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インサイダー幕引き 〜ダメ怪盗の少女と、名探偵の街〜  作者: 日高 純
第一章 ダメ怪盗ステラ・エトワールの杜撰な計画
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第6話 寄り道と気配のスイートスポット

 昼下がりの北園寺。


 ムーンストリート商店街の入口に立った七海は、まるで水族館に来た子どもみたいに目を瞬かせていた。


「……人、多っ。昨日よりずっと多いじゃん」

「土曜だからな。ここは北園寺で一番混む場所だ」


 七海はうんうんとうなずきながら、店の看板を順番につついていく。

 人込みに圧倒されているのかと思いきや、歩き出すと妙に軽い足取りだ。


「わ、あの匂い……! なんか焼いてる」

「鰻うなぎだ。人気店」

「へぇ……北園寺にも鰻屋さんがあるんだ……」


 七海は商店街の上に吊られた三日月型ランタンを見上げた。

 オレンジ色の光を受けて揺れるランタンが珍しいのか、しばらく視線が戻ってこない。


 歩いているだけで、七海の視線がやたら忙しい。


 肉屋の揚げ物の匂いに吸い寄せられ、

 洋菓子店のショーケースでへばりつき、

 文具店では店頭のカラーペンを一本一本抜きそうになる。


「七海、遊びに来たんじゃないぞ」

「あ、ごめんごめん。……えっと、猫を探しながら歩けばいいんですよね」


 素直に頭を下げ、髪の乱れも気にせずわしゃわしゃと頭をかく七海。

 こういう過剰に取り繕わない感じは、確かに都会の子じゃない。


「こんな商店街のど真ん中に猫はいない。ここに来たのは別の目的だ」

「そうなんだ……商店街なのに」


 少し残念そうに目を伏せたその言葉で、背景が少し透けて見える。

 商店街に猫がいるような、のどかな田舎から来たのかもしれない。


「おや、如月くんじゃないか。そっちの子は、彼女さん?」

「違います。えっと、まあ……仕事の関係で」

「そっかい。いいねぇ、北園寺に若い子が来るのは」


 ぼーっと歩いているように見えたのか、店先に出ていたケーキ屋のおっちゃんに声をかけられてしまった。

 一応仕事中なんだが……この街は顔見知りが多いのが、いいやら悪いやらだ。


「あ、そうだ。新作食べていかないか? 如月くんとお連れさんなら、味見の依頼ってことで特別にタダでいいからさ」

「いやおっちゃん、悪いけど今仕事中なんだ。また今度……」

「いただきます! ありがとうございます!!」


 俺の言葉を七海がきっぱり遮り、前のめりに礼をすると、おっちゃんは満面の笑みで俺の腕を掴んだ。


「はい、2名様いらっしゃーい」


 七海は意気揚々と店内へ。

 俺はおっちゃんに半ば引きずられながらカフェスペースへ向かう羽目になった。


 ……本当に、この街の大人はいつも無遠慮で強引だ。

 気づくと口元が勝手に緩むのを、俺はそっと宙を見上げてごまかした。


 


