第36話 作戦とパズルの答え合わせ
ありさと合流した俺は、七海と三人、一度事務所へと戻ってきた。
今回の事件、怪盗アリスについてすぐにでも推理を聞かせてやりたかったが、アーティファクトのことをあまり外で話すのもはばかられ、ここまで我慢してきたというわけだ。
「さて、じゃあ早速話していこうか。怪盗アリス・湊の犯行について」
湊というのが、事務所への道中ありさから聞いた例のチェックシャツに鉢巻の古典的オタクファッション男の名前だ。
NEON RIOTのメンバーとしての交流しかない為、ファーストネームも知らないし、湊も本名とは限らないようだが。
「ちょっと待って真守。七海さんは、いてもいいの?」
ありさが止めに入る。
「いいんだ。本来は部外者に怪盗やアーティファクトの話はしないんだが、ちょっと事情があってな」
「事情?」
「ああ、そいつはバカだからどうせこの先の話を理解できない」
「ちょっと!」
七海が椅子から立ち上がり、全身で抗議するが、無視して続ける。
もちろんバカだからなんて理由じゃないが、七海にはこの場にいてもらうべき事情があるのは本当だ。
「まず、怪盗アリスは二つアーティファクトを所持している。一つは鏡のアーティファクトと呼ばれるもので、こっちは詳細な効果はわからない」
「早速わからないのによくわたしをバカ呼ばわりしましたね」
「黙って聞いてろ」
いちいちつっかかってくるからバカだと思われるんだぞ。
「鏡のアーティファクトは、まず名前の通り鏡の形をしていること。見せることで、見せた相手をある程度操ることができる。ネコミミをつけたり、急にネイルをさせてみたりな」
「わたしがやられたことね。洗脳とかじゃ、ないと思うけど」
その通り。
ありさはネコミミをつけている時も、その一点がありさの行動として不自然すぎるだけで、他に不審な点はなかった。
「おそらく好みを一つ変えるとか、そういう効力なんだろう。マユミさんやありさ本人の話からして、効果の持続時間は約1日程度だ」
「1日だけ、アリサちゃんを自分好みの見た目にして遊んでたってこと?」
「まあ、そうなるな。行き過ぎたファンってとこだろう」
俺への殺害予告がなければ、逮捕に踏み切る理由付けにこまっていたくらいだ。
「そして、もう一つ、瞬間移動アーティファクトについてだ。ありさが今日見た、赤い点が光る北園寺の地図、というのがその形状。そしてその効力は、人をコマに、北園寺をチェス盤に見立て、コマを動かし、人を瞬間移動させるものだ」
「チェス盤? どうしてそう言い切れるんです?」
「ああ、いくつか根拠がある。まず、これを見てくれ」
スマホを手に取り、及川から送ってもらったアリスの書き込みを二人に見せる。
『赤の女王様に近づくウジ虫が。ナイト気取りもそこまでだ。オレと勝負しろ。__怪盗アリス』
『探偵・如月真守は女たらしのクズ。怪盗アリスがナイトとして処刑する』
「赤の女王様、ナイト、そしてアリス……今にして思えば、ほぼそのまま答えだな」
「……どういうことです? 如月さんが女たらしってとこはわかりましたけど」
「そこじゃねえよ。あと違うわ」
余計なこと書きやがってアリスの野郎。
「鏡の国のアリスってことよね?」
「そうだ。さすがありさ、まともで助かるよ」
七海が頬を膨らませ睨むが、全部にいちいち付き合っていられない。
「ルイス・キャロルの小説、鏡の国のアリスになぞらえて書きこまれている。ざっくり言えば、チェスをモチーフにした不思議な世界を、主人公の少女アリスが冒険する話だ。鏡のアーティファクトと、チェス盤のアーティファクトを手に入れた湊は、鏡の国のアリスになぞらえて自らを怪盗アリスと名乗った」
「あり得るとは思うけど、それだけでチェス盤って言えるの?」
「いや、実際に瞬間移動した人たちの証言を照らし合わせてそうなってるって話だ」
俺は印刷しておいた北園寺の地図を机に広げた。
「俺の集めた証言ではこうだ。ネオンライオットのドラム・リオの彼氏の伊藤がここから、ここ」
言いながら、どこからどこへの瞬間移動かを矢印で書き込んでいく。
「次にネオンライオットのキーボード・キョウカがここからここ。怪盗ステラこと佐藤瑠美がここからここで、七海は沼尻公園の野外ステージから、エステサロン・エリザベスだったな?」
「はい、その辺です」
4つの矢印を書き終え、一度顔を上げる。
「どうだ? ここまで」
「全員同じくらいの移動です」
「ああ、全員が北へ約100メートルだ。これが歩兵、ポーンの動き。ありさが見た地図には赤い光しかなかったって話だし、おそらく全員が赤のコマで、チェスでいえば味方だけの盤。だから進行方向が同じ北なんだろう」
他にも瞬間移動らしきSNSへの書き込みは見つかっているが、こちらは元いた場所か移動した先のどちらかが判然としないので、推理には使えない。
「次に俺が瞬間移動をした2回だ。一度目は北園寺駅の南北連絡通路から、ボスケ北園寺の前へ北西方向に移動。二度目はこの事務所から南東へ、宝永通り脇の島崎学園周辺だ」
この2つの移動も地図へと書きこんでいく。
「これがナイトの移動ってことですね!」
「ああ、そうだ」
ちゃんと理解してますよというドヤ顔で七海が言う。
バカにもわかるように話してるんだよこっちは。お前が理解していないとこのあと支障がでるんだ。
「最後に、今日のありさの瞬間移動だ。内裏山から、京総小学校への移動。東に約600メートル」
言いながら線を東西に一本引く。
