第31話 看守とウォーゲームの盤上
北園寺駅から北に向かって伸びるムーンストリート商店街、その北の果てと交差するように東西に走るバス通り、それが旧五月雨通りだ。
その果てのミニチュアショップに、鍵となる情報を持っている可能性が高い人物、NEON RIOTのキーボード担当・キョウカによく似た人物がいるとのことだった。
「本当はお邪魔にならないように、仕事前に軽く話を聞こうと思ったんだがな」
午前10時開店と聞いて、9時過ぎには店の前に来ていたのだが、既に店内で人が動き回っている気配がする。ミニチュアショップと言うのは、意外にも朝が早いんだな。
普段は通りすがりに、窓際に並べられたドラゴンやら兵士やらのミニチュア、ぼんやりとすごいな、と眺めていたが、改めてまじまじと見ると本当に精巧に作られている。そして下世話な話かもしれないが、その分しっかりお値段も張っているようだ。
「価格帯と、平日の朝10時に開店ということを考えると、大学生がメインターゲットなのかもな」
暇だと独り言が増えていかんな。
ミニチュアを眺めていても、見方がよく分からないせいかすぐに飽きてしまう。美術館と似たような感想だ。
結局10時までしっかり待って、開店と共に店内へと入る。
他に客がいないのは不幸中の幸いだ。探偵の聞き込みというのは、警察と違って、店舗はお客さん優先だからな。そういう礼儀には、師匠は本当に厳しかった。
「いらっしゃいませ」
40歳前後の男性店員のさわやかな声が通った。
周りを見回すとミニチュアのパッケージと思われる箱や、ミニチュア用の塗料の小瓶が所せましと並べられており、奥に一人女性店員がいるのは見えた。
中央の卓上には広大な自然を再現したボードが並び、崖や川などが立体的に表現され、その上に兵士のミニチュアが整然と並んでいた。
まるで小さな戦場を、盤上に切り取ったようだった。
察するにこの男性が店長で、奥の人がキョウカ……この店では三国さんだと思うのだが、とはいえ確信は持てない。
NEON RIOTのライブで見たキョウカにも見えるし、全くの別人という雰囲気もある。女性というのはメイクで印象が変わるし、俺はそういうのにはからっきし疎いのだ。
奥の女性店員は、俺の視線に気づくと、作業の手を止めてこちらを向いた。
黒髪を一つにまとめ、エプロン姿。
ライブハウスで見たキョウカの面影は確かにあるが、雰囲気はずいぶん違う。
表情は柔らかく、どこまでも“店員さん”だ。
「何かお探しでしょうか?」
声は落ち着いていて、距離感も正確。
客に対するそれだ。
……いや。
声だけで、確信した。
俺は、ほんの少しだけ、師匠の真似をすることにした。
「探しているのは、物じゃない」
自分でも分かる。
キザだ。やりすぎだ。
だが、引くわけにもいかない。
「最近、北園寺で起きている妙な噂について、話を聞きたい人がいる。ネオンライオットのキョウカという人だ」
「……妙な噂、ですか?」
三国は首を傾げる。
あくまで、穏やかに。そして、キョウカという言葉には触れずに。
「申し訳ありません。そういったことは、当店とは関係ありませんし、私個人としても心当たりはありません」
「そうか」
きっぱりとした否定。
用意された答えだ。
それでも、俺は続ける。
「ネオンライオットのギターボーカル、御影ありさ」
「……」
ほんの一瞬。
ほんの、本当に一瞬だけ。
三国の呼吸が、ずれた。
「最近、彼女の周囲で起きている変化について、心当たりはないか」
「……お客様」
三国は、わずかに距離を取った。
声の温度が下がる。
「特定の人物についての詮索は、お答えできません」
「ネコミミだ」
間髪入れずに言った。
「ライブ前後、彼女が身につけていたネコミミ。あれを渡した人物についてだ」
沈黙。数秒。
その間に、三国は俺を観察していた。
値踏みするような目だ。
そして――
「……面白い」
