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4話

隆太たちが新しく通う学び舎『方舟学園』は長い上り坂を越えたその先にある。

方舟学園には色々な噂がたっており、学食から図書館、部室棟にはエアコン完備、さらにはコンビニエンスストアまで設置されているというものや、敷地内のほとんどが動く歩道で構成されている……なんて嘘か真か分からぬような噂まで。

そして、嘘か真か分からぬくらい、校内の状況は秘匿されていた。公開されているのはイベントで使用されるアリーナ程度のものだった。それもまたミステリアスさを生んでおり、人々の心を惹きつけて放さない理由であった。

学校は素晴らしい。だが、何より、坂が長い。

「はぁ……長いな……」

そう言って、汗を拭う隆太。隆太自身、運動は久しぶりだったので体は汗だく。時々足を止めて休みを取らなければ大変だった。

そこへ元気な二人が近づいて、声を掛ける。

「おやおや、りゅーた君!新入生がそんな死にそうな顔してちゃノンノン、だよ!」

「そうだ、聞くに高校生は花の青春時代!……とかなんとからしい。楽しまない理由もないし、できるだけ満喫してやろうぜ。お前も、中学校生活の分を取り戻したいだろ?」

「そりゃ楽しいんだろう、けどさ……こんな坂が、毎日、続くのかと思うと」

その言葉に反応したのはゆらではなく、テンションが下がっていたはずのカイであった。

「おいおい隆太!甘ったれた事を言ってるんじゃねえぞ!いくら病み上がりとは言え、それは甘えすぎだ!具体的に言うといちごミルク味の飴玉くらい甘ったれだ!」

まさかの熱血であった。

いきなりなんだ、と隆太は慌てる。

そして思い出した。カイが中学校の頃、バスケに全力を注いでいた事を。

そして、体を動かす事に不満を抱くような言葉を発すると、去りし日のバスケの練習を思い出し、やたらと熱血キャラになる事ということを。

カイの変化に便乗したゆらが言葉を続ける。

「そーだそーだ!女の私が大丈夫なのに、男の子のりゅーたがそれでどーするのさ!」

「二人が元気すぎるんだよ……ていうか、僕が何年間運動してないと思うの……?」

「かーっ、情けねえ!あぁ、もう今日から……いや!むしろ今から特訓だ!」

天を仰いだ後、ビシッと隆太に指を突きつけカイが放った言葉。その指先が槍の鋭利な矛先のように見えた隆太は、過度な運動による紅潮から、顔を一気に青ざめさせた。

こんなバテバテな状態で特訓なんかしたら死んでしまう登校初日で死んでしまう。

そう考えた隆太は慌てて言葉を選んでいく。

「え、えーっと、高校生になったっていう記念すべき今日を精一杯楽しむ為に、体力は残しておきたいなー、「え、特訓!? 楽しそう、私も混ぜてよー!」なんて……」

呻くようにして、隆太はなんとか放った言葉。しかしそれは、中学時代ソフトボール部主将を務め上げた超アウトドア派のゆらの声でかき消された。

「お、お前もやんのか!? いいぜぇ、いい感じだ! 乗ってきたぜぇぇぇっ!」

それにカイも反応した。

互いに拳を握り合い、どんどんとテンションを上げていく。熱血の相乗効果、隆太は目の前で繰り広げられる熱血空間に戦慄した。見ていると熱波が飛んできているような錯覚を覚えて、隆太は腕をかざし顔をかばう。その隠された視界の先で、ゆらとカイの二人はさらにテンションを上げていき、がっちりと握手をした。このまま見ていれば肩でも組んで歌いだしそうだ。

「ゆら! いい調子じゃねえか!」

「どうも! でもこれ以上喋ってたら時間の無駄になっちゃうよ! 早く始めよ!」

「そうだな、よっしゃ! じゃあちょうどいい所に坂があるし、あれ全部ダッシュで登るぞ!」

「それいいね!」

「だろ!?」

「はっはっは!」

「あっはっは!」

(は、離れとこ……)

時間の二乗に比例するようにヒートアップしていく二人からそそくさと距離をとる隆太。触らぬ神に祟りなしと言う、隆太は絡まれないように、願わくばそのまま勝手に去ってくれるように祈ったが、神様はそんな矮小な願いを叶えないようであった。

