「セイギノタメ」
初めての短編。
なかなかの出来だと勝手に思ってます。
どの辺がかというと、救いの無さレベルが。
こういう話は大好きなので、嬉々として書きました。
「セイギノタメ」、とあいつらは言う。
「ヘイワノタメ」、とあいつらは言う。
でも俺にはそれが微塵も理解できなかった。
今日も「キョウギ」が行われる。
「ペースアップだ」
地面がさらに後ろへと動いた。もっと早く足を動かさなければ、俺は死ぬ。
背後には「コウアツデンリュウ」とか言う物が流れている。それに身体が触れれば、死ぬ。
俺は動く地面をひたすら走る。周囲の景色は動かない。正面の小さい「モニター」には「シンパクスウ」と「ノコリジカン」映されている。それ以外には白い服を着たあいつらと、「モニター」が付いた小さい何かしかない。
この動く地面の名前を俺は知らない。あいつらが何と呼んでいるのか、聞いた事が無かった。
「あががっがががが!」
俺の左から叫び声が聞こえてきた。隣の奴が限界を迎えて走れなくなり、「コウアツデンリュウ」に触れたんだ。
死んだ。間違いなく。それ以外の結果を、俺はまだ見たことが無い。
「あと1200秒だ」
あいつらが言う。1200、ということはもう4800を終えた、と言う事だ。
あと少しだ。あと少しでこの「キョウギ」が終わる。あと少しで生き残る事ができる。
向こうでまた誰かが悲鳴を上げる。死んだ。また死んだ。
いつもの事だ。誰かが死んで、それでもこれは終わらない。
俺は死にたくなかった。だから苦しくても走る。皆そうだ。でも死ぬ。
あいつらは顔色一つ代えず、俺たちを見つめている。
「トウヤク」の時間だ。
俺たちは並び、「チュウシャ」を打たれる。
「これは君たちの為の薬だ。この薬で君たちは正義の味方に近づく事ができる」
俺はそんなもの、要らない。
死にたくない。生きていたい。それだけだった。
俺の番。「チュウシャ」を打たれる。
その液体は黒い色をしていた。それが俺の血に混ざって、溶けていく。
六つ目の「キョウギ」だ。
「キョウギジョウ」の中に俺はいた。白い壁で辺りは囲まれていて、天井には一つだけ明かりがある。
壁のいたる所には「ホウダイ」があった。そこから「ペイントダン」が飛んでくる。
避ける。避ける。避ける。
十つ以上当たれば「ゲームオーバー」。そいつは「キョウギ」を止めさせられ、殺される。
俺の身体にはすでに五つの「ペイントダン」が当たっていた。あと五つで「ゲームオーバー」。「ノコリジカン」はわからない。いつ終わるのか、知らされていない。
それは今すぐにかも知れないし、ずっとこのままかもしれない。
俺は「ペイントダン」を避ける。俺を目掛けて飛んでくるそれをひたすらに避ける。
三方向から同時に「ペイントダン」がやってきた。避ける。が、一つ、当たってしまった。
これで「ゲームオーバー」まであと四つ。あと四つで俺は死ぬ。
俺は避ける。それ以外のことはどうでもいい。
地面に身体を打って痛めても、生きてさえいればよかった。
血が身体のいたるところから流れ出る。昨日、一昨日、それよりもずっと前につけた傷が開く。
それでも死ぬよりマシだ。
七つ目の「ペイントダン」が腕に当たった。八つ目は腰に当たる。
もう「ゲームオーバー」まであと二つ。
早く終われ、と願いながら俺は避ける。
九つ目の「キョウギ」が終わった。
あと「キョウギ」は一つ。それで今日が終わる。それで今日は生きていられる。
「E00564、行け」
背中をあいつらが突き飛ばした。身体が倒れる。怒りがこみ上げてきた。
だが抵抗はしない。抵抗なんてできない。
抵抗した奴らが「チョウバツ」を喰らう姿を、何度も見てきた。そいつらは例外なく死んだ。どんなに暴れても逆らっても、最後は必ず死んだ。