空気が、変わった。
三国は、ゆっくりと背筋を伸ばす。
丁寧な店員の仮面が、すっと外れる。
「まず訂正しよう」
「……何をだ」
「私はネオンライオットのキョウカではない。ここでは、ミニチュアショップの店員、三国だ」
言い切り。
だが、続く言葉は別だった。
「そしてもう一つ。君の探し方は、ずいぶん雑だ」
「……」
「声で分かる、か。なるほど。探偵らしいと言えば探偵らしいが__甘い」
三国は、口元だけで笑った。
「それで? それっぽい台詞を並べて、私が尻尾を出すとでも思ったのかな」
「……出たじゃないか」
俺がそう言うと、三国は肩をすくめた。
「今のは、君が正解に近づいただけだ」
そして、店の中央に置かれた卓上ボードへ、顎を向ける。
崖、川、森。
精巧に再現された戦場。
「北園寺のプリズンガード、という名前を聞いたことは?」
「ああ。及川っていうあんたらのファンからな」
「なら話は早い」
三国は、指先で兵士のミニチュアを一つ摘まみ上げた。
「どうしても知りたいなら__証明したまえ」
「証明?」
「君が、噂話を漁るだけの素人探偵じゃないということをだ」
コマが、盤上に置かれる。
乾いた音。
「このバトルクロニクルの戦場で」
三国は、はっきりと言った。
「勝てば、君の質問に答えよう」
「負けたら?」
「店の営業妨害だ。丁重にお引き取り願う」
……なるほど。
遠回しでもなく、比喩でもない。
実に分かりやすい。
「探偵としての腕を見せろ、ってことか」
「そうだ」
三国は、尊大に、しかし楽しそうに微笑んだ。
「さあ、名探偵。盤上で語ろうじゃないか」
三国__キョウカは、盤上のボードを挟んで俺と向かい合うと、手際よく準備を始めた。
ミニチュアケースから、小さな兵士たちが次々と並べられていく。
骨だけの兵、腐肉を引きずるような影、獣じみた異形のシルエット。
「こちらが私の軍だ。グリム・リーパー・エンパイア」
淡々とした声だった。
対する俺の前にも、別のケースが置かれる。
白と金を基調にした兵装。
槍を構えた歩兵、翼を模した意匠の騎士、背筋の伸びた指揮官の駒。
「君はこちらを使いたまえ。エルフ・パラディン。初見でも扱いやすい」
「……貸し与える軍にしては、ずいぶん戦力が整ってるな」
「公平でなければ、証明にはならないだろう?」
そう言って、キョウカは小さく笑った。
盤上には、崖、森、川、瓦礫。
地形はすでに組まれていて、変更はできない。
キョウカは、盤上の準備を終えると、淡々と説明を始めた。
「兵の移動、攻撃、魔法判定。基本はダイスだ。
この軍は数が多い分、振る量も多い」
言いながら、ゾンビの部隊を指でなぞる。
「例えばここ。ゾンビが十体いる。だから――」
彼女は、白いダイスを十個まとめて掴んだ。
「十個振る。攻撃判定は4以上が成功」
――ざららら。
盤面にダイスが散る。
「……4が三つ、5が二つ、6が二つ」
淡々と結果を読み上げる。
「七回成功。悪くない」
「……随分、通るな」
「数を振れば、こういうこともある」
言葉通りだ。
確率の話としては、おかしくない。
ゾンビたちが、じわじわと前進し、こちらの進路を塞ぐ。
「次は魔法だ」
今度は、別の色のダイスを数個。
「必要値は5」
__ころころ。
「成功」
影のような駒が、森の陰から滑り出る。
攻撃が通り、俺の前列が削られた。
「君の番だ」
促され、俺もダイスを取る。
槍兵、八体。
だから、八個。
「……4以上、か」
――ざら。
「……4が一つ、5が一つ。二回成功」
「地形が悪い。崖と森で射線が通らない」
盤面を見れば、その通りだった。
次のターン。
「ゾンビ、攻撃」
また十個。
――ざらら。
「4が二つ、5が三つ、6が一つ。六回成功」
「……さっきより、さらに通ってるな」
「運がいい日もある」
キョウカは肩をすくめる。
俺は盤面を見る。
ゾンビの壁は薄いが