二人が隆太に近寄り、左右対称の動きで肩を組む。

「な、なに?二人して僕と肩を組んで」

「逃げんなよ?」「逃がさないよ~?」

左からカイのニヤついた声、右からゆらの元気な声。いつの間にか、三人仲よく肩を組む形となっていた。隆太のこめかみから冷や汗が流れ落ちる。

「ははは……荷物もあるし、そのー……あ、シャー芯が折れちゃうからさ。走ることは遠慮したいなー、なんて」

「そんな事気にしちゃダメダメ!」

「折れたのは俺の持ってるのと交換してやるから、な?だから、逃がさねえぜ……!」

最後の抵抗も虚しく、ここから景色を眺めて歩く一人ぶらり旅ルートへ収束できるような言葉を、隆太は持ち合わせていなかった。

「それじゃあ……」

「行こうぜ!」

「うわぁぁああぁああああ!?!?」

隆太は発射された。

ちなみに、ゆらもカイも隆太より背が高い。カイに至っては頭一つでは足らない程。そんな二人に肩を組まれた隆太は、地面に足をつける事ができず、宙ぶらりんになったまま、猛スピードで学校への道を通っていくのだった。


この時、学校で坂を爆走する仲良し三人組の噂が立ったのは言うまでもない。




登校初日からジェットコースター親友号に(強制的に)乗車した隆太は、息も絶え絶えながらなんとか、方舟学園の校門にたどり着いていた。

膝に手をつき、肩で息をする隆太。

「はぁ、はぁ……こ、怖かった……」

「えー?楽しかったじゃーん」

「地面に足が着いてない状態で、かつ視界が傾いた状態のまま猛スピードで進む恐怖が分かる!?……って、ああそうか。ゆらってジェットコースター好きだったね」

「うん、あのスリルがなんとも……じゃなくて!それよりもこの学校だよ!」

それよりもって、と自分の体を無視された隆太は悲嘆に暮れて地に崩れ落ちた。

そんな隆太を気にすることなく、ゆらが指差すその先は、広大な方舟学園の敷地である。しかし、俯いている隆太にそれは見えない。それに気づかないゆらは、ワー!やらウオー!やら叫びを上げ続け、隆太に声をかけ続ける。

「凄いよ!なんかこう、凄いんだよ!!」

「説明適当すぎるでしょ……で、なにがすごいの?」

「何が、って……うーん……全部? そう、全部だよ!」

「いやわかんないよ……」

適当すぎる説明に困惑する隆太。ゆらは頭を抱えて、うーんうーん、と言葉をなんとかして思いつこうとする。しかし十数秒経ってもエアコンの室外機よろしく唸り続ける様子を見て、隆太は自分で見る事を決めた。

そうと決まれば、と息を整える。そして数秒。

「…………ふぅ。で、なにさってうわ何これすご!?」

顔を上げた隆太の視界に飛び込んだのは、広がる芝生の緑、高く飛沫を上げる噴水の白、その間を埋める煉瓦の茶、高くそびえ立つの校舎の灰。そして何より目立つのはゆらが嬉しそうに向ける指の先。

「ほらあれ!あれだよ、あれがきっと『魔法』だよ!」

正門の柱から空に伸びる炎の赤であった。


『魔法』。

それは発展してきた科学技術の対局にある存在……と、思われがちだが、SCはこの『魔法』というものを科学技術を極める事によって実現した。

曰く、誰しも必ず一つ『魔法』を持っている。

曰く、日常で気づかぬうちに皆はそれを使用していることが多い。

曰く、薬を使うことによってそれは強制的に目覚めさせる、または自覚する事ができる。

曰く、日常でも役立つものもあるし体に害もないから気軽に取得すべし。

SC魔法開発部部長が言うには、そういう事であるらしい。しかし空を飛べる、火を起こすなんて魔法は稀で、基本的には身体能力の強化やその科目の勉強が得意など地味なものばかりだ。目覚めさせて落胆する人も後を立たぬという。であるから、特にレアで派手な魔法は皆からの羨望の的なのだ。

自分の友人がレアな魔法を手に入れ、それを妬んだ人間が殺人を犯す……なんて者もいそうではあるが、実はいない。なぜなら魔法がレアな物であればあるほど、その効果が強いものが多い……つまり人に対して害のあるものが多く、挑んだ所で返り討ちに遭う事がほとんどだからである。

この方舟学園という学校の何よりの特徴、それは市内の学校の中で魔法について最も深く学べる事。隆太達三人がこの学校に入った理由も、ゆらが魔法に対して強烈に興味を示したからであった。


キョロキョロと周りを見回しながら、また何かが目に入るたびに感嘆の声を上げながら、正門を通って校内に入る。種火から炎を景気よく上げていた生徒二人を横目に見つつ、そのまま歩きながら三人は話を始めた。