だから、生き残っている奴はここでは誰も逆らわない。知っているからだ。逆らったら死ぬ事を。
「シンイリ」はそんな事を知りはしない。だから逆らう。そして死ぬ。それを見た他の「シンイリ」は知る事になる。逆らえば終わる事を。
俺は立ち上がり、歩いた。最後の「キョウギ」だ。これを終えれば今日が終わる。明日まで生きることができる。
最後の「キョウギ」は「エンシュウ」だ。
俺達は「ブキ」を持たされる。それで「ヘンイシュ」呼ばれる相手を倒す。場所は六つ目の時と似た「エンシュウジョウ」という場所だ。
「ブキ」は「テツパイプ」だったり「ケンジュウ」だったり、「カタナ」だったりする。
今日の俺の相手は小さい奴だ。「ブキ」は「ホウチョウ」という名前のもの。
俺は知っている。目の前のこいつは「イヌ」だ。あいつらがそう言っているのを聞いた。「ヘンイシュ」ってやつじゃない。
あいつらは言っていた。これは「モギセン」だと。「ヘンイシュ」を「ソウテイ」して、動物を倒すんだと。
この「イヌ」も俺たちと同じだ。あいつらに逆らえない。
だから、あいつらの言いなりになるしかない。
「イヌ」が襲ってきた。俺の腕に噛み付く。皮膚を破り、肉を抉る。
俺は「イヌ」を腕ごと地面に叩き付けた。悲鳴を上げて「イヌ」が俺の腕から離れていく。
少しの間、「イヌ」は動かなかった。
俺は「ホウチョウ」を「イヌ」の頭に突き刺した。ここをやれば、相手は死ぬ。
血が流れ出る。赤い。綺麗だ、と思う。
俺の血はそうは思わない。その辺のヤツが流す血でもそう思えない。殺した相手の血だけは、とても綺麗だと思える。
「ブザー」が聞こえてきた。扉が開く。
全ての「キョウギ」が終わった。
今日も生き残った。死なずに済んだ。
「キュウショク」だ。
俺たちは「ショクドウ」に集められて、「キュウショク」を配られる。
朝は「ショクドウ」に昨日はいたのに、姿が見えないヤツがいた。多分、五人くらい。
「キョウギ」に耐えられずに死んだか、「チョウバツ」で殺されたんだ。
いつもの事だ。そして、明日には「シンイリ」がやってくる。
そして、また死んでいく。
全て食べなければ「チョウバツ」。殺される。
食べ残しを他のヤツに渡したのがバレれば、その周囲にいるやつ全員が「チョウバツ」。
「正義の為には身体もつくらなければならない。そのために、給食は全て食べるんだ」
あいつらは言う。
今日の「キュウショク」は苦手な物ばかりだった。
それでも「チョウバツ」は嫌だ。
俺は水で「キュウショク」を流し込み、なんとか残さずに食べた。
俺は昔の事を思い出す。
昔はこんな「シセツ」なんてとろこに暮らしていなかった。
多分、俺は「ヘイワ」という場所で位していたんだろう。
こんな、死ぬ事に怯える生活じゃなかった。
「シセツ」に初めてきたときのことを覚えている。
俺はあいつらに連れてこられたんだ。
「君、お父さんたちと逸れたのかい?」
道端で俺はあいつにそう言われた。
俺は小さかった。「ホイクエン」という場所に行っていた時の事だ。
親とはぐれて、泣いていた。そのときに、あいつらが声をかけてきたんだ。
「お父さんたちの所へ連れて行ってあげよう」
俺は泣き止んで、喜んで付いていった。
車に乗って、気がついたら眠っていた。
さらわれたんだ。
そして、それからずっと「シセツ」で「キョウギ」を続けている。
俺は自分の「ヘヤ」に入った。
「フトン」と「テレビ」と「デンキュウ」がある。
それ以外は何もない。
「テレビ」はずっと「エイゾウ」を流している。
今日の「エイゾウ」は「ヘンイシュ」と「セイギノミカタ」の闘いだった。
赤い色をしたでかい「ヘンイシュ」の手を、「セイギノミカタ」が蹴り飛ばした。
「ヘンイシュ」はろよめく。その手から、何かが離された。
人間だった。俺と同じくらいの大きさの、男の人間。
