勇者に任命されたけど、契約内容がドブラックだったので退職代行に電話しました
『王都契約解除代行所でございます。ご本人様からのご相談でしょうか』
水晶盤の向こうから、落ち着いた女性の声がした。
机の上には聖剣がある。
その横に、金の縁取りがされた誓約書。
控室の扉の向こうでは、まだ民衆が「勇者様!」と叫んでいた。
「本人です」
『お名前をお願いします』
「田辺修一です」
『田辺修一様ですね。現在の契約、誓約、任命の種類をお聞かせください』
「勇者任命です」
水晶盤の光が、少し強くなる。
『神殿案件として受け付けます。誓約書はお手元にございますか』
「あります」
『ご希望は、退任、辞退、条件変更のいずれでしょうか』
「まず、退任でお願いします」
『退任希望日はいつでしょうか』
「今すぐです」
『理由をお聞かせください』
扉の外で歓声が上がった。
まだ誰かが、俺の名前も知らないまま勇者様と呼んでいる。
喉が、少し乾いた。
「死にたくないです」
『退任理由としてお預かりします』
その声は、驚きも笑いもしなかった。
ただの事務の声だった。
だから、余計に胸の奥が冷えた。
◇
数刻前。
俺は会社帰りに、駅前の横断歩道で信号を待っていた。
次に目を開けたとき、石造りの広間に立っていた。
床には魔法陣。
正面には王と聖女と、涙ぐんだ神官長。
手には、コンビニの袋。
中のおにぎりが少し潰れていた。
「ようこそ、異界の勇者様」
俺は袋を握ったまま聞いた。
「帰れますか」
「魔王討伐を果たした暁には、帰還の道も開かれましょう」
「今すぐは」
「民が待っております」
詳しい話は、式のあとに。
そう言われたときには、もう白い外套を肩にかけられていた。
広間の扉が開く。
外から、歓声がなだれ込んでくる。
勇者様。
勇者様。
勇者様。
俺の名前を知っている人間は、一人もいなかった。
◇
俺は、勇者任命式の最中に、自分が死んだあとどう片づけられるのかを知った。
王は泣いていた。
聖女は祈っていた。
神官たちは鐘を鳴らしていた。
広場を埋めた民衆は、俺の名前も知らないまま「勇者様」と叫んでいた。
俺は聖剣を掲げながら、左手に持たされた羊皮紙へ視線だけを落とす。
金の縁取り。
白い封蝋。
神鳥の透かし。
文字は、祝福そのものみたいに美しい。
神官長は、俺がその紙を読んでいることに気づくと、満足そうにうなずいた。
────────────────
勇者任命誓約書
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本書は、神に選ばれし勇者の尊き旅路を祝福し、
その使命が王国と民の安寧のため、
清らかに果たされることを願い、ここに定める。
第一条 使命
勇者は、魔王および魔王軍の討伐、
ならびに神殿が必要と認める救済活動を担う。
第二条 使命の満了
勇者の使命は、魔王討伐の達成をもって満了とする。
ただし、死亡、失踪、石化、呪詛化、精神喪失、魔物化の場合も同様とする。
第三条 帰還への配慮
勇者が魔王討伐を果たした場合、
神殿は召喚元への帰還について神意を仰ぎ、
必要な儀式の実施を誠実に検討する。
第四条 栄誉
勇者には、王国民の感謝、神殿の祝福、
永き名誉、および殉職時の記念碑記名の栄誉を授ける。
第五条 旅支度
神殿は、勇者に聖剣一振りを貸与する。
その他の備えは、勇者の良識と才覚に委ねる。
第六条 療養
勇者が負傷、疾病、呪い、毒その他の損耗を受けた場合、
神殿はその快復を深く祈念する。
なお、治療に要する費用は勇者本人の負担とする。
第七条 召喚元への配慮
勇者が旅の途上にて死亡、失踪、または帰還不能となった場合、
神殿は召喚元の縁者に対し、深い弔意が届くよう祈念する。
通知、遺品送還、補償その他の対応は、
神意と予算に照らして誠実に検討する。
第八条 退任
勇者は、その使命の尊き性質に鑑み、
本人の都合による辞退または退任を行うことはできない。
第九条 守秘
勇者は、本誓約書の内容を、
みだりに第三者へ開示してはならない。
────────────────
俺は、最後の行まで読んだ。
拍手はまだ鳴っている。
王は感動している。
聖女は祈っている。
神官長は、俺の隣でうなずいている。
俺は笑顔のまま、頭の中で契約内容を並べ直した。
魔王を倒すまで終わらない。
死ぬか、消えるか、石になるか、呪われるか、心が壊れるか、魔物になったら終了。
帰還儀式は検討。
給料は名誉。
支給品は剣一本。
飯、薬、宿、防具、移動手段は自分で何とかしろ。
ケガをしたら祈る。
治療費は自腹。
死んだら弔意が届くよう祈る。
家族への通知、遺品の送還、補償はそのうち考える。
辞められない。
しかも、人に見せるな。
いやいやいやいや。
どこから見ても求人票ではない。
逃げ道を全部ふさいだ死亡予約票だ。
ドブラックじゃねーか!!
