出会っちゃいました、妖精さん!
フェアリーテイル。
それは妖精が住む世界。
もしくは国、地域。
妖精の、妖精による、妖精のための場所。
はてさて死者の国とも言われる聖域。
そんな所に鈴は連れてこられた。
古くより、チェンジリングという伝説がある。
妖精は若く美しい人間、あるいは才能に恵まれた人間を攫って行くと言われてきた。
妖精の赤ん坊に乳をやる事の出来る年若い母親も、格好の標的となる。
人間の赤ん坊、特に洗礼前の乳児も攫われる恐れが多くある。
連れ去られた子供は、戻ってきたという例もあるし、そのまま行方不明という場合もある。
妖精の見目は、多くの種族がいる為に様々だ。
背が小さいのがいれば高いのまで。
不細工もいれば美男美女までいる。
そんな妖精とは何か。
その問に簡単な答えがあれば、妖精もこれほど不思議な存在ではなかっただろう。
本当の妖精というのは、異界に住む住人だ。
私たちの住むこの世界のすぐ傍に存在し、ふとした時に重なりあう時空、それが異界だ。
そんな妖精に鈴は攫われた。
イケメンだ。
ドイツに観光に行った時に出会った。
美しい水辺にイケメンが居たら、目を奪われてしまうのは仕方の無いことだろう。
そして、声を掛けてきたらどうする。
当然、近づいてしまう。
────・・・・・・足元も見ずに。
バッシャーン。
勢いよく川へと落ちる。
もがいてももがいても浮上することは叶わず、意識の遠のくまま、鈴は身を任せた。
目が覚めると、見たことのない川岸だった。
「大丈夫かい?」
鈴は濡れてないことに驚きながら、声の主を探す。
その相手は目の前にいた。
鈴に声を掛けてきたイケメンだ。
「あ。はい。」
なんとかそれだけ返す。
「立てるかな?」
そう言って手を差し伸べられた。
握った手は冷たかった。
「ここが何処だかわからないって顔をしてるね?」
物腰の柔らかな口調で話しかけられる。
「此処はフェアリーテイルだよ。向こう側って言った方が通じるかな?」
鈴はきょとんとする。
このイケメンさんは何を言っているんだろう。
フェアリーテイル?
向こう側?
じゃあ貴方は妖精ですか?
「そうだよ。」
声に出ていたらしい。
肯定の返事をもらった。
「君が余りにも可愛らしいから連れ去ってしまった。私の奥さんになって欲しい。」
鈴は頭が回らない。
突然なんだと言うのだ。
「まぁ、私の奥さんになる以外此処で暮らしていく術はないよ。大人しく私の“いたずらっ子”を産んでくれ。」
混乱する頭を一生懸命動かす。
「あの、その前に良いですか?貴方のお名前は何と言うんです?私は鈴です。」
「ああ!私とした事がうっかりしていたよ。私の名前はニクス。種族の名前でもあるね。」
「じゃあ、貴方個人のお名前はないんですか?」
「そうだね。」
ふーん、と鈴は言う。
妖精とはそう言うものなのか。
「帰してはくれないんですか?」
「嫌だし、無理だ。またいつ交叉するかわからないからね。」
「じゃあ、このまま奥さんになる他ないんですね。」
「そうだね。嫌かい?」
鈴はムスッと頬を膨らませる。
「無理矢理連れてきておいてその質問は投げやり過ぎますよ!」
ハハハッとニクスは軽快に笑う。
「それもそうだ。帰す気なんてさらさらないからね。私のことは好きになってもらわないと。」
「それなら・・・・・・大丈夫です。」
ニクスは、ん?と鈴を覗き込む。
「私、貴方のこと好きみたいですから。」
その言葉に二クスは驚きを隠せない。
「本当に!?嬉しいよ、早速愛の契りを交わそうじゃないか!」
「えっ、そんな急に?」
今度はニクスがきょとんとした。
「愛し合ってるなら当然だろう。」
「私としては、もう少し色々とお互いの事を知ってからの方が良いかと。」
鈴は声に焦りを滲ませる。
「そうか。まぁ、奥さんに嫌われるのは遠慮したいからな。ゆっくり育んで行くとするか。」
明らかにしょぼんとした声を出した。
鈴は少し罪悪感を覚えたが、背に腹は変えられない。
取り敢えず、ニクスの家へと向かった。
────数年経って。
色々と知った。
ニクスは気味の悪い歌声で気を狂わせたり、赤ん坊を攫って取替えっ子を置いてきたりする等、悪い方の妖精だった。
その割に自分の子供にも、攫って来た子供にも、平等に優しく接する。
よく解らない妖精だ。
でも、そんな彼が好きで離れられないのは鈴の方だ。
元々浮気性だった鈴が、ここまで一途になるとは本人も予想外だった。
ニクスのひたむきさがあったからかもしれない。
ニクスと鈴の間に生まれた“いたずらっ子”を抱きながら、感慨深く思う。
あまりにも唐突な出会いだったが、それは幸運だったのかもしれない。
こんなにいい家族と巡り会えたのだから。
鈴は、まだまだ長い人生を、フェアリーテイルに捧げることした。