魔道兵器 トロイド
テスト投稿ですが、それなりに力を入れた作品でもあります。
戦闘描写も心理描写もつたないもので、作品としての面白さも中途半端なものかもしれませんが、御意見頂ければ幸いです。
約束の日が来た。この国の命運を決める日が。
ユリハナより東の国境線、そこが指定された交渉の場だった。辺りには低木しかなく、街までも馬で半日はかかる距離に位置している。
「…戦闘になれば増援も望めない絶望的な場所だな」
「うるさいぞアーサー。不吉な事を言うな」
そう言うリースクロウドの目は本気だった。騎士団長としては頭を悩ましていたことなのだろう。それをよそにアーサーはキャンプの簡易ベッドに寝そべり、暢気に昼寝などを始める。
「らしくないな。仕事は? 持ってきたんじゃなかったか」
「そんなの終わっちゃったよ。ふわぁぁぁ」
普段はこんなに怠惰ではなく、むしろ精力的に公務を執り行うアーサーだが、今日ばかりはそうもいかなかった。
現在は午後3時、だが約束の時間は正午なのである。
「くそっ、小国だと馬鹿にして」
思わずリースクロウドも愚痴ってしまう。今回引き連れてきたのが小数精鋭の騎士団で正解だった。もし一般兵ならば、士気の低下は今以上だっただろう。
しばらくして、テントの外が騒がしくなり始めた。それに気付いた二人は支度を始める。
「団長! 4時の方向からクランジア連邦軍と思しき軍勢を確認しました!」
「やっとか! よし行くぞリースクロウド、今日がユナイトカース王国の旅立ちだ!」
「そうなればいいがな………!」
二人が外へと向かう。それを待ち受けるのは、圧倒的な軍勢だった。
「私はクランジア連邦陸軍少佐、グラマン=ゼンガ=ルンボルトである! 先日の要求の答えを頂きたく、本日は参上いたした。我々に交戦意思は無い。繰り返す、我々に交戦意思は無い!」
拡声魔術により、ユナイトカース王国騎士団全員にその声は届いていた。その最後方に居るアーサーもまた例外ではない。
「おーおーうるさいねぇ。しかも謝罪は無しか。さすがはクランジア連邦の士官、魔術も無礼さも申し分ないや。というか、立派な部隊引き連れて交戦意思はないってのはどうかと思うな」
「黙っておけアーサー………こちらはユナイトカース王国騎士団団長、ダン=リースクロウドだ。そちらの意図は理解した。回答を今から示す―――アーサー」
「分かってる。さて、行くとするかね」
後方から整列した騎士団を掻き分け、アーサーが先頭へと出ていく。だが先頭までたどり着いたとき、思わずため息をついてしまっていた。
クランジア連邦軍は魔導師およびそのゴーレムを中心とした大隊規模の編成、対するユナイトカースは騎士団を中心とした騎馬、歩兵、魔道士の混成中隊。戦力差は火を見るより明らかだ。
「しかし小国相手に容赦の無い―――ゴホン、余がユナイトカース王国国王、アーサー・ユナイトカース三世である」
いかにもな風でアーサーが名乗る。だがどうにもそれは不似合いで、騎士団の数名は笑いを堪えるのに必死であった。
「早速本題に入らせていただくが、この度我が国は貴方の要請に応じ、協力することを約束する」
「貴国の英断に感謝す――――」
さも当然、前もって用意されていたかのように素早い返答。だがアーサーはすかさずそれに被せて宣言した。
「ただし! 対等な立場で、だ!」
まるで時が凍てついたかのような静寂。皆が呆気に取られ、精霊のさえずりさえ聞こえないような沈黙の後、グラマンがゆっくりと口を開いた。
「失礼ですが、今おっしゃった事をもう一度お聞かせ願えますかな」
「我がユナイトカース王国は一国家として、クランジア連邦と対等な立場での協力をさせていただく」