「すごいね……私達も、あんな事できるようになるのかな?」

「さあな。でも、俺たちは魔法を学べる最高の環境にいるんだ。後は才能云々、ほぼ運任せだろ」

「運任せ……つまり、運があれば私にも『特務委員』になれるのかな!?」

「そういや、ゆらって『特務委員』目指してるんだっけ?」

「うん!悪者を魔法でバッタバッタとなぎ倒して、事件をたちどころに解決に導く!今日も彼らのおかげで桜庭市の平和は守られていたのだった……」

身振り手振りでそう力説するゆらに、隆太が呟く。

「まぁ確かにすごいんだろうけどさ……」

『特務委員』。

それは魔法が特に優れている学生のによって結成されるエリート集団である『特務委員会』の一員の事。

誰でも魔法が使えてしまうこの時代、それを悪用する者は後を絶たない。また、不慮の事故で暴走する、なんて事もある。それを大きな力で制止、または犯罪者を捕縛するのが『特務委員』である。

特務委員は任務を遂行するために大きな権限を持っており、そのため選ばれるには、力だけでなく、品行方正であることも重要視される。よって、『特務委員』に選ばれる事は桜庭市学生の、この上ない名誉なのだ。特にそれが美男美女であったりすると、その人気は計り知れないものとなる。実際、ファンクラブが設立されるなんて事もあった。果てには、強大な力を持った特務委員の主人公が悪者をパンチ(with魔法)一発でなぎ倒す子供向けアニメが作られる程である。

だが。

「そんなに、憧れはしないなー」

だが、それが隆太自身の嘘偽りない気持ちであった。

生まれ持った能力を使って敵を倒す。それも楽しいかもしれないが、それよりは人の作った力、自分が血反吐を吐きながら特訓して得る力……つまりは、努力の結晶である力を使って強大な敵を倒す方が隆太の好みであった。だから、努力せずに得た力を振るう特務委員にどうも好意は抱けなかった。

その言葉に、カイも同意する。

「おう、隆太もか?俺もなんだ」

「えー、なんでさ?かっこいいじゃん」

「だからだよ。考えても見ろよ?でかい力を生まれ持った奴が特務委員になるんだぜ?」

「そりゃーそうでしょ。そういうもんじゃん」

カイの変な言い回しに、首を傾げるゆら。隆太も自分と考え方が違うからか、あまり分かっていないような顔をしている。

「そのでかい力を持ってる奴は、基本的にガキの頃から目立つもんさ。そういう奴は、お偉い様からずっと目をつけていてもらえる。体の成長につれてちょっとでも力が増せばすぐにちやほやだ。そのまま、ちやほやされ続けて育てばどうなるか……」

そこでようやくカイの言おうとしている事を理解できたか、隆太が言葉を挟んだ。

「あ、分かった。要するに特務委員の、その品行方正な顔の裏側はどんなに腹黒いのかわかんないよねって事?」

「正解。表の顔はイケメンで礼儀正しくなんでもできる、でも裏の顔は無数の女をとっかえひっかえしてるあくどい奴……なんて奴がいるかもしれねえだろ?つまり、そういう事だ」

「確かにそれはあるかもね。どんなに優しい王様だって、力を持ったら濫用するって言うしね」

「そ、そんなことないよー!……多分」

特務委員絶対主義を掲げるゆらの思いが少し揺らいだ、そこへ意地悪そうな顔をしたカイが追い討ちを掛ける。

「ほーら、お前の好きなあの人だって……」

「え、愛佳さんに限ってそんなことないよ!」

ゆらの言う愛佳さんとは、笠原愛佳という名の特務委員の事である。

特務委員会の委員長、さらにこの方舟学園の生徒会長を兼任しており、桜庭市市長の名前は知らなくても、笠原愛奈の名前は知っていると言う者もいるとも言われる桜庭市のアイドル的存在だ。特務委員の事をあまり知らない隆太でさえも、その名前を知っていた。

その明るい性格、人好きのする笑顔。そして、なによりその整った容姿。いつでもにこやかな笑みを浮かべ続け、また困った人は捨て置けない性格。さらに、委員長を務める程の強い能力を持っているときた。

男子の中では市内最大のファンクラブが創設されており、女子の間でも凄まじい人気を誇っている。その一員が、このゆらであった。

「そ、そんな訳ないもん!愛佳さんに限って!ありえないの!ありえないったらありえない!!」

「子供か……ま、確かにな。俺も、あの人は本物のような気がする」

「僕も、あの人が人を騙してるようには見えないな。さぁ、そろそろ校舎も近いし、こんな話はやめとこうよ」

「そだね。……じゃあ、行こっか!」

そうして、隆太達三人は一際大きな校舎、学習棟の中へ入っていく。


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