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ひゅおっと、少し強い風が吹いた。それが合図だった。
【光芒一閃、山田の剣先が描くは、夜空を細く裂く月光にも似た弧であった】
俺のライトの力を借りて切りかかる山田。しかし、カニは剣撃ではなく、はさみでその横っ面を張った。
「ぐがっ!」
「踏ん張れ、山田っ!」
【カニの一撃に備え、山田は大きく後ろに飛びのいた。十分な間合いだ】
しかし、カニの八足はわしゃっと音を立て、常識では考えられない大跳躍を見せた。山田の頭上に平たい体が浮かぶ。
「山田、よけろっ!」
【あえて地面に身を投げ、ごろごろと横に転がる山田。それはまさに間一髪であった】
ずずーんと身のたっぷり詰まった音を響かせ、カニは地面に落下した。
「やるわね、ダーリン」
柿ノ木のタイプ速度は、さらに加速する。
「ぬあっ、と。まじかよっ!」
俺は触手の数を増やし、必死で言葉を綴った。もはや文体云々を問うている場合じゃない。俺のタイプ速度はむしろ遅いぐらいなのだ。
柿ノ木の両手が空を打つ。カニの剣が地面をえぐる。
俺の触手が虚空を叩く。山田の剣が横に閃く。
あたりには刀身のぶつかり合う金属音。そして訪れる、突然の静寂。
カニと山田は、お互いに剣を振りぬいた形のまま、動きをとめた。俺と柿ノ木の手元も、止まる。
「……相打ち……だ……と……」
「……でし……」
どうと臥した二つの身体は、細かな数字の羅列に分解された。
「あああああ! 山田っ? マフさんっ?」
消えて行く数字を掴もうとする俺に対し、柿ノ木は平然と一升瓶を呷る。
「まあ、あの二人はビジターだから、脳みそを人質にとられているおいらたちみたいに死ぬ事はないでしょうよ」
「んあ? そうなの?」
「それよりダーリン、その子のことだ」
柿ノ木は、俺の背中に埋もれるようにしがみついた絢音を指した。
「どこまで思い出した?」
「ほぼ、全部」
「そうか。じゃあ、何で自分が浮気性なのか、やっと気づいたってことね」
そうだ、俺はこの少女だけを待っていた。彼女は入院が決まったあの日、俺に言った。「待っていて」と。
「俺は、その約束が果たされないことを知ってしまったから……だから、待つことをやめてしまったんだ」
「で、寂しさを埋める愛を欲したんだね」
「よく解ったな」
「ああ、人生の経験値ってヤツかしら」
いくら愛を探しても、寂しさが埋まる事など無い。それは理解できない別れがもたらした欠けなのだから、欠け落ちたパーツでしか埋めることができないのだ。
そして、そのパーツは突然に現れた。
「これってやっぱり、俺の願望が見せる幻系なのかな?」
「アザ兄は、意外にひねくれてるよね~」
柿ノ木が笑う。
「NAROUシステムはね、植物状態の女の子の治療からはじまったんだよ。脳に外部からの刺戟を取り入れ、疑似体験をさせることで覚醒を促そうってことらしい」
「じゃあ、この絢音は!」
「間違いなく本物だよ。そして、この子がメインシステムさ」
「そんなこと、よく調べられたね?」
「だって、おいらとマフオカさんよ? 二人合わせた人生の経験値ってのが、ね、ふふふふふふふふ」
「こええええええええ!」
例え一時のこととはいえ、この二人を敵に回して、よくも勝てたものだ。
「さて、そんな人生の先輩からアドバイス。よりを戻すにしろ、別れるにしろ、アザ兄はその子と向き会わなくちゃならない。初恋の傷を埋めるために、ね」
彼女はそこでまた一つ、ぐいっと酒を煽った。
「おいらとしちゃあ、別れることを祈るよ。そのぐらいのやきもちは……いいでしょ!」
寂しそうに笑う横顔は、女のそれだ。
「ったくよぉ……俺は、お前のそういう顔に弱いんだよ」
触手を伸ばして引き寄せれば、柿ノ木は素直に触手の中に落ちてきた。その頬がわずかに濡れている。
「だから、涙にも弱いんだってばよぉ」
それを拭おうとした触手に、彼女の指が絡まる。
「今だけ、ね」
「ばか、涙が止まるまで居てやるよ」
少し酒臭い呼吸が俺の鼻触手の先に近づく。
こうして俺は4人目の刺客、柿ノ木と別れた。
登場人物に興味を持った方へ
マフさん→まふおか(http://mypage.syosetu.com/181242/)
柿ノ木さん→柿ノ木コジロー(http://mypage.syosetu.com/288912/)
です