更に場の沈黙が加速した。クランジア側の兵士など、呆気にとられて棒立ちとなる兵士がいる程である。
「……お言葉ですかがユナイトカース国王殿、私には貴国が我らがクランジア連邦と相対する程の国力が無いように思えるのだが―――いや失礼、決して貴国を愚弄するつもりは無いのだ。我らが連邦も所詮はクランジア王国を中心に小国が集結した烏合の衆に過ぎない。かくいう私もそんな小国の出身であるしな。故に、我らがクランジア連邦に加わりたいというのならわかるのだが………対等な立場で、というのはどういうことですかな?」
「どういうこともなにも、言葉のその通りの意味だ」
「………どうやらユナイトカース王国は冗談の好きなお国柄と見える。失礼を承知で言わせてもらおう。貴国が鉄血、神速、無限、不変のどなたかを囲っているのでもなければ、クランジア連邦と対等など到底ありえない」
鉄血、神速、無限、不変。それは四天師と呼ばれる、最強の四人の魔導師の二つ名である。彼、もしくは彼女達が作り出すゴーレムは一騎当千、あるいはそれ以上の力を持ち、一晩で国を滅ぼすことさえ可能だという。しかし彼らは戦乱へと進み行く時代の中、他人に利用されることを嫌い、どことも知れぬ僻地へと身を消していた。
つまりグラマンはこう言っているのだ。ユナイトカース王国がクランジア連邦と渡り合うなど夢物語だ、と。その後ろにいる兵士達が笑わなかったのは、行き届いた訓練の賜物であり、それが一層グラマンの言葉に真実味を持たせる。
しかし、彼は知らない。四天師には及ばずとも、最強の兵器が存在することを。そしてその姿は
「ならお見せしよう。四天師にも劣らぬ、新たなる我が国の兵器を!」
「何を出すというのだ………まったく、ユナイトカース王国はここまで馬鹿、な…」
四天師が1人、鉄血のゴーレムに酷似していることを。
TR-03イーグル、全身が砲台とも言えるこの機体は、見る者全てに威圧感を与えていた。左右に四つ、計八つの銃口を持つその腕、脚部に存在する十六の銃身、そして何より目を引くのは盛り上がった双肩である。その中には、計七十ニもの破壊が息を潜めていた。
空から舞い降りたイーグルはグルナが呼び出したトロイドと同様、大量の粉塵を巻き上げ、ズシリとした轟音を響かせる。グラマンを始め、クランジア連邦軍の人間全てがその鋼色の姿にか見入っていた。もっとも、それは魅入られた訳では無い。
「馬鹿な……本当に鉄血がいるとでもいうのか!」
グラマンは愕然とし、後ろにいる軍勢も混乱を極めていた。口々に憶測が飛び交い、それがより一層惑いと幻を産む。先程の統率は見る影すらなかった。
(第一段階は成功か…しかし成功しすぎたきらいがある。後に響かなければいいが…)
リースクロウドがそう思考する頃、再び静けさが訪れた。混乱と恐怖が臨界を越え、人々の口をつぐませたのだ。だが、
「貴様らぁぁぁ! 何を怖じけづいておる! これが鉄血のものであるという証拠がどこにある」
正に鶴の一声、優れた拡声魔術は優秀な隊長に必要なものでもある。グラマンは混乱からいち早く回復し、部下達を怒鳴り付けていた。
「それが本当に鉄血のゴーレムなら、ゴーレム部隊など一瞬の筈だ。それを今から証明してやれ!」
「いやグラマン殿、私は一声も鉄血とは言ってな―――」
「かかれぇぇぇ!」
「話聞いてねぇ!」
叫ぶアーサーを余所に、十体以上のゴーレム達が一斉にイーグルへと襲い掛かった。
『リースクロウド卿、戦闘許可を』
魔導通信機からの声はソレイユのものだ。
「かまわん、迎撃しろ!」
『了解。ソレイユ=ドルトン、敵を制圧する』
着地態勢のまま動かなかったイーグルがゆっくりと立ち上がり、両腕の銃口を敵へと向けた。
『エーテルバレット、掃射開始』