もちろん、口には出していない。
口に出したら、この場で終わる。
王は固まる。
聖女は泣く。
神官長は俺を「魔王の呪いを受けた勇者」として処理するかもしれない。
俺はこの世界の法律も知らない。
金の単位も知らない。
衛兵がどの程度話を聞いてくれるのかも知らない。
それに、帰る道が本当に魔王討伐の先にしかないなら、完全に投げるわけにもいかない。
俺は、この世界の勇者になりたいわけじゃない。
帰りたいだけだ。
ただし、剣一本で死にに行く気はない。
羊皮紙の端を持つ指に、少し力が入った。
神官長が、俺の横でそっと身を寄せる。
「勇者様。さあ、民に誓いを」
広場が静まった。
王も、聖女も、神官たちも、民衆も、俺の言葉を待っている。
俺は、式典用の笑顔を崩さなかった。
「全力を尽くします」
嘘ではない。
全力を尽くす。
この式を、何事もなく終わらせるために。
拍手が爆発した。
王はまた泣いた。
聖女は深く頭を下げた。
神官長は満足そうにうなずいた。
俺は民衆に向かって、ゆっくり手を振った。
右手には聖剣。
左手には死亡予約票。
顔には祝福された勇者の笑顔。
表情筋がつりそうだった。
◇
控室の扉が閉まった。
歓声が、分厚い木の向こうへ遠ざかる。
廊下では神官たちが忙しそうに歩き回っていたが、この部屋の中だけは静かだった。
俺は聖剣を壁に立てかけた。
重い。
すごく重い。
勇者の責任とかではなく、普通に金属の塊として重い。
机の上に、勇者任命誓約書を置く。
金の縁取り。
白い封蝋。
神鳥の透かし。
字だけは、本当にありがたい。
「よし。辞めよう」
声に出したら、胸の奥につかえていたものが少し下がった。
正確には、全部投げ出したいわけではない。
帰れる可能性がそこにしかないなら、魔王のところへ行くしかない。
でも、この紙に名前を書いたまま出発したら、俺はたぶん帰れない。
順番がおかしい。
そのとき、誓約書の下から、小さな紙片がはみ出しているのに気づいた。
神殿の紋章もない。
金の縁取りもない。
安い紙に、やけに現実的な文字が並んでいる。
────────────────
誓約・奉公・冒険者契約でお困りの方へ
ご本人に代わり、
離任・辞退・契約解除の意思をお伝えします。
王都契約解除代行所
初回相談無料
魔導通信番号 七三一番
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俺は二度見した。
あるのかよ。
異世界にも退職代行。
いや、正確には退職ではない。
離任とか辞退とか契約解除とか、そういう名前なのだろう。
でも、俺の知っている言葉で言えば、これは退職代行だった。
誰が置いたのかは分からない。
過去の勇者かもしれない。
神官の誰かかもしれない。
あるいは、この部屋に入った者のだいたいが同じことを考えるのかもしれない。
今の俺には、神の祝福よりありがたい。
机の横には、丸い水晶盤が置かれている。
神官を呼ぶための内線かと思ったが、数字を刻んだ銀の輪がついていた。
俺は紙片に書かれた番号を押す。
七。
三。
一。
水晶の奥で、淡い光が揺れた。
そして、最初の声が聞こえた。
『王都契約解除代行所でございます。ご本人様からのご相談でしょうか』
◇
『それでは内容確認に入ります。報酬欄を読み上げてください』
「王国民の感謝、神殿の祝福、永き名誉、記念碑記名の栄誉です」
『帰還に関する記載は』
「帰還について神意を仰ぎ、必要な儀式の実施を誠実に検討する、とあります」
『実施を約束する文言は』
「ありません」
『支給品は』
「聖剣一振りです」
『治療に関する記載は』
「快復を祈念する。費用は勇者本人の負担です」
『死亡、失踪、帰還不能時の記載は』
「召喚元に弔意が届くよう祈念する。通知、遺品送還、補償は、神意と予算に照らして誠実に検討する」
