔らかく跳ねるのだ。

 それで背中にはまださっきジックが抱いてくれた暖かさが残っている。

 

 (あぁ、あぁ、なんて幸せなんだろう)

 

 「こんなの、初めて……」


 胸の前で手を組み合わせて呟いて。


 でも、とアリスは思う。

 こうして嬉しい気持ちと反比例するように胸が痛い。

 そしてアリスはその理由に心当たりがありすぎるほどにあった。というかこの状況自体アリス本人が意図していたものだし、覚悟はしていた。でも、覚悟することと耐えられることは違う。

 

 「私は、嘘を吐いた」


 今まではただ状況に説明を先延ばしにしていただけのことだったけど──それでも苦しかったのだけれど──でも今日はとうとう事実を偽った。

 ジックはあんなにも正直に、自分のことが調べられていたが故の諦めだったのかもしれないけれど、それでも怒らないで、それこそあんなに優しくしてくれたのに。

 

 優しいジックと、優しくされたのにそれでも嘘を吐いた自分と。


 比べてしまえばどうしても自分がいかに矮小で、果たして優しくされる価値すらないように感じてしまう。自己嫌悪。

 

 確かにさっき本当に全てを詳らかに語ってしまえば、もしかすると、いや絶対ジックは協力するなんて言ってくれなかった。きっと、私を思って。

 だから仕方のない嘘と言えばそうなのだけれど、でもそれでも胸に刺さった棘はその存在を主張する。

 

 (そうやってグジグジ悩む私が、大っ嫌い。そしてそうやって大っ嫌いって言いつつも結局言い訳して、言い逃れして、落とし所を見つけてしまえる私も、どうしようもないくらいに嫌い)


 さっきとは正反対の泣きそうな表情を枕に押し付けて。そしてアリスは懺悔をするように独白を始めた。


 「私は《時間泥棒》じゃ、ない」


 

 

 

 

 


 

 

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