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ラッピングカー

作者: 王蠱

その遭遇はほんの数秒のことでした。

当時私は体調を崩した母の療養に付き添ってとある山間ののどかな避暑地を訪れていました。

時期はちょうど夏休みの最中、別荘から少し歩けば清水の流れる沢では

水遊びをする小さな子供たちの楽しそうな笑い声が聞こえてくるような

とても暑い日だったのを覚えています。

時刻はあともう少しでお昼に差し掛かる頃でした。

朝早くから山の探検に夢中になっていた私でしたが流石に遊び疲れ、

ひとまず昼食を食べに帰ろうと山道を歩いていました。

さほど大きな山でもありませんでしたから、子供の足でも降りていくのにそれほど苦労はありません。

柔らかな土の感触を足の裏に感じながらそうしてしばらく進んだところで、急に視界が開けました。

茂っていた木々がすっかり取り払われたそこには砂利の道と鉄のレールが敷かれています。

この土地まで私がやってくるときにも使ったローカル線の線路です。

立ち入り禁止の安全柵のようなものがしっかりと張られ近づくことはできませんでしたが、

好奇心の塊だった当時の私はしばらくそれを少し離れた場所から感動したように眺めていました。


ガタンガタン・・・・・・


その時私の耳に重い響きが入り込んできました。

電車の音だ。気付いた私は音が向かってくる方向に目を向けます。

数十メートルほど離れたそこには真っ暗な列車用のトンネルがありまして、

列車はどうやらそこを抜けてくる最中のようでした。


ガタンガタン、ガタンガタン・・・・・・


次第に伝わってくる音と振動が大きくなり、暗闇の中で光る列車のライトが見えました。

そうして遂にトンネルから出てきたその列車を見て、私は声を出すことも忘れ凍りつきました。

太陽の日差しをキラキラと反射するアルミのような銀色の車体。

その側面全体にべっとりと赤い手形がいくつもいくつも、数えきれないほどの数ついていました。

世の中には絵や写真などを描いたラッピングカーという電車があるということくらいは

知識として知っていましたが、とてもそんなものには思えません。

やけに生々しく、かすかに鉄臭い血の匂いまで香ってくるようでした。


ガタンガタン、ガタンガタン・・・・・・


そのまま数秒か十数秒か呆然としたままの私の前をあっという間に通り過ぎ、

列車は駅のある方向へと走り去って行きました。

休養を終え自宅に帰る日、私はやはり来る時と同じあの路線の電車に乗ることになりましたが、

上りと下りでルートに違いがあるのかあの日見た列車が通り抜けてきたトンネルは通らずに済みました。あの真っ赤な手形たちが一体何だったのか。

死者の念かそれとも暑い夏の日が私に見せた一瞬の白昼夢だったのか、

今の私にはもう分からなくなってしまいました。


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