うらやましい、と思った。
「シセツ」の外にいるそいつが、うらやましくてたまらなかった。
俺もそこに行きたい。ここから飛び出したい。帰りたい。死にたくない。生きていたい。
「シケン」を突破すれば、ここから出れるらしい。
ある程度「キョウギ」で「コウセイセキ」を出したヤツだけが受けれるらしい。
「シケン」を乗り越えれば、「セイギノミカタ」となって、「シセツ」から出れるらしい。
あいつらが言っていた。本当かどうかは知らない。
いなくなったやつが死んだのか生きているのかなんて、俺は知らない。
「テレビ」が消えた。
同時に部屋が真っ暗になる。
俺は「フトン」に潜った。
声が聞こえてくる。
毎日、夜になると流れてくる。
それは小さな音だ。けれど、真っ暗で静かな「ヘヤ」ではそれは嫌でも耳に入ってくる。
「正義の為に、人類の平和の為に、変異種を倒さなければならない」
「君たちはそのために競技を行い、自らの技術を高めなければならない」
「競技は全力でやらねば意味が無い。心から平和を望むならばできるはずだ」
「競技ができないということは、平和を望まない、人類の敵ということだ。残念だが、人類の敵は殺さねばならない」
「君たちは正義と人類の平和を守る為に存在している。変異種という、最悪の敵を殲滅するために生きている」
「私たちは君たちが正義の味方となることを信じている。変異種という悪を倒す者になることを信じている」
眠りたかった。あいつらの声をききたくなかった。
でも眠れない。声が俺の頭に入り込んでくる。
今日は生き残った。
明日も生き残れるのだろうか。
いつか、俺はここから出れるのだろうか。
でも、あいつらの言う「セイギノミカタ」にはなりたくなかった。
「セイギ」っていうのは、正しい事のはずだ。
でも俺は、あいつらが正しいとは全く思えない。
今日も人が死んだ。
明日も人が死ぬ。
いつか、俺も死ぬのかもしれない。
そうでなければ、「セイギノミカタ」になるしかない。
最悪の二択だ。
そして明日も、これを繰り返すんだ。
生きる為に。死なない為に。
正義の味方になる為じゃない。
絶対に、俺は生き残ってやる。
いきなり、胸が痛んだ。
痛い痛い痛い痛い痛い痛いイタイイタイイタイイタイ……
こうなったやつを、俺は知っている。
あいつらは言っていた。「セイギノミカタ」になれなかったんだ、って。
そして、そいつらは全員死んだ。
嫌だ死にたくない生きていたい助けて誰か誰か誰か誰か誰か。
脳裏に、さっきみた映像が思い浮かぶ。
あの「シセツ」の外で生きているあいつは、こんな目には合わないんだろう。
俺は暗い闇に身体を引き込まれる。
どろどろとした真っ黒な場所に落ちていく。
怖かった。けれど、とても、気持ちがよかった。
暗く、深いどこかへ、俺の身体が沈んでいく。
「やあ、そっちはどうだい?こっちは今の所、順調だ。陣内博士も見つかったし、英雄も見つかった。全てはシナリオ通り」
「問題はありません」
「そうかい。ならいいんだが。面倒だよね。ヴァリアント・システムを扱わせるには、少しずつ覚醒因子の耐性を付けさせるしかない。ある程度訓練もさなければいけない」
「ですが、正義の為に、人類の為に必要な事です」
「わかってるさ。で、今日の死者は何体なんだい?」
「六体です。訓練で五体、耐性因子に適合できず、一体」
「後でデータ、送っておいてくれよ」
「了解しました。一ノ宮博士」
暗闇の中で、男がノートパソコンの画面を見ていた。
そして呟く。
「ふうん。E00564、なかなかの数値だったんじゃないか。これは惜しい事をしたな。まあ、適合できないなら用なしだけどね」
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