「動きだけでいえばルークでもクイーンでも成立するが、まあクイーンなんだろう。アリスがわざわざ赤の女王様って言ってるくらいだしな」
「なるほど。意外と頭いいんですよね、如月さんって」
「俺お前と会って一ヶ月のうちに、ちょっとバカっぽいって思われてたのか?」
「えっ……いやあ、まあそうじゃないですけど」
マジで思ってたみたいなリアクションするな。
ずっと賢い名探偵だったろうが。
「と、ところで! 誰がどのコマかっていうのは何で決まってるんですか?」
露骨に話題を逸らす七海。
まあ、その話はしなくちゃいけないものだから乗ってやるか。
「これは推測でしかないが、矛盾しない仮説が一つ。アーティファクトの所持者がコマとして、チェス盤の地図に表示されていて、どのコマになるかは持っているアーティファクトの強さを表す。これが一番しっくりくる」
「「アーティファクトの所持者……」」
ありさと七海がお互いに顔を見合わせる。
「……七海さん、持ってるの?」
「いやー、どうなんでしょうねー」
「ごまかすな七海、話がややこしくなるから。七海が持っているのは、無限に滑る菜箸と、食べ物と認識したものに焦げ目だけ付けるフライパンだ。まあショボいからポーンなんだろう」
言いながら、デスクに置いたストローを手に取る。
「伊藤もこのストロー、吹くとシャボン玉が出るアーティファクトを持っていたし、キョウカも絶対に5の目が出るサイコロを持っていた。怪盗ステラが当時何を持っていたかは定かじゃないが、まあ怪盗だからな。これらショボいアーティファクトがポーン。俺や怪盗アリスはそこそこに強力なものを持っているからナイト。そういう割り振りになっている」
アーティファクトが知覚できるシェルナを飼っていたんだ。北園寺に散らばるおもちゃレベルのアーティファクトを一つや二つ見つけていても不思議じゃない。
「つまりだ。ここにいる3人とも怪盗アリスは瞬間移動させられる。能力のインターバルも分からない。この状況でどう捕まえるかだが、ヤツは何度も瞬間移動を試し、晒し過ぎた。飛ばせない条件が透けるくらいにな」
ストローからもう一度ペンに持ち換え、今度は地図上を縦横に区切るように線を引いていく。
「今まで出た瞬間移動の前後を考えると、自ずとどこが盤面を区切る線なのかが逆算できる。駅南の幹線道路、宝永通り、ヴァイオレット通り、沼尻線の線路、北園寺通り、旧五月雨通り……チェス盤の線は、北園寺の大きな通りに沿って引かれている」
線を引き終え、ペンを置く。
チェス盤のように8行×8列を完全に再現できたわけではないが、それでも大部分のマスの構成が見えてきた。
「そして、不自然な瞬間移動が2回あった。まず、俺とありさの目の前で、伊藤を瞬間移動させたことだ。怪盗アリスは、さっきの書き込みでも分かる通り俺を嫌っている。ありさから俺を引きはがすため、俺を移動させればいいところを、なぜか伊藤を先に移動させている」
「そういえば、そうね……」
ありさが神妙な顔で頷く。
「そして2回目、これは俺が午前中に事務所から瞬間移動させられた時だ。深夜の、俺が寝ていて、人と通りのない時間に外に移動させれば、そのまま殺すなり攫うなりできたはずだ。そこまでの度胸がなかったのだとしても、単に嫌がらせ目的でも深夜の方がいいだろう」
自分で言ってて、寒気がしてくる。
怪盗アリスにそうされずに済んだのは、偶然の産物に過ぎないのだから。
「これ、七海が朝からバイトに行ってた日のことなんだよ。地図を見てくれ。この事務所と七海の家、同じマス目に入ってるだろ」
「まあ、すぐ向かいですしね」
「そして、伊藤。盤の線になってる道路を挟んだ向かいにいて、あの時俺とありさはすぐ隣にいた。どっちも同じマスに2人いた状況なんだ」
俺が最初に飛ばされたのも、ありさを源さんのもとへ先に行かせた後だ。駅の連絡通路の南北、地図でいえば沼尻線の線路を跨いで2人が別マスに入った瞬間ということなのだろう。
「同じマスに2人いれば、瞬間移動はさせられない。チェスのルール的に、起きえない状況になっているマスだから、そこには手をつけられないみたいなことなんだろう。これを利用して怪盗アリスを追い詰める」
俺、すなわちチェス盤アーティファクト上のナイトだが、その移動可能位置全てに他のアーティファクト所持者がいた場合はどうなるのか。
その辺は分からないが、とにかく2人固まって移動すれば対策としては足りている。
「ん? 待ってください如月さん」
「どうした、ついてこれてないか?」
「そうじゃなくて、持ってるアーティファクトの強さでコマが決まるならアリ__」
「さて! そこで作戦だが」
七海の発言を強引にぶった切る。
気がつくなバカ。気がついても口にするな。
「ありさ、怪盗マリンランタンって知ってるか?」
「え? うん、噂くらいなら」
「よし。今回、マリンランタンを利用してアリスを追い詰める」
「ちょちょちょ、如月さん!?」
七海が慌て、慌ててはいけないシチュエーションであることに気がついたのか大人しくなる。
そうだよな? お前とマリンランタンは別人のはずだもんな?
「マリンランタン? そんな都合よく利用できるの?」
ありさとしては当然の疑問だ。
「任せろって。俺に秘策があるんだ。なあ、七海? 俺ならマリンランタンを動かせるから安心していいよな?」
「えー、あー……そうかも。いや、どうなんでしょうねぇ」
先月からずっと見逃してやってるんだ。
働いてもらうぞ、怪盗マリンランタン。




