それから。
その後の柚木家の日常は平和なものだった。
平太からは定期的に絵葉書が送られてくる。
『すげー楽しいです。友達たくさん出来たよ』と書かれていた時には、家族で食料や手紙を箱一杯に詰めて寮へ送り出した。
ミナはアユたちの近くで学生生活を送り、田舎と都会の様々な違いに辟易としながらも頑張っている。
時折失恋しては夜中に電話で尚を叩き起こしてくるが、数日経つとけろりとするのが救いだ。
「ミナと平太はぴったりだと思うけどね。まあ、どっちにしろ、そのうちなるようになるだろ。まあ十年後くらいかねえ」
ミナの電話に付き合って寝不足の尚の隣で、祖母は訳知り顔で葡萄の剪定をする。
振り返ると両親も深くうなずいていて、まあそれもアリなのかと尚自身思った。
そして季節が巡り、今に至る。
「ほら、新しい甥っ子だよ」
アユがまたもや赤ん坊を抱えて里帰りし、家の中は騒然となったが、やがていつもの事と落ち着いて、それぞれの仕事に戻った。
二人の甥と一人の姪は毎日子犬のようにころころ駆け回り、よく食べて寝て、順調に育っていく。野良仕事も楽しんで、笑いが絶えない。
アユの贈り物は確かにこの家を豊かにしてくれた。
もちろん健やミナも、そして平太もいて、尚は心穏やかにこの地を耕し収穫することができる。
「あ、あい、らぶ、ゆー」
父が庭で咲かせた花を切って小さな花束にして、そっと母に差し出す。
犬と孫たちがはしゃいで周囲を走り回る中、恥ずかしそうに、そしてとても嬉しそうに頬を染め母はおずおずと受け取った。
「まったく、お前たちときたらいつまでも」
畑から収穫した野菜を抱えた祖母が、ぶっきらぼうな口調で冷やかしながら通り過ぎる。
「あのねえ、おばあちゃん。今度の日曜日に健ちゃんがカレシ連れて来るって」
スマホを眺めていたアユがやおら声をかけてくると、祖母は野菜を洗う手を止めた。
「カレシ?」
「うん、彼氏」
ふん、と鼻息をひとつついて、祖母はまた作業を続行した。
「そいつの食べられないもんは事前に知らせろって、健に言っといておくれ」
「うん。わかったよ、おばあちゃん」
スマホをしばらく操作した後、アユは庭に降りて祖母の手伝いを始める。
縁側では赤ん坊が柔らかな毛布にくるまり、長い睫毛を伏せてうとうとと眠っていると、猫のミーコがごろんと傍らに寝そべって子守を買って出た。
夕日が西の空を染めはじめ、澄んだ空気がさあっと庭を駆けていく。
秋明菊がふわりふわりと丸くて白い花弁のようながく片を弾ませ、そばに植えられた水引やホトトギスも一緒に揺れる。
「ナオちゃーん」
いきなり杏が足に飛びついた。
「ねえねえ、ナオちゃんわらってる。どうしたの。たのしいの?」
下から覗き込まれて初めて、そんな気がしてきた。
「ああ……」
まるで木のように尚の身体をよじ登ってくる杏を、よいしょと持ち上げ肩車をした。
「そうかもな」
視線が高くなり、杏は頭上で歓声を上げた。
「わあ、ナオちゃん。おひさま、さよならだ」
西の空に沈もうとしている太陽へ「ばいばーい」と杏は陽気に別れを告げ、その力強い声が谷間をぐんぐんと降りていく。
「ナオちゃん、たのしいね!」
「うん」
はしゃぐ杏の身体を両手でしっかり支えながら、尚は棚田を見下ろした。
青と緑の夏から暖色の秋となり、草花や木々が次々と様を変えていく。その上を茜色の光がゆっくりと優しく撫でている。
なんて綺麗な光景だろう。
家族で時間をかけて懸命に作った世界。
小さいながらもまるで一つの国のようだ。
どこにもない、唯一無二で。大切な。
尚のささやかな国。
胸いっぱいに息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
「そうだな」
実りの秋は深まっていく。
これからも。
尚の頬にゆっくりと笑みが浮かんだ。




