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山田は脳をシステムに直結された俺とは違い、リアルでの生活もある男だ。いつまでも引きとめるわけにはいかない。白い空間に残されたのは俺と、ぷりぷりと愛くるしい幼女の二人だけだった。
「まあ、人間関係ってのは、名前を知り合うところからだ。お前、名前は?」
しかし、幼女は短い首を傾げただけであった。
「~~~~かっわえええええええっ!」
断っておくが、俺は決して幼女にやましい気持ちを抱く性癖の持ち主では無い。むしろ幼い娘を見るような、そんな心持ちなのだ。
「んでも、名無しって訳にはいかないなあ」
触手を伸ばして頭を撫でてやれば、嬉しそうに首を伸ばして頭を擦り付けてくる。マジかわいい。
「名前、俺が決めてもいいかな?」
その子はこくんと頷いた。
「じゃあ、あやね。絢、音、と書いて絢音。これはきらびやかな音ってことでさ……」
俺は少女の喉をとん、と突いた。まだ一言も声を聞いていない。もしかしたら声が出せないのかもしれないという懸念はあるが。
「俺はこの世界じゃ神だぜ? お前の声ぐらい、創ってやるよ」
俺が名前をつけた女の子、絢音。この子に執着し始めていることを、俺は自覚している。
それがどうしてなのか、良くはわからない。だが、この子の笑顔を見ているとひどく懐かしい気分になるのだ。
「どこかで、会ったことがあるかなあ?」
絢音がふと、ひどく悲しげな表情を浮かべた。
「泣くな! 泣くなよ。いいもん出してやるからな」
俺は触手を伸ばし、ライトを始める。
【まず目に入るのは大きなぬいぐるみ。ウサギや、熊や、猫などを、色鮮やかな布でかたどった、ふわふわの上等なものだ。それは絢音が両手を張らなければ抱えられないほどに大きい。
着せ替え人形もある。これには人形専用のお家セットと、衣装のぎっしり詰まったワードローブが一緒に置いてあった。
そのほかにもいろいろなゲーム機やら、細工物やらでおもちゃの山が出来上がっている。これがみんな、絢音の物なのだ。】
俺の文字の通りに『おもちゃの山』が構築される。いかにも子供が喜びそうな玩具がごちゃっと積みあがったそれは、まさに俺のイメージ通りだった。
「ほら、絢音」
山のてっぺんにあったゲーム機を手にとり、絢音に差し出す。しかしそれはしゅおっと音を立てて0と1の羅列に変わる。数字はその法則性さえ保てずにさらりと崩れた。
0と1は砂粒のように俺の手からこぼれ、それは床にたどり着いたはしから真っ白な空間へと溶けてしまうのだ。絢音の手には、何一つ渡してやることなどできない。一抱えもあるぬいぐるみさえも、だ。
「おっかしいな~。絢音、自分で好きなのとってみろ」
身を寄せ合っておもちゃの山を覗きこむ俺たちの背後で、女の声がした。
「あーちゃんの、ばかぁ!」




