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七条美姫の運命の出会い~期待は現実になる~

作者: テメレーア

「困ります!」

駅前の広場で、女の声が響いた。

見ると、女と男がいさかいを起こしていた。

女は上品な出で立ち。白いコートを着ていて、その下から見えるのはミモレ丈のゆったりとしたスカート。言うまでも無く、今年のトレンドアイテム。ゆるくウェーブのかかった茶色の、綺麗な髪質のロングヘアをしきりに触っていた。たぶん歳はボクと同じぐらい、20か21。

対して、男の方は……ジーパンに、英語が入った黒のスタジャン、頭にはニット帽。おまけに、イヤリングを三つにイヤーカーフまでしている。ああ、銀のネックレスも二つ、手首にもブレスレット。

見ただけでどんな状況かわかる。

いわゆる、ナンパってやつ。

何か、男がニヤついたまま口を開く。その次に、女が

「ごめんなさい。そんな時間無いんですっ」

と言った。

こういう時、女は便利だ。

男の声よりも遥かに聞き取りやすく、騒ぎになりやすい。

実際、周りも注目していた。

人の多い駅前で、そんな声が耳に入ったら誰しも見てしまう。

そうすると、その視線が集まるものは何だろうと、次々に見物人が増えていった。

完成『女が被害者の図』

もちろん、男がヒールだ。

だけれど、残念な事が一つある。

この図が完成しても、その後には繋がらない。

アクターは未だ、絡まれる女と、絡む男。その二人のみ。

第三者は決して生まれないのだ。傍観者は傍観者であり、モブの域からは出ない。

かくいうボクも、その内の一人だ。

誰か行くかな、とこの後を楽しみにしてたがどうにも進捗は無い。

そうこうしていると、絡まれている女はひどく不安げな顔になる。

誰か助けて、と言っているようだった。

もう一度周りを見渡す。モブばっかりだった。

興味はあるが、波風は立てたくない。

面倒な事には首を突っ込まない。

ボクの周りにいる男共に、心底腹を立てて

「チッ」

思い切り舌打ちをした。

本来ボクはこのタイプの女は好きじゃない。今絡まれている女は、白色を使って男受けを狙ったファッションをしており、ボクはそんな女が好きでは無かった。だけど、周りの男達の態度よりはマシだった。

