第37話 対面とステルスの挟撃
俺は怪盗アリスこと湊の待ち伏せすべく、ムーンストリート商店街脇のライブハウスに潜入していた。
時計をみれば開演まであと1時間、開場まであと30分というところ。ありさやキョウカの協力もあり、既に会場内へと入ることができている。
「しかし目立つな、この格好は。相手が怪盗アリスじゃなけりゃこんな格好はしないんだが」
いつとの鹿撃帽とインバネスコート。湊の野郎が見れば一発で俺だと分かる格好をしてきた。
「それ、着てくるってことはアーティファクトだったんだね。門倉さんと真守の趣味だと思ってた」
音響周りの準備を終えたありさが声をかけてくる。
「あんまり他の人がいるとこでアーティファクトって言わないでくれ。……でもまあ、そうだよ。これを置いてきたらノイズが増えるからな」
「ノイズ? どういうこと?」
「チェス盤アーティファクトで表示されるナイトの位置がわからなくなるってこと。事務所に置いた帽子がナイトになるのか、所有者である俺がナイトになるのか、わからないから」
そう、瞬間移動を引き起こすチェス盤アーティファクトは実物を見たわけでも、まして使ってみたわけでもない。
飛ばせるコマとして表示されるのはアーティファクト所有者ということまで推理できるが、持ち歩いていないケースについては未知だ。
「こうして全部着てくれば、少なくともここにいる限りは、ありさも俺も瞬間移動させられないはずだ。同じマス内だからな」
そう、チェス盤アーティファクトの使用条件に、地図を区切った同じマス内に2人アーティファクト所持者がいる状況では、その内部の人間を対象にできないというものがある。
ありさと俺が同じ場所にいれば手出しはできないはずだ。
「ねえ真守」
「ん? どうした」
「わたしさ、湊さんが素直にアーティファクトを渡してくれたら、それでいいから。逮捕とかしなくても。……前は普通の人だったの」
「そうか」
アーティファクトの個人所持も、怪盗を名乗ることも、それ自体が犯罪行為だ。
ありさが構わないなら無罪放免でいいということにはならないが、ありさもそんなことは知っていて言ってるのだ。
俺は警察じゃないし、兄としては叶えてやってもいいかなと思う。
ついでに俺への殺害予告もあったが、怪盗から命を狙われるのなんて予告がなくとも日常茶飯事だ。
怪盗アリスの出方次第だな、と自分を納得させ遠くを見つめていると、地下ライブハウスへの階段をドラマーのリオが下りて来た。
「如月さん、表に湊さん並んでましたよ」
「ありがとうございます。じゃあ、行くかありさ」
「ん」
ありさの手を引き、階段へと進む。
「すいません、皆さん。さっき話した通り、ライブまでありさ借りていきます」
メンバーに一声かける。
マユミさんとリオには、ありさがストーカー被害にあっていると説明した。間違いではないしな。
キョウカに関してはごまかせそうになかったので、怪盗を捕まえると正直に話している。
地上を再度見上げると背後からキョウカが呼び止めた。
「今回は勝てそうかい? 名探偵」
「ああ、ミス・プリズンガード。これから向かう戦場は北園寺。誰も俺に勝てやしないさ」
俺の、庭だからな。
「なにそれ。真守、いつの間にキョウカと仲良くなったの?」
「いろいろあったんだよ」
なおもありさは不審そうに俺を睨んでいた。
地上にあがると、開場の待機列に__いた。
今日も今日とてチェックシャツの、怪盗アリスだ。
先日のありさの暴走があって、それでもまだ普通にライブに来るかは疑問だったのだが、女王様だの看守様だののいるNEON RIOTはさすがだ。
中毒性でもあるのか、あの日以降もライブに来続けたらしい。そして作戦決行の今日に至っている。
「あの、湊さん」
ありさが先に一歩前に出て、話しかける。
「は、っはい! 女王様!」
……よく調教されてるよな、本当に。
「ずっと応援してくれてありがとう。それでね……地図と鏡、わかるでしょ? あれは、危ないものだから、渡してほしいの。この人に」
一言ずつ考えながら、ありさは言葉を紡いだ。
これで素直に渡してくれるのなら、この事件はこれまででもいいんだが。
「この人……っ!」
湊の視線が平行に移動し、俺と目が合う。
「如月真守!」
「そうだ、探偵・如月真守だ。地図と鏡、それだけ渡してくれればそれでいい」
人目があるのでアーティファクトとは言わないように、短く要求だけ伝える。
「……るな」
「あ?」
「ふざけるな! お前みたいなのが女王様に気安く近づきやがって!!」
急な逆上。
怪盗アリスは拳を振り上げ、俺に向かって突進してきた。
「おっと」
なんの工夫も、アーティファクトの力も乗せていない一般人の拳だ。
難なく躱すと、勢い余った怪盗アリスが地面を転がった。
「くそっ!」
アリスは悪態をつき、そのまま走ってその場から逃げ去っていく。
「おい、ありさ。あれは残念だけど……」
「うん。……逮捕しちゃって」
「了解」
ありさの手を引き、アリスの後を追って走り出す。
ありさとさえ離れなければ、俺を瞬間移動させて逃走時間を稼ぐこともできないはずだ。
「ちょっ、お兄ちゃん! 引っ張らないでって」
「っ!!??」
お兄ちゃん……だと……!?
ありさが、俺のことを?
