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インサイダー幕引き 〜ダメ怪盗の少女と、名探偵の街〜  作者: 日高 純
第二章 ダメ怪盗アリスの歪んだ恋慕
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第33話 魔眼とプレイボーイの正体

 キョウカと別れた俺は、目的もなくただぶらぶらと北園寺の街を歩き回っていた。


 事務所にまっすぐ帰ってもよかったのだが、用事一つのために外に出るのがひどくもったいないように感じてしまう体質なのだ。


「若い人が多いな、今日は」


 俺もまだ18だが、じじくさい感想が思わずこぼれた。


 たぶん夏休みに入ったんだろうな。中学にもろくに通わず、高校に行かなかった俺は既に夏休みというものへの感覚が薄れていた。

 それらしい思い出といえば、師匠と夜にクワガタを捕りに出かけたことくらいだ。クワガタを捕ったことのない男は信用できない、のだそうだ。


 そんな懐かしいような、単なる理不尽のような思い出に浸りながら、どこへともなく歩いていた時だった。


「それでね、優悟。来週なんだけど__」


 聞こえてきた声に身体が反応し、脇道へととっさに身を隠す。


「ああ、いいよ。せっかくの夏休みだし、リオの行きたいところにいこう」


 そっと覗き込むと、NEON RIOTのドラマー・リオと、その彼氏……にして浮気調査のターゲットとなっている伊藤優悟いとうゆうごだ。今のところ彼に浮気の様子はなく、今日もなかよくやっているようで何よりだ。


 しかし一応今も調査対象だし、身を隠したのは正解だったな。

 ライブハウスで同じ空間にいたことはあるが、ここで出会って、リオの方が俺を知っているようなリアクションをしてしまうとややこしいことになる。


 俺は自販機の陰に身体を寄せ、二人の様子を盗み見る。


「来週さ、映画でもいいけど、水族館とかどう?」


 リオが少し身振りを交えて言う。


「いいね。昼間は混むだろうし、夕方にしようか」


 伊藤は柔らかく笑う。


 距離は近い。声も落ち着いている。

 少なくとも、浮気の兆候はない。


「優悟さ、最近ちょっとぼーっとしてる時あるよね」


「え? そう?」

「うん。なんか……急に考え事してる顔になる」

「バイトのシフトのことだよ。店長がまた急に変えてきてさ」

「また? 大変だね」


 自然な流れだ。

 嘘を重ねている感じはない。


 伊藤はポケットからスマホを取り出し、画面を確認する。

 何気ない仕草。


「まあでも、夏だしさ」


 伊藤が言う。


「どこ行くにしても、リオと一緒なら楽しいよ」

「……ずるい」


 肩を軽く叩くリオ。

 笑い合う二人。問題なし、か。


 俺が視線を外そうとした、その時だった。


 通りの向こうから、すらりとした影が一つ、音もなく近づいてくる。


 青灰色の毛並み。

 細く長い手足。

 陽を受けて銀色に光る瞳。


 ロシアンブルーの猫――シェルナだ。


 人混みの間を縫うように、実に滑らかに歩いてくる。


 あいつ、普段はこんなところをうろついているのか。


 シェルナは一度立ち止まり、優悟たちを見上げた。

 リオが気づく。


「あ、如月さんのとこの猫だ。かわいいね」

「如月さん?」

「うん、アリサのお兄さんで探偵やってるんだって」

「探偵……」


 ありさとは名字が違うのを疑問視されるかと案じたが、伊藤も名字までは知らないのか。あるいは知ってても無闇に触れることじゃないと思ったのか。それについては特に何も言わなかった。