「じゃあさ、連絡先だけでも教えてよ。マジなお願いね、コレ」

そう言って尚食い下がらない男に向かって、ボクは横槍を刺した。

「そこまでにしとけよ。周り、見てみなよ」

こういう事にぐらい役に立ってもらうぞ、ギャラリー共。

やはり、このナンパ男は目の前に夢中で周りが見えていなかった。

冷静になった瞬間、これだけ注目を集めていた事に気が付き唖然としていた。

その隙は好都合。

女の子の肩を掴んで、回れ右。

「ほら、行くよ」

そうして人の群の中へと姿を紛れ込ませた。

ボクの背中から「イキってんじゃねぇぞ」と罵声が飛んできた。

思わず口角が上がった。ざまぁみろ。

女の子をかばうように、しばらく歩いた。念のため後ろを振り返るけれども、見覚えのある顔は無い。

「もう大丈夫。それじゃあね」

そっと添えていた手に一瞬力を入れて、すぐに離した。それじゃ、バイバイと軽く手を振って歩き去る。

ちょっとだけ面白かったけれど、もう御免だ。

ボクの態度がいきなりすぎたか、すぐ横で心細げに「えっ……」と声に出していた。

それでもムシして、ボクは歩く。だってこれ以上は、おせっかいになっちゃう。

「待ってください」

左手を思い切り握りしめられた。

「なに?」

「あの、お礼にご飯でもどうですか?」

「なに。今度はキミがナンパ?」

「そ、そういうわけじゃないですけど……」

尻すぼみになって声が小さくなっていく。

正直、そこまでの責任を持つ必要は無いと思うんだけれど。

でも、少しだけ面白いと感じたボクは

「ご飯はさっき食べたから、コーヒーぐらいならいいよ」

そう口にしていた。

何でこんな意味の無い事してるんだろうと思うけれど、彼女の顔が赤く蒸気した様子を見ると何やら可愛くて、ついついイジメたくなったんだ。








わたしが経験してきた人生で、あんなにしつこくに男の人に絡まれたのは初めてだった。

だけど、それ以上に。

こんな男の人に助けてもらえることが嬉しかった。さっきの怖さなんて、どこかへ行っちゃった。

中世的な顔立ちに、高い鼻。綺麗な顔立ちで、男の人の声にしては低すぎなくて、耳通りの良い声。髪色は黒で、アシンメトリーに見えるように綺麗にセットしてある。それに、白のスキニーを履いてるから、スタイルも良く分かる。細い線の身体だけど、すごいスタイルがいい。よく白色のスキニーは男の人で履いてるのを見かけたけれども、どんな人よりも似あっていると思う。

……さっきから、一緒に歩いているだけで視線が痛い。

必ず、この人を一度見てからわたしを見てくるんだけれど、その目にはどんな風にわたしがうつってるのかな。

でも、その視線が気持ち良かったりもする。

仲が良い子に、男なんて女を際立たせるアクセサリーとか、女の価値を計るファッションの一部だとか言う子がいたけど、その効果が少しだけわかった気がする。

なんとなく、その事に申し訳なさを感じてて、わたしは下を見て歩いてたら。

「前向いて歩かないと危ないよ」

なんて、わざわざわたしの顔を覗き込んで言うものだから余計に前が見辛くなった。

でも、今の時点でわかってる。

顔立ちとかは、完璧にストライクなんだけれど。

わたしが求めている中で絶対に妥協できない部分がこの人には足りない。

そういうとわたしが悪いんだけど……








「ホットコーヒー。キミは?」

「カフェオレ、お願いします」

そう言って、カウンターの奥で鳴り響くスチームの音を聞きながらお金を払おうと財布を出すと「払わせてください」と言われた。財布を出したのは形だけだよって言うとたぶん気を悪くするから「ありがとう」と代わりに口から出しておいた。

意外な事があった。こういう子は、ついつい財布とかブランドに染まりたがるものだと思ってたけれど、そんな事は無く、使いやすさの方を重視した薄い機能性の高い財布を使っていた。案外、イイとこあるじゃん。

仕方なくコーヒーはボクが運んで、ゆったりとしたソファに座った。

そしたら、どうにもこうにも落ち着きを無くしている彼女に声を掛けた。

「……大丈夫? 時間無いんだっけ」

「そういうわけじゃないんです。男の人と二人っきりっていうのが、初めてで」

「そ、そうなんだ」

これは、何だろう。あなただけが特別です、って言ってるように聞こえるけど。これで男を勘違いさせるのかな。

どこか置き場所の無い手で、自分の前髪を触った。

「名前なんていうの」

「わたしのですか」

「そう、キミの」

「七条 美姫です」

「ミキってのはどういう字?」

「美しいに、姫って書きます」

名前にお姫様。

さぞ、ちやほやされるのが好きそうな名前ですね。

その流れで、当然のようにボクの名前が聞かれた。

「アイって言うんだ」

「アイ、どんな字ですか?」

「あんまり自分の名前好きじゃなくてさ」

そう言って字を濁した。

「美姫さんは、大学生?」

「そうです」

その後に、地元で有名な女子大の名前が口から発せられた。

なんかいかにもお嬢様くさい。

「女子大ってさ、大変でしょ。グループとか、波風たてない発言とかさ」

「えっ。そんな事無いですよ。みんな可愛いですし、わたしは好きですよ」

満面の笑顔で言い切った。

ボクは女子社会というのは、大奥だとかとは似ているけれど違う、非常に陰湿でネチネチとした雰囲気を持っていると思う。表向きは「ご友人」としているけれど少し離れると陰口を言い合うようなそんな仲。