『退任に関する記載は』
「本人の都合による辞退または退任を行うことはできない」
『守秘条項は』
「あります」
読み上げている途中で、口の中が乾いた。
自分の声で聞くと、紙で読んだときよりひどい。
『確認しました。美称過多、本人負担型の神殿案件です』
「それ、分類名ですか」
『内部処理上の分類です』
水晶盤の向こうで、紙をめくるような音がした。
『相手方は神殿、責任者は神官長でよろしいですか』
「はい」
『責任者への通知内容は、退任希望でお間違いありませんか』
俺は誓約書を見た。
金の縁取り。
白い封蝋。
神鳥の透かし。
きれいな紙だ。
きれいすぎて、腹が立つ。
「退任希望でお願いします」
『貸与品はございますか』
「聖剣があります」
『返却可能ですか』
俺は壁に立てかけた聖剣を見た。
普通に重い。
そして、返した瞬間に何をされるか分からない。
「今は持ったままで」
『では、貸与品は現状保持。返却時期は未定で記録します』
事務の声だった。
勇者の聖剣が、急に会社のパソコンみたいになった。
『相手方へ伝えたいことはございますか』
「本人への直接連絡は控えてください」
『記録しました。直接交渉の停止を求めます』
その瞬間、控室の扉が叩かれた。
「勇者様。お支度はお済みでしょうか」
俺は水晶盤を見た。
『責任者様と思われます。水晶盤は切らずに、こちらの声が届く位置へ置いてください』
「分かりました」
俺は水晶盤を机の中央に置いた。
誓約書の横。
聖剣の近く。
扉を開ける。
白い法衣の神官長が、にこやかな顔で立っていた。
後ろには聖女もいる。
今は少し心配そうに俺を見ている。
「勇者様。出立の儀に移ります。民が門前でお待ちです」
「その前に、担当者からお話があります」
「今は出立の儀の直前です。用件は後にしてください」
「退職代行の方です」
神官長の笑顔が止まった。
「水晶盤を切ってください。今すぐに」
「もうつながっています」
水晶盤から、ラティアの声が流れる。
『突然のご連絡失礼いたします。王都契約解除代行所のラティアと申します。このたび、田辺修一様より、勇者任命に関する退任意思をお預かりしております』
「そのような手続きは存在しません!」
『存在しております』
「神殿は認めておりません!」
『認めていない案件ほど、当所へ持ち込まれます』
神官長の口元がひくついた。
「勇者様。これは何かの誤解ですね」
「誤解なら、条件確認で解けます」
「今は世界の命運がかかった出立の儀です!」
「俺の命運もかかっています」
聖女が小さく口を開けた。
すぐ閉じた。
神官長は一度深呼吸し、水晶盤に向かって言った。
「勇者とは職業ではありません。神に選ばれし使命です!」
『職業ではない旨、記録しました』
「記録しないでください!」
「では、退職ではなく辞退でお願いします」
「辞退も認められません!」
「同意欄を見せてください」
「神の御心が」
「同意欄を」
「神の」
「同意欄を」
神官長の口が止まった。
俺は誓約書の第八条を指で押さえていた。
退任できない。
辞退できない。
説明はない。
紙の端が、少し折れた。
ラティアの声が、淡々と入る。
『本人の同意なく開始し、本人の意思による辞退を認めない。神官長様のご説明は、その内容で記録されます』
「記録しないでください!」
『では、修正されますか』
「そういう話ではありません!」
『召喚直後に、帰還方法、任務内容、危険性、費用負担について説明されましたか』
神官長は俺を見た。
俺は式典用の笑顔を返した。
「帰還の道も開かれましょう、とは聞きました」
「勇者様……!」
「詳しい話は式のあとに、とも聞きました」
「民が待っておりましたので」
「誓約書は式の最中に渡されました」
「その場でおっしゃってください!」
