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インサイダー幕引き 〜ダメ怪盗の少女と、名探偵の街〜  作者: 日高 純
第三章 ダメ怪盗仮面レオンの壊れた承認欲求
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第38話 ブルーハワイの乾杯と先輩探偵

 8月。

 北園寺の街を、猛暑が容赦なく襲っている今日この頃。


 ロシアンブルーのシェルナはあからさまに外出が減り、電気代の節約にと冷房を求めた七海が毎日のように入り浸っている。

 うちの事務所も余裕はないが、いつ来るかわからない顧客に期待し、冷房は入れている。


「海とか行きません?」

「なんだ唐突に。営業中だぞ」


 ソファでだらけきった七海が、天井を見上げたまま呟いた。

 ただでさえ少ない脳細胞を熱波で溶かされたのだろう。かわいそうに。


「だって夏ですよ。海いきません? 普通」

「普通はどうだか知らんが俺は行かない。それに東京の海は静岡ほど綺麗じゃないぞ」

「あー……じゃあかき氷食べに行きましょ、せめて」

「話聞いてたか? 営業中なんだ今」

「どうせお客さん来ないでしょ」


 ……こいつ。

 事実でも言っていいことと悪いことがあるだろ。


 俺は返す言葉を物理的に探すように窓まで歩き、ブラインドの隙間を覗いた。

 平和な街に穏やかじゃない太陽光がそそいでいる。


「実際、街の見回りは増やした方がいいんだよな」

「ほらー、かき氷食べたいでしょ?」

「違うわ」


 先日、怪盗アリスの使っていた鏡のアーティファクトについて、魔道具鑑識課の鑑識結果が出た。

 写した人の価値観を、1つ反転させるアーティファクトということらしい。


 ありさのネコミミやネイルへの好悪を反転させていたということになる。

 ありさの体内にある戦慄のアーティファクトが一度暴走したのは、宿主であるありさの生存に関わる価値観を判定させようとしたことへの防衛反応……と俺は考えている。


「怪盗ステラ・エトワール、怪盗アリス。本人達がダメ人間だから大ごとにならなかったが、使ってたアーティファクトは危険そのものだろ?」

「光のアーティファクト、鏡のアーティファクト、あとチェス盤のアーティファクトでしたっけ」

「ああ、頭の回るやつに使われてたら大惨事もありえた」

「そういうアーティファクトが他にないか、見回りに行くからかき氷を食べに行くってことですね」

「……もうそれでいいや」


 俺もかき氷は嫌いじゃないしな。


 街を廻って危険なアーティファクトを発見・確保できればそれが一番いいが、難しいだろう。

 それに比べれば、まだ現実的に調べられそうな疑問が一つあった。

 あれほどまでに強力なアーティファクトが、ステラ・エトワールやアリスが自力で入手できるような状態で北園寺に残されていたのか、ということだ。


 30年前、大怪盗たちの全盛期に多くのアーティファクトが盗まれ、あるいは破壊された。

 その結果、北園寺に残るアーティファクトは残りカスばかり。

 ほんの数カ月前まではそういう状況だったはず。


「裏で手を引いているやつがいるはずだよな。考えたくないが」


 怪盗ステラ・エトワールこと佐藤姉妹の家に残された痕跡。

 蛇革の柄のナイフに刺された黒い万年筆。

 師匠の終生のライバル、大怪盗モルスが使用したサインだ。


 モルスが何らかの意図をもって、自身のコレクションからアーティファクトをばらまいている……というのは考えすぎだろうか。


「あ、まーた自分の世界に入ってるでしょ。ほら、行きますよ」

「ん、ああすまん。調査に行くんだったな」

「違います。かき氷です」


 ……それは1人で行ったらいいんじゃないか?




 ムーンストリート商店街から一本外れ、古本や中古ゲームを扱うブック・オーバー北園寺店の方へと、足を運ぶ。かき氷はもっと事務所に近いところでも手に入るのだが、調査の為に街の中央部まで足を運びたかった。