「美姫さんは、優しいんだね」

とりあえず、そんなことを口にしておいた。

「アイさん、もしかして女性が嫌いですか?」

びっくりした。

心の底を見透かされた気がした。

「ボクが知り合ってきた女性が嫌いなだけだよ」

「あ、わたしもなんです。わたしも知り合ってきた男性が嫌いなんです」

思っていた女性と違う。

男にチヤホヤされて、優越感に入るタイプの女かと思っていたがそうでは無いらしい。

そんな女より、ずっと、食えないタイプだ。

髪を触っていた手を下ろしてから口にした。

「そう。運が悪いね」

「ええ。お互い様ですね」

無意識の内に手で首の後ろを撫でていた。

渇いた喉を、コーヒーで潤す。

最悪だこの女。ネコを被るどころじゃない。

いつもよりコーヒーが苦く感じられた。

「アイさん、アイさん。一つ聞いてもいいですか?」

「どうぞ」

悪戯をするように、ちょっとだけ舌を出して彼女は言った。

「アイさんは――――何で男の人の恰好してるんですか(・・・・・・・・・・・)?」

ぞわりと、鳥肌が立った。

「……なん、で」

「理由はいくつかあります。一つ目にパーソナルスペースが男性のでは無く、女性のものだったんです。歩いてる時に感じたんですけど、隣に立たれる事に何のストレスも感じていませんでしたから。二つ目に、男っていう言葉を使うと高い確率でストレスを感じてるんです。たぶん、アイさんの癖ですけど髪を触ろうとする行動が出てます。と、ここまで偉そうに言いましたけど、何となくの部分が多いです。少しの後押しにしかなってません」

そう言われて、また自分が髪を触っている事に気が付いた。あながち、この子のいう事も外れてないじゃないか。

どうすることもない。ボクにはわからないけど、事実なんだろう。

隠す気持ちも無かったけれど、見破られれば驚きもした。

「で、七条さんはボクをどうしたいの? 大学の友達に言って楽しむ?」

「あ、勘違いしないでください。わたしはそんな事のために言ったんじゃないんです。そもそも、最初はどうして助けてくれたのかなっていう心理的な興味があったんですけど、だんだんそれも変わってきてですね、えっと……」

あたふたと可愛らしく慌てる姿はあざとかった。

わかった。この子、天然入ってる。

「せっかく同じ大学の人とこうして出会えてうれしいってのもあって、それに素敵な人ですし」

「待って。同じ大学? ボクとキミが? そんな事言ったか、ボク」

「いえ、それは、わたしが大学の名前を出した時にすっごい嫌な顔したんで、同じ大学だとわかったんです。普通あんな反応しませんもの」

驚きを通り越して、称賛の気持ちが溢れ出た。純粋に、すごい

「はははは。キミ、すごいね。はじめはビックリしたけど、聞いてるとキミすっごく面白いよ。それって何、特技?」

「いえ、学問です。心理学っていう。元々違う大学に通ってたんですけど、先生がこっちに来たんで追ってきちゃいました」

「どこの大学行ってたのさ」

興味本位で聞いてみた。

「帝国大学です」

出てきたのは、最難関大学の名前。

この子の考える事は何一つわからないことがわかった。

たぶん、ボクには理解できない

「ああ! 待ってください。わたしの事はどうでもいいんですよ。それよりも、アイさんに言いたい事があるんです」

「……なに?」

目を閉じて深呼吸してから、彼女は口を開いた。

「アイさんは同性――女性が苦手、嫌いだからそんな恰好をしてるんですよね」

無言で、頷いた。

下手に否定することは出来ない。

この子の前では、ウソがつけない。いや、そんなモノは無意味だ。

心を見透かすような発言は、彼女の自己満足のために言葉にしてはいない。

この子は多分、ボクの事を考えている。決して僕を傷つける言葉じゃない。

ボクの心と向き合っている。

「これまでどんな人とお友達になってきたかっていうのは、わたしにはわかりませんけど。そういう人達が全てじゃないんです。例えば、本音で話すことができない友達とばかり付き合って来てしまって、そんな波風の立てられない人間関係に幻滅したとしても、きっと、本音で付き合える友達も居ると思うんです。それは決して極端な少数意見の話じゃなく十分にあり得る可能性で」