「シェルナちゃーん、おいでー」


 しゃがみ込もうとするリオより一瞬早く、シェルナはすっと身体を捻った。

 触らせない。


 代わりに、伊藤の足元で止まった。


「え、俺?」


 伊藤が苦笑する。


 シェルナは軽く尻尾を揺らし、じっと優悟の顔を見上げる。

 そして__


「シャー!」


 牙を剥いての威嚇。


「うわっ、何もしてないって」


 伊藤が驚いて半歩下がると、シェルナはふんすと鼻を鳴らし、リオの伸ばした手にゆっくり身体を擦り付けた。


 俺も最初は嫌われてたが、何なんだろな。シェルナの好き嫌いの激しさは。

 少しばかり伊藤には同情するよ。


 シェルナはリオに甘えながらも、低い唸り声を発しながら伊藤をにらみ続けている。

 さすがにかわいそうだし、リオから「ありさの兄貴」ということで紹介されたから、浮気調査うんぬんを伊藤から疑われることもないだろう。シェルナを回収して帰るとするか。


「あー、すいません。うちの猫が」


 今ここを通りがかったように装い、リオと伊藤へと歩み寄っていく。


「あ、如月さん。こんにちは」

「どうも、ありさがいつもお世話になってます」


 なかなか演技派だな、リオのやつ。

 あくまでありさを通じた知り合いという空気に徹している。


「すいませんね、うちの副所長が。好き嫌いの激しいやつなもんで」


 言いながらまだ唸っているシェルナの首を掴みあげ、抱きかかえる。

 腕の中に視線を落とすと、シェルナはまだ伊藤の方を睨んでいた。


「あの……探偵さんなんですよね?」


 ボロがでないうちにさっさと引き上げようとしたところ、伊藤がそう言って俺を呼び止めた。


「ええ、そうです。カドクラ探偵事務所というところで探偵をやっています」

「あの……こ、これ」


 伊藤は、何かに怯えるように一心不乱に鞄をあさり、何かをこちらに差し出した。


「これは……ストロー?」

「は、はい。あの、違うんです! 偶然手に入れて、どうしたらいいか分かんなくて」

「あの、落ち着いてください。このストローが、どうかしたんですか?」


 シェルナを片腕で抱きながら、まじまじとストローを眺めるが、どう見えてもただのストローだ。


「その……それ。吹いたらシャボン玉が出るんです」

「……はい?」


 困惑はしたが、好奇心には勝てず試しにストローを吹いてみる。


「「わあ」」


 リオと全く同じ声が出た。特にシャボン液などないのに、吹くだけでシャボン玉がぽこぽこと生まれていく。


「これは……アーティファクトってことですか?」

「はい。あの、持ってちゃいけないんですよね?」

「ええ、まあ」


 今日はショボいアーティファクトとよく出会う日だな。

 いや、無から物質を生み出しているという点ではそこそこ強力といえるのか……?


「あの、逮捕とかされるんでしょうか? 本当にたまたまドリンクに刺さってたストローがそれで」


 伊藤が小動物のような視線を向けてくる。

 なるほど、そこが不安だったわけか。


「しませんよ。たまたま入手してしまったなら警察に届ければいいだけですし。不安なら預かりましょうか?」

「はい! ぜひお願いします!」


 シャボン玉が無限に出るストロー、か。おもしろいな。

 源さんに届けず貰っちまおうかな。


「ねえ、優悟。もしかして最近様子がおかしかったのって」

「うん。これ、どうしたらいいんだろうって……」


 まじめな青年なことで。

 そのせいで浮気を疑われてたとも知らずに。


「大丈夫ですよ。私こう見えて、怪盗を専門に取り扱う探偵でして。アーティファクトにも慣れてますから」

「本当にありがとうございます。もしかしたらそのストローのせいで、最近記憶が飛んだりして不安だったんです。花屋で買い物をしていたはずなのに、気が付くと駅の北口にいたりして」

「ほう、なるほど。それは災難でしたね」


 残念ながらそれはストローとは別件だし、記憶が飛んだのではなく物理的に身体が飛んだのだが。

 まあ、彼に伝える必要はないな。


 しかし、伊藤も北に100メートルか。


「すいません、せっかくのお二人の時間を邪魔しましたね。私はこれで」


 挨拶だけ済ませて、そそくさとその場をシェルナと立ち去る。




 若い二人の時間を邪魔しちゃ悪いな、というじじくさい理由もあったが、それ以上に気になることがあったのだ。

 __シェルナがストローに向かって唸っている。


「なあ、副所長。お前、もしかして……」


 シェルナが威嚇していた人物を一人ひとり思い起こしていく。

 怪盗ステラ・エトワールの佐藤姉妹、七海、俺、ありさ、そして伊藤。というか、このストロー。


 思えば不思議だったのだ。

 あのポンコツ怪盗ステラ・エトワールが、どうやってあれだけ短期間に複数のアーティファクトを見つけ出したのか。

 プラネタリウムでの事件で、シェルナがどうやって七海をあそこまで誘導できたのか。


「お前、アーティファクトが匂いか何かで分かるのか?」


 腕の中でくつろぐ毛玉に問いかけると、面倒そうに銀色の瞳をこちらに向け、一言「にゃ」と短く鳴いた。

 猫に言葉がわかるなんて親バカな考えは毛頭ないが、その鳴き声は俺の問いかけを肯定しているように聞こえた。


「さすがうちの副所長だな。散歩中にアーティファクトを見つけたら教えてくれよ、志摩屋の焼鳥買ってやるからさ」


 そう言って撫でてやると、シェルナは満足そうに喉を鳴らした。


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