 ブック・オーバー横のスペースに年中居を構えるキッチンカー。クレープ屋のキッチンカーなのだが、夏場はかき氷も販売している。


「如月さん、わたしここのブック・オーバーでバイトしてるんですけど」

「そうか。じゃあ知ってたんじゃないか? ここで買えるって」

「知ってましたよ。でも、今度こそ北園寺で一番おいしいものを教えてもらってからにしようと思ったんです」


 今度こそ? ……ああ、焼き鳥の志摩屋のことまだ恨んでるのか。


「お前もたいがいしつこいヤツだな」

「食べ物の恨みはこわいんですよ?」

「はいはい。あ、奢らないからな」

「如月さんがケチなのは知ってますからそのつもりで来てます」


 ケチとはなんだ。

 うちの事務所もかつかつなんだよ。この前のアリスも依頼を受けての逮捕じゃないし。


「せやなあ、ケチくさいのはアカンわ。オレが買うたるで、お二人さん」


 不意に背後から、関西弁で声を掛けられ、振り返るとあかるい茶髪に軽薄そうな笑みを浮かべた男が立っていた。


「如月さんの知り合いですか?」


 七海が不思議そうに問う。


「知り合いではないな。俺は一方的に知っているヤツだが」

「なんや、如月君の方もオレのこと知ってくれてたん? 相思相愛、照れるやん」


 何が相思相愛だ。

 探偵業やっててお前のこと知らない奴なんかいないんだよ。嫌味な野郎め。


「ほんで?」

「は? 何がだよ」


 男は馴れ馴れしく俺と七海の肩に手を置く。


「シロップ、何がええの?」

「あ、じゃあブルーハワイがいいです」

「ナチュラルに答えるな七海。知らない人にお菓子もらっちゃいけないって小学校で習っただろ」


 男はケラケラ笑って、キッチンカーへと歩いていく。


「ええやんええやん。オレもブルーハワイ好きやねん。店員さん、ブルーハワイ3つ頼んますわ」


 隠す気のないすがすがしいまでのエセ関西弁。

 ラフな格好の上から羽織った桜と竜を背負う法被はっぴ

 すべての情報が、この男について見聞きした情報と一致する。


「ほら、お嬢ちゃん。えっと、七海ちゃん呼ばれたか?」

「ありがとうございます。七海灯ななみとまりです」

「とまりちゃんか。かわいい名前やね」

「えへへ」


 だらしない表情を浮かべ早速懐柔される七海。

 気をつけろよ、そいつと絡んでいいことはない。


「で、何の用なんだ。新田成秀にったなるひで

「何の用とはご挨拶やん。同じ探偵同士やろ? しかも、今では珍しい怪盗専門の探偵」


 怪盗専門の探偵、という単語に反応して七海が半歩だけ後ずさる。

 バカ。そういう反応の一つひとつからお前の正体がバレてもおかしくないんだ。相手はあの新田なんだ。


「探偵仲間……にしては、如月さんトゲトゲしいですね」

「なんやとまりちゃん。そう言うってことは、如月君の弟子とちゃうんやね」


 なるほど、そう見えてたからまとめて絡んできたのか。


「……もう貰いましたからね! いただきます!」


 勘が鋭いのか、動物的本能か。返せと言われないうちにと七海がかき氷を口いっぱいにかき込んでいく。


「ナッハッハ! 返せなんて言わへんから、ゆっくり食べ。せやないと……」

「!? んんーっ!」


 額を押さえて悶絶する七海。

 相変わらずバカだな。かき氷一気に食ったらそうなるだろ。


「探偵ってのは縄張りがあるんだよ。俺なら北園寺、新田なら大阪の祠島ほこらじまだ。俺達は正義の味方じゃなくて商売だ。だから互いの縄張りには基本的に干渉しないのが暗黙の了解なんだよ」

「如月くん、考え方が古いわぁ。オレらの師匠の時代ならともかく、今はそんなん流行らんで」


 新田の言うことは事実ではある。

 実際、相手が新田でさえなければ俺もここまでの態度を取ったりしない。


「それでも、自分の縄張りに八大怪盗の1人を逮捕した探偵が来て、ようこそいらっしゃいませなんて言う探偵はいない。それくらいわかるだろ、新田」


 新田は眉を下げ、わざとらしく両手を挙げて、困った感を演出する。


「八大怪盗ってなんですか?」


 頭痛がおさまった七海が、俺と新田を交互に見比べて問う。


「30年前、いっちゃん暴れ回った8人の怪盗や。3人は如月くんの師匠・門倉秀樹かどくらひできが捕まえた。ほんで1人、寿命で死んだ後に遺品に大量のアーティファクトが見つかって正体わかったのがおんねん」


 そう。一昨年まで、残る8大怪盗は4人だった。


「で、この新田が一昨年捕まえたんだよ。"洛中の辻斬り"エンシス、8大怪盗の1人をな」

「ま、もう老いぼれやったからな。そんな大したことやあらへん」

「どんな条件があったにせよ、八大怪盗に違いはない。そんなビッグネームに縄張りへ入ってこられちゃ商売あがったりなんだよ」


 新田を一層厳しく睨みつける。

 ただの観光ならまだいいが……いや、俺個人の名前はともかく門倉秀樹の街・北園寺だ。

 よその探偵が来ること自体、理由を問わず褒められたものじゃない。


「そんな睨まんでーな。如月くんの活躍は聞いとる。怪盗ステラ・エトワール、怪盗アリスの連続逮捕。そんな如月くんと協力しにきたんや」

「断る。あんたと組まずとも北園寺は守れる」


 七海が怪盗マリンランタンであることがいつ看破されてもおかしくないし、ありさの体内に戦慄のアーティファクトがあることも、こいつほどの腕で長居されたらバレるかもしれない。


「えっと……八大怪盗の残り3人は逮捕されてないんですよね?」


 ひりついた空気が気まずくなったのか、七海が話題をそらしにかかった。


「せやで、残りは3人。"四国の禁忌"ウーティス、"死神"モルス……ほんで、もう1人。如月くんと協力して逮捕したいターゲットがこいつや、"東海の黒い霧"フィクティオや」


「__フィクティオ!」


 七海が息を呑む。

 あいつの故郷を地図から消した張本人、フィクティオだと……?


「どういうことだ。フィクティオを協力して逮捕だと」

「八大怪盗が相手や。縄張りとか抜きにして協力せんとあかんやろって話や」

「そこじゃない。話を逸らすな」


 モルスなら、まだ理解できた。

 北園寺に痕跡を残していた。そのことをどうやって新田が知ったかはともかく、この周辺にモルスがいる可能性は感じていた。


「オレの推理では、フィクティオがこの街の近くに潜伏してるっちゅうことや」

「……なんだと?」


 七海の手からこぼれたスプーンが、乾いた音を立てて地面を転がり、賑やかな北園寺に一瞬の静寂をもたらした。





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