そんな事を本音で語ってくれた、言葉が心に響いた。

この子は、今まで付き合ってた子と違う。

ボクの事を想って、ボクのために、こんな事を言ってくれてる。

決して体裁というオブラートに包まない、そのままの言葉で。

「人は主観的に成りがちで、物を見たいように見ることができますし、信じたいものを信じるんです。ですから、自分の周りがこうだからと……えっと、えっと」

どうにも次の言葉が出てこないようで、心理学を知ってなくても、焦っている様子は見てとれる。

その間に、ボクは考えていた。

この子の言う事は、ボク自身気が付いていなかった。

男の恰好をしている理由は、おもしろいからとか、そんな考えしかなかったけれど。彼女の言葉で気が付いた。ボクは女が嫌いで、そこから無意識に逃げていたんだと。

自分の気持ちを自覚して、ボクの胸は強く揺れていた。

「あ、つまりです。つまり、わたしと友達になりましょう」

「なんだ、それ」

静かな喫茶店にボクの笑い声だけが響いた。この時ばかりは、周りを気にせず、声を上げていた。しばらくして、納まってから。

「いいよ」

と手を差し出した。

「はいっ。よろしくおねがいします。アイちゃん」

「いいけど、ちゃん付けはよせ」

手を上下に揺する様子は、仲が良い友達って感じだった。

「ええ、アイくん、アイくんには最終的には女の子を好きになってほしいんです」

「あはは……はっ?」

冗談かと思ったら、目がマジでした。

「……友達として?」

「わたしに限っては、性別の壁を越えても構いませんよ」

「あー、なるほど。なるほど」

この子はどうやら百合の気がある。いや、カミングアウトしてる所を見ると強いのだろうか。

いや……本音で相手してくれてるんだろうなあ。

「手を離せ。ボクにその気は無い」

「嫌でーす」

その後が大変だった。心理学的言うと、男装というのには無意識に女性を性の対象として~~と、恐らくこじつけの何の根拠も無い持論を組み立てている所を見ると、この子はマジだ。挙句の果てに、「あと私は男が嫌いなんじゃなくて、女の子の方が好きだから嫌いって言ってるんです」とか、わけのわからない事を言い始める始末。

「一目見たときから好きって気持ちは生まれてたんです。でも、わたし女の子の方好きですから。この人男だったらいいのにって、ずっと思ってたんですよ。その仮説を裏付けるためには、わたし、もう、全力でした。そしたら、まさかのまさかですよ。これって、わたし、運命って言っても間違いないと思うんですよ。あ、アイさんの運命じゃなくて、わたしの運命の出会いです」

そんな、ひどく自分勝手なセリフを吐きやがった。

まぁ、不思議と。

悪い気はしなかったかな。


それがボク、美堂亜衣と七条美姫の出会いだった。


【次回予告ダイジェスト】

「はわ~~。アイさん、そんなわたし好みの恰好でわたしをメロメロにしてくれて、どうしてくれるんですか? 責任取ってくださいよ!」

「心理学なんて確実じゃないですよ。それに、使う時は怖がられるとか気持ち悪がられる可能性も考えてますし、そのリスクを軽く超えちゃうほど急接近したい人じゃないと使えませんよ~。って、何言わせるんですか!?」

「アイさん、はい、あ~ん。ちょっと! 何でそんなあからさまに避けるんですか!」

                     ※気が向いたら連載します


「七条美姫の運命の出会い」お読み頂いてありがとうございました。

今回ツイッターの方でいくつかテーマを頂いて、執筆したものです。テーマをご提供してくださった方、誠にありがとうございました。

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