青白い光が高速で連射される。最前列にいたゴーレムがその直撃を受け、たちまち蜂の巣となり、ただの砂へと成り果てた。
「せ、性能が違いすぎます!」
「ちっ、個体でかかるな! 波状にしかけろ!」
流石に大隊の指揮を任されているのは伊達ではないのか、彼の素早い状況判断と指示によって無秩序に進んでいたゴーレム達が群れをなし、わらわらとイーグルへと迫って行く。その数五十。加えてそれを構成しているのは、破壊されてもコアとなる魔鉱石さえ無事なら容易に再生可能な、クラスコモンのゴーレムばかりである。
イーグルはエーテルバレットをばらまくように制圧射撃を続けていた。だがしばらくすると数に押され、敵との距離が詰まっていく。後退しようにも背後には騎士団が隊列しており、リースクロウドの指揮でも後退を禁じられていた。
「見ろ! いくら鉄血に近き魔導師がいれど、物量の前には無意味だ! 恐れることは無い、ゴーレム部隊はそのままコモンを量産し押し切れ!」
「オオォォ!」
それでもなおイーグルは両腕のみで抵抗を続けた。しかし破壊したゴーレムも続々と再生され、ついに距離は相手の間合いまであと一歩というところまで迫っていく。
「頃合いだな…。第二段階へ移行だ、やれ、ソレイユ」
『了解。敵の殲滅を開始する』
ついに一体が間合いまでたどり着き、手にしたこん棒を振り上げた。その時、イーグルの双肩、胸部の装甲が展開し、中から無数の銃口が姿を表す。
『クレイモア』
ソレイユのつぶやきと共に、イーグルに装備された全ての銃口が火を吹いた。前方を一瞬で死地へと堕す破壊の嵐は、間違い無く敵へと吹きすさぶ。しかし、
「全軍魔導防壁を展開せよ!」
グラマンはこれを読んでいた。ゴーレム部隊はこん棒を振り上げた最前列を隠れみのにし、全て防御体制へと、掃射の直前に入っていたのである。
いくつもの火線が通過し、破壊が引き起こされていく。全てを終えるのには十秒の時を費やした。そして、
『任務、完了』
全ての人間が我が目を疑った。戦場に立つのは、一つ目の巨人、イーグルただ一体だけ。他は全て、コアさえも砂塵へと変えられた。
「馬鹿、な……」
グラマンを始め、クランジア連邦の兵士全てが呆然と立ち尽くしていた。それは、アーサーもまた同じ。
「何故だ! 対魔導防壁を打ち破る魔力など………」
グラマンが気付かないのも無理は無かった。この世界での飛び道具は、ほぼ全てが魔力を純粋なエネルギーとして放つ魔導弾である。他には投石が関の山だろうか。それにしても、岩石を運ぶ労力を考えれば魔導弾の方が遥かに効率的だ。ましてや火薬を用いた弾薬など……科学の廃れたこの世界において知る者は少ない。
アーサーは感じていた。あそこにいるのは平和の為の力ではなく、ただ壊すだけの兵器だと。
実戦を見れば、あれが四天師のゴーレムに並ぶ力を持っているのが嫌ほど分かる。それが簡単に量産可能だということは、世界に悪意ある四天師が拡散するということだ。
確実に世界は変わる。それは人がより効率的に人を殺す術を身につけるという最悪の形で。
「馬鹿な…馬鹿な馬鹿な馬鹿なァァァ!!」
気付けば、序盤はただの前座。絶望を増長し、優位を見せ付けるための時間にすぎなかった。それを悟り、グラマンが吠える。
「………かくなるうえは、このグラマン=ゼンガ=ルンボルトが直々に相手する!」
完全に冷静さを失ったグラマンが胸のペンダントを引きちぎり、中から何かを取り出す。それは、使い捨てだが高度な魔力を内包する第六魔鉱石、ペンタクルスであった。
「母なる大地に私は願う―――我が身は寄り代―かの石は贄―形成せしは戦人形―――出よ! わが誇り、ゴーレム=ナイト!」