「式を壊さなかっただけ感謝してほしいです」
「感謝!?」
聖女が、両手で口元を押さえた。
神官長のこめかみに血管が浮く。
「神殿は勇者様を縛るためにあるのではありません。導くためにあるのです!」
「では、条件確認が終わるまで出発しません」
「魔王軍も動いております!」
「なら余計に条件確認が必要です」
「勇者様!」
「職業じゃないんですよね」
俺は、神官長の目を見た。
「職業じゃないなら、命令もできませんよね」
控室が静かになった。
外の鐘の音だけが、やけに遠くから聞こえる。
神官長は口を開けた。
閉じた。
もう一度開けた。
何も出なかった。
「命令ではありません」
神官長は、ようやく言った。
「お願いです。世界のために、どうか旅立ってください」
「お願いなら、条件を出します」
「今ここで交渉を始めるおつもりですか」
「ここで始めないと、剣一本で魔王領に出されますから」
神官長の指が、法衣の袖を握った。
「必要なのは、装備、治療費、帰還儀式、召喚元への通知と遺品送還です」
「お待ちください! それほどの負担は!」
「剣一本で魔王領に行かせるより安いと思います」
神官長は聖女を見た。
助けを求める目だった。
聖女は、少し考えた。
「神官長。勇者様のおっしゃる通りではありませんか」
神官長の羽ペンを持つ指が、ぴくりと動いた。
「帰還についても、誠実に検討する、では少し……」
「少し?」
「かなり曖昧です」
神官長は助けを求める目を、そっと水晶盤から外した。
ラティアが続ける。
『退任を避けたいのであれば、退任理由を取り除く必要がございます』
「なぜ契約解除代行所が、勇者の出立条件を整えているのですか!?」
『契約解除代行所だからです』
「答えになっておりません!」
『なっております』
神官長は額の汗を袖で拭いた。
「羊皮紙を」
「はい!」
控室の隅にいた若い神官が、慌てて新しい羊皮紙を持ってきた。
顔が青い。
神官長が羽ペンを取る。
「では、勇者任命誓約書を一部改め」
「書類名も変えてください」
羽ペンが、羊皮紙の上で止まった。
「誓約だと、俺だけが縛られる感じがします」
「では、何と」
「勇者業務条件書で」
「神聖さが失われます!」
「神聖さで靴は買えません」
「……勇者業務条件書で」
ラティアが淡々と読み上げる。
『まず装備一式の支給を』
「聖剣はすでに授けました」
『旅は剣では歩けません』
「……」
『防具、靴、外套、地図、薬品、毒消し、保存食です』
「靴まで入るのですか」
『徒歩で魔王領へ向かうのであれば』
「……靴を支給」
神官長が書く。
『食費、宿泊費、移動費、治療費は神殿負担』
「治療費は祈祷で」
『費用負担の欄です』
「……神殿負担」
聖女の肩が、小さく揺れた。
『魔王討伐後の帰還儀式について』
「神意を仰ぎ」
『検討ではありません。実施です』
「……帰還儀式を実施する」
『帰還儀式の費用負担は』
「勇者様の功績に鑑み」
『神殿負担です』
「……神殿負担」
『死亡、行方不明、帰還不能時の召喚元への通知、遺品送還』
「弔意を祈念」
『祈念ではありません。通知と送還です』
「……通知、遺品送還」
神官長は、祈念、と書きかけた文字をぐしゃぐしゃに塗りつぶした。
『最後に、本条件書は出立前に民衆の前で読み上げてください』
「なぜですか」
『後日、神殿側の記録から消えることを防ぐためです』
「消しません!」
『神殿案件ですので』
「その言い方をやめなさい!」
新しい羊皮紙には、さっきよりずっと現実的な文字が並んでいく。
────────────────
勇者業務条件書
────────────────
一、神殿は勇者に対し、聖剣、防具、靴、外套、地図、薬品、毒消し、保存食を支給する。
一、勇者の食費、宿泊費、移動費、治療費は神殿が負担する。
