黒い鳥とテレフォンボックス。
ただ辛いとか。
ただ逃げたいだけじゃなかったと思う。
だから僕は今、今はもう探しても見つかりにくい、テレフォンボックスの中にいる。
緑色の電話機がたたずまい、ピンクのチラシが僕の思考を深く混乱さしていく。
だめだ黒い鳥が頭の奥で鳴いている。
十円を二枚投入口に流し入れ、市街局番以外をデタラメに、ボタンを押していく。
呼び出し音が鳴る。まるで回る扇風機のように無機質に。
「はいもしもし」
女の人の声だ。たった二言なのに、なぜかとても鋭角的に頭に響く。
「突然ですいません。僕の話を少し聞いてくれませんか?」
ここでいつもなら電話は切られてしまう。
だが、
「別にいいですよ。
そのかわり名前は教えてください。仮名でもいいので」
何時もと違う反応で、少し戸惑いながら考える。
「僕の名前は、“アナタ”そう呼んで。」
「不思議な名前ね。
君の名前はアナタ。
あなたの名前もアナタ。素敵だわ。
それで私に聞いて欲しい事ってなに?」
僕は彼女に的確に簡潔に伝えようと、思考をまとめる。
「僕が君に聞いて欲しいのは、黒い鳥についてなんだ。
そいつはとても小さいんだけど、確実に急所を攻めてくる。
そいつが羽ばたくと、そいつの体の、数十倍もの黒い羽根がそこら中に散らかっていく。
そんな鳥が僕の頭に住んでるんだ。」
僕はまた一段と頭が黒い羽でいっぱいになるのを感じる。
彼女は、
「私もしかしたら、その鳥を追い払う方法を知っているかもしれない。
私も同じようなものが住んでたの、私の場合はそいつは黒い蝶だったけど。
追い払う方法は
簡単よ、ゆっくり目を閉じて、ゆっくり息をはいて、ゆっくり世界を見るの。
簡単でしょ?
この電話をき‥−」
切れた。
僕は、受話器を置いて、言われたとうり、ゆっくり目を閉じて、ゆっくり息をはいて、ゆっくり世界を見た。
頭がゆっくりクリアになっていく。
でも、黒い鳥は頭の中からいなくならなかった。
鍵を開けるコツはまだつかめない。
僕はテレフォンボックスから出て、朝日に染まった空を見上げた。
涙が出た。
多分、風が眩しすぎるから。