「お待たせしました。こちら新作、ネフリエでございまーす」


 席についてしばらくすると、おっちゃんがショートケーキを二つ運んできた。


 白いスポンジの上に乗っているのは、赤いイチゴではなく、艶やかな琥珀色をしたびわ。

 薄い皮を透かして果肉の瑞々しさが浮かび上がり、ナイフを入れれば滴り落ちそうなほど柔らかい。

 生クリームは甘さ控えめで、果実の香りを邪魔しないようにふんわりと巻かれている。

 スポンジの間にも小さく刻まれたびわが散りばめられ、噛んだ瞬間に爽やかな甘酸っぱさが花開く。


 皿に置かれた瞬間から、柑橘とは違う初夏の香りがふわっと立ちのぼり、食べる前から口の中がほんのり甘くなる……そんなケーキだった。


「すごいな、これは。さすがおっちゃんだ」


 強引な性格はともかく、おっちゃんの腕は確かだ。

 食に詳しいわけじゃない俺でも、それは分かる。師匠も昔認めていたし、実際ここで出されるものは何を食べてもうまい。


 店の開店資金が怪盗に盗まれた時、師匠が捕まえて取り返した──その縁で、おっちゃんは俺にもずっと良くしてくれている。

 探偵になったばかりの頃、この店で食べたレモンケーキの衝撃は今も覚えている。

 それまでケーキなんて、高級品に縁のない人生だったから、なおさらだ。


「わぁ……っ! すごいすごい! いただきます」


 思い出に浸っている間に、七海はもうフォークを摘んで両手を合わせていた。

 こいつの辞書には、遠慮も情緒もないらしい。


「ん……おいしい」


 短い言葉なのに、声が少し上ずっていた。

 七海の瞳が、朝光を受けた海面みたいにきらきらしている。


「そうだろう? 味のわかるお嬢さんだ。これなら宝永通り(ほうえいどおり)の店にも負けないと思っているんだ」


 おっちゃんが胸を張り、得意げに鼻を鳴らす。


「宝永通り?」

「西の方の、お菓子屋の激戦区の通りだ」

「次はそっちに行きましょう。もちろん捜査のために」

「嘘をつくんじゃない」


 仕方のないやつだ……と思いながらも、完全に否定しきれない自分が少し悔しい。




 食べ終わって少し談笑し、おっちゃんに礼を言って店を出る。


 商店街に戻ると、七海は胸いっぱいに空気を吸い込んで、ふーっと息を吐いた。

 その顔が、さっき店に入る前より柔らかく見えるのは……まあ、日差しのせいだと思っておく。


 七海がまた歩き出し、俺も自然と歩幅を合わせる。

 ただそれだけなのに、喧騒が少し遠くなったような気がした。




「よう、おばちゃん。久しぶりに怪盗にやられたらしいね」


 ケーキ屋をあとにした俺達は、途中で完全な寄り道もしたが、ムーンストリート商店街の奥、外国雑貨を扱う古びた雑貨店へとやってきた。


 昨日、交番で源さんが言っていた──怪盗ステラ・エトワールの被害に遭ったという店だ。


「ああ、真守くんかい。そうなんだよ。金銭的には大した額じゃないし、半分趣味でやってる店だから気にはしてないんだけど……怪盗となるとちょっとねえ」


 店主のおばちゃんは世間話のように軽く話したが、最後だけ少し表情を曇らせた。


 この街のある程度歳のいった人は、みんなこうだ。

 三十年前の大怪盗たちが跋扈していた時代を知っているから、被害に打たれ強い反面、怪盗への恐怖や忌避感も根強い。


「盗まれたのはルーペばかり6点って源さんから聞いてるけど、合ってる?」

「ええ、そうよ。夜のうちに店に入られたみたいで……。真守くんが何か買ってくれたら傷も癒えるのだけれど」

「さっき“気にしてない”って言ってたでしょ」


 本当にたくましいというか、商魂たくましいというか。


 事務所の備品もいくつかはこの店のもので、アンティーク調でレトロな品々は好みなんだが……いかんせん、事務所存続が危ういほど金がない。


「夜のうちにってことは、おばちゃんは怪盗本人には会ってないんだね」

「幸いね。あ、そうだ。そのうち真守くんが来ると思って、これ。捨てずに持っておいたよ」


 おばちゃんはエプロンの大きなポケットからカードを取り出した。


『光のアーティファクトはいただいた。怪盗ステラ・エトワール』


 赤一色で塗りつぶされた背景に、品のない金色の大文字。

 見覚えがある。


「これ、わたしの部屋に置いていかれたカードと同じですね」


 横から七海が顔を出す。


「それで真守くん。こちらのお嬢ちゃんは? まさか……」

「依頼人だよ。ちょっと訳あって一緒に行動してるだけ」


 今日だけで何回この誤解を解くんだろうな。


「七海は適当に商品でも見とけ。今、大事な仕事の話してるんだから」

「はーい」


 意外にも素直だ……と思ったが、陳列棚を見ているようで耳はこちらに向いたままだと背中で分かる。

 まあ、聞かれて困る話でもない。


「一応だけどおばちゃん、鯉のぼりは落ちてなかった?」

「鯉のぼり? どうして?」

「……どうしてなんだろうね。ごめん、忘れて」


 バカ怪盗ばかり相手にすると、俺までバカが感染する気がする。気をつけよう。


「監視カメラとかは、ないよね?」

「あったらそのお金でリフォームするねえ」

「だよな。……あと、盗まれたルーペって本当にアーティファクトなの?」

「中古品だからひとつくらい紛れてるかもしれないけど、6個全部なんて偶然はないねえ。そんな運があったら、こんな店ボロくないよ」

「なんでいちいち俺が失言したみたいに言うんだよ。やめてくれよ」


 この街の大人は、全員どこかクセが強い。


「如月さん見て! 猫ちゃん、かわいい!」


 探してる猫のシェルナかと思って目をやると、七海が手にしていたのは猫の彫刻がされたジッポライターだった。


 よそから来たガキでも、この無遠慮さは北園寺に馴染むんだな。


「お前、ライターなんか使わないだろ。戻してこい」

「あ、これライターなんだ」


 分かってなかったのか。


「いいじゃん、買ってやりなよ真守くん。真守くんだって去年、使いもしないのにキセル買ってたじゃない」

「いつか使うんだよアレは。余計なこと言わないでくれ」


 七海がにやにやしてるじゃないか。

 探偵といえばキセルだろ。男にしか分からないロマンなんだよ。


「あーわかったわかった。買ってやるからその顔やめろ」

「はーい、毎度あり! 真守くんだから安くしとくよ」


 おばちゃんは商機を逃さず、さっと会計を始める。

 思い返せばキセルのときも同じ流れだった。まったく、食えないおばちゃんだ。


 苦笑しながら財布を開きつつ、俺の頭には別の疑問が浮かんでいた。


 七海のフライパンも、この店のルーペも、ステラ・エトワールは誰にも見られず鮮やかに盗んでいる。

 なのに──昨日の夕方はなぜわざわざ姿を見られ、街中で派手に走り回っていた?


 いったい何が違ったんだ。


「ねえ如月さん」

「ん、なんだ? もう買わんぞ」

「そうじゃなくて。楽しいところですね、北園寺って」


 七海が微笑んだ。

 今度は、悪い気はしなかった。


「まあな。名探偵・門倉秀樹かどくらひできが愛した街だから当然だ」


 どんな謎も解き明かす名探偵の街。

 だから、きっとすべてが解決する──そう思った。

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