一、勇者は七日に一度、休息日を取る。ただし真に緊急の事態を除く。
一、神殿は、魔王討伐後、勇者の召喚元への帰還儀式を実施する。
一、帰還儀式に必要な費用は、神殿が負担する。
一、勇者が死亡、行方不明、帰還不能となった場合、神殿は召喚元の縁者への通知、遺品送還、ならびに補償を行う。
一、勇者は三ヶ月ごとに活動継続の意思を確認される。
一、勇者は活動継続が困難な場合、神殿または第三者機関へ相談できる。
一、本条件書は、出立前に民衆の前で読み上げる。
────────────────
俺は最後まで読んだ。
少なくとも、靴は出る。
帰る話も、検討ではなくなった。
「これなら、いったん行きます」
「行くのですか!?」
神官長が目を丸くした。
「辞めるのでは、なかったのですか!?」
「辞めたかったんじゃないです。死にたくなかっただけです」
神官長は、何も言えなかった。
聖女が小さく頭を下げる。
「ご無事で、勇者様」
「そのための条件確認です」
ラティアの声が水晶盤から聞こえた。
『田辺様。退任手続きは一度保留でよろしいでしょうか』
「お願いします」
『再相談はいつでも可能です』
「助かります」
『神官長様』
神官長の肩が、びくっと跳ねた。
『今回の神殿案件特別対応費については、後ほど請求書をお送りします』
「なぜ私に!?」
『責任者様ですので』
「なぜ私に!?」
神官長が二回言った。
水晶盤の光が静かに消えた。
◇
神殿の門前には、まだ民衆が集まっていた。
俺が出てくると、大きな歓声が上がる。
神官長は青い顔のまま、羊皮紙を両手で持っている。
聖女が小さくうなずいた。
水晶盤は、まだ若い神官が抱えている。
『読み上げをお願いします』
ラティアの声がした。
神官長は深く息を吸った。
「勇者田辺修一様には、神殿より聖剣、防具、靴、外套、地図、薬品、毒消し、保存食を支給する!」
民衆がざわついた。
「食費、宿泊費、移動費、治療費は神殿が負担する!」
薬師の老婆が、うなずいた。
「勇者様は七日に一度、休息日を取る。ただし真に緊急の事態を除く!」
宿屋の主人らしき男が、隣の男と顔を見合わせた。
「魔王討伐後、神殿は勇者様の召喚元への帰還儀式を実施する! 帰還儀式に必要な費用は、神殿が負担する!」
聖女が胸に手を当てた。
「死亡、行方不明、帰還不能となった場合、神殿は召喚元の縁者への通知、遺品送還、ならびに補償を行う!」
神官長の声は、最後だけ少し震えていた。
鍛冶屋の親方が、ぼそっと言った。
「靴も出るのか」
俺は新しい靴のつま先を見た。
少し硬い。
でも、裸足ではない。
聖剣は重い。
魔王は遠い。
帰れる保証も、まだ紙の上にしかない。
それでも、さっきの誓約書よりはましだった。
俺は羊皮紙を折り、懐に入れた。
「これなら、行きます」
その瞬間、背後で神官長が小さく悲鳴を上げた。
振り返ると、若い神官が一枚の紙を持って走ってきている。
「神官長様! 王都契約解除代行所から請求書です!」
神官長の顔色が、さらに青くなった。
「いくらです……?」
「神殿案件特別対応費、緊急介入費、誓約書確認費、条件書作成補助費、民衆開示助言費、帰還条項明文化補助費……」
「多い! 項目が多い!」
若い神官が、紙の下まで目を走らせた。
「それと、神官長様の『検討ではありません』三回説明料です!」
「そんな項目があるのですか!?」
水晶盤の光が、若い神官の腕の中でまた淡く光った。
『神殿案件では、よくございます』
神官長が振り返った。
「切れていない!?」
『請求説明が完了するまでは切れません』
「悪魔の契約では!?」
『契約解除代行所です』
神官長は請求書を握りしめた。
「検討ではありません三回説明料とは何ですか!?」
『四回目です』
「数えないでください!!」