「やめてその顔。キモいから」
アリスを追いながらも頭が真っ白になる俺に、ありさが小声でいつも通りの罵倒を浴びせてきた。
「他のファンの前で引っ張ってくから。誤解されないようにとっさに言っただけ」
「あ、ああ……そういうことか。いや、そうだよな」
彼氏とか疑われても面倒だからブランディングの為、アドリブで言ったということか。
さすがありさだ、将来バンドだけじゃなく女優にもなれるかもしれない。
「それよりほら。七海さんに連絡する作戦なんじゃないの?」
「__そうだったな」
頭で納得できても動揺は収まっていないが、ムーンストリート商店街を北へ、北へと逃げるアリスを視界にいれたまま、スマホを取り出す。
「もしもし七海。例の合図を出せ、そうしたら今すぐに! 直ちに! 可及的速やかに怪盗マリンランタンが例の行動を取るはずだ」
『は、はい! 赤・青・黒の順番の鯉のぼりを窓から降ればいいんですよね!』
……赤・黒・青と指示した気もするが、まあいいか。
正直どうでもいいのだ。そんな合図は存在しないのだから。
「じゃ、しっかり頼んだぞ。俺の推理に間違いはないはずだが、もし失敗したらありさが危ないからな」
『はい、頑張ります!』
七海の無駄にいい返事を聞き、電話を切る。
合図を出せばマリンランタンが俺の予言した通り動くという推理も、間違っていたらありさが危ないも、全部でたらめだ。
つまり、そう伝えておけば七海は、俺の言った通りの行動を怪盗マリンランタンとして取るだろうという、誘導に過ぎない。
七海は俺に正体がバレてないと思っているし、俺も知らないフリをしている現状、連携するにはこれしかなかったのだ。
ほどなくしてパトカーのサイレンが通りの向こう、北東の方で聞こえてきた。
うまくやったようだな、七海。
突如現れた怪盗マリンランタンを追う警察の音で間違いないだろう。
あとはそっちの方へ、アリスを誘導するだけだ。
「クソ! なんなんだよこれは!」
人込みをかき分け逃走するアリスの、苛立ちの叫びが聞こえてくる。
背中越しだが、チェス盤アーティファクトの地図を広げているのが分かった。
「やっぱりな。ありさと俺が飛ばせないとなれば、ナイトである自分を瞬間移動させて逃げることを考えるよな」
この追走劇の最中、なんどかアリスとは違うマスに入っている。
すぐ後を追ってるとはいえ、瞬間的には線を跨ぐし、そのタイミングで飛ばれれば逃げられてしまう。
だが、そのマスにも別のコマ__別のアーティファクト所持者が既にいたら、お前は何もできないだろう? 同じマスに複数人いる場合には飛ばせないんだから。
そっちのエドガワカメラでは今、七海のフライパンを持たせた及川が推し声優のCDお渡し会に参加してる。
あっちのダーツバーはこの時間、源さんのサボりスポットだ。さっき拾得物としてストローを渡したばかりの、な。
それからその向こうは、昨日泥酔してて送り届けたさくらママの家があるエリアだ。ポケットに5の目しか出ないサイコロを忍ばせておいたし、こんな夕方にさくらママが起きるわけがない。
先に彼らを飛ばすこともできないはずだ。縦一列にポーンがギチギチに並んでいるからな。
「チェックメイトってやつだぜ、怪盗アリス。俺達から逃げながら、お前が飛べるマスを目指すのなら、もう行けるところは__」
__北東。
旧五月雨通りだけだ。
人通りの多い商店街ではなかなか距離を詰められずにいるが、姿は見失っていない。
怪盗アリスが旧五月雨通りに……入った。
その瞬間だった。
「ごぶっ!」
アリスの野郎が情けないうめき声を上げ、その場に力なく倒れる。
「いいタイミングだ。マリンランタン」
旧五月雨通り、その車道上で待機中の自動車の上をパルクールで軽やかに超えてきたマリンランタンの膝蹴りが、アリスの頭に直撃したのだ。
「最初にチェス盤に気が付いたときから気になってはいたんだ。マスの区切り線の真上にいる人間は、どう表示されるのかってな。そんなあり得ない場所にいるコマは、表示されないんだろう」
倒れこんだ怪盗アリスの元へ小走りで駆け寄り、既に通り過ぎて小さくなったマリンランタンの背中を見送った。
あれなら大丈夫だと思うが、うまく逃げろよ。
「真守、マリンランタンは追わなくていいの?」
「ああ、あれはいいんだよ。いろいろ事情があってな」
「ふうん」
ありさもマリンランタンを見送りながら、やがて何か察したように、小さく笑った。
「やっぱり、怪しい仕事してるんだね」
「これに関しては返す言葉もねえ」
後日、事務所にやってきた七海は不満が止まらなかった。
「わたしがどれだけ大変だったと思ってるんですか!」
怪盗アリスこと湊は、あの日マリンランタンを追ってきた馴染みの警官に引き渡した。
当時は、一応マリンランタンに襲われた被害者という名目で保護。
もちろん魔道具管理法違反、怪盗法違反、ついでに俺への殺害予告の疑いもすべて伝えたので、今頃は逮捕に切り替わっているだろう。
「大変って、鯉のぼり振ってただけだろ」
「違……わないですけど! 鯉のぼりって重いんですよ!」
そうだよな。七海じゃなくてマリンランタンだもんな、大変だったのは。
「まあ、マリンランタンには今度お礼をしないとな」
「いや、そんな怪盗じゃなくてわたしにしてください」
「お前そんな活躍してたか?」
事務所にはいつもの光景が戻ってきていた。
まあ、あまり意地悪せず、今度飯でも奢ってやるか。