グラマンの詠唱に応え、ゴーレムだった物が再び結集し始める。足が、腰が、胸が、腕が、そして頭がゆっくりと形を現し始め、やがて出来上がったのは、鎧を纏った騎士であった。
最後に仕上げとして、グラマンが剣と盾を模したペンダントをゴーレムへと投げる。するとペンダントは巨大な剣と盾となり、ナイトの手にピッタリと収まった。
「我がルンボルト家に伝わる常勝の戦人形、これに勝てる者など連邦内でさえ指を数える程しかいない! いざ参る!」
その姿は正に騎士、今までの雑兵とは格が違う。コモンより素早く、精密な動きでナイトはイーグルへと一気に間合いを詰めていく。
「第三段階へ移行する。来い、シーナ=レプセント」
『りょーかい!』
突貫するナイトを上空から何かが襲った。ナイトはその一撃を盾で防ぎ、その衝撃を利用して体勢を立て直す。
「なっ…二体目だと!?」
TR-02ピクシー、流線と直線が織り成す美しいフォルム、琥珀色の輝きは日輪すら霞ませ、月光をも照らし返す。ただ闘いの為に造られた筈のその機体は人々の心を引き寄せ、それを刃で切り刻むだろう。その姿、正に人を惑わす妖精。その芸術性は四天師すらをも超える。
『このっ!』
ピクシーの蹴りがナイトを襲う。それは跳躍でかわされ、代わりに剣がピクシーへと振り抜かれた。それを上体を反らしてかわし、二体は間合いを取り直す。
『リースクロウド様!』
「なんだ、シーナ=レプセント」
『私はこのゴーレムを倒しちゃえばいいんですよね!』
「ああ、お前はとにかく全力で倒せ。性能では負けないが、実力はお前とは比べものにならない筈だ。油断するな」
『りょーかいです!』
ピクシーが両腕に格納されている実体剣を展開した。それに合わせ、ナイトが構えをより深くとる。
『TR-02ピクシー、シーナ=レプセント! 行っきまーす!』
軽やかな動きでピクシーが間合いを詰め、右腕を振り上げた。そもそもの速度が違いすぎるのか、ナイトは反応しきれず、盾を持つ左腕が肩から切り落とされる
「くっ、だが!」
すかさずナイトがその胴体を狙って突きを放った。
『エーテルソード展開っ!』
機体表面に魔法文字が展開され、その場に一片の刃を生み出す。その刃に弾かれ、ナイトの突きは腹を掠めるだけに終わった。
「なんとぉっ!」
突きから更に一歩踏み込み、その右腕がピクシーを抱きしめ一気に押し倒した。馬乗りになり、四肢の動きを封じたナイトは右腕を高々と空に掲げる。
「チェックメイトだ!」
コアのペンタクルスから魔力が、グラマンからは短い詠唱が注がれ、一瞬で必要量まで溜まる。それはピクシーへ衝撃波として放たれた。
背後の地面がえぐられる程の一撃、並のゴーレムならばそれで魔力の供給すら断ち切り、粉々にされる。
熟練された技、ピクシーは動かない。
否、動く必要が無かった。
「馬鹿な……何が」
バラバラと崩れていく体。それは、ナイトのものだった。
ナイトと運命を共にするように、グラマンは膝から崩れ落ちた。その顔からは一切の生気が失せ、口はだらしなく開いてしまっている。
『し、死ぬかと思いましたぁ……』
無線からシーナの声と、機内で鳴っているらしいアラートがリースクロウドに伝わった。
「ご苦労。各員怪我は?」
『問題ありません』
『腰が痛いです。たんこぶができました。労災効きますよね?』
「よし、負傷は無しか。よくやった、指示があるまで待機せよ」
『了解です』
『うぅ、りょーかいです』
グラマン渾身の一撃を反射した物の正体、魔道反射装甲。
一切の魔術を通さぬ最強の鎧。ゴーレムを操ることさえ出来なくなるそれを採用するなど、この世界の常識ではありえない。本来の用途は城壁ぐらいのものである。
それを採用した、世界初の有人人型巨大白兵戦用機械、その名は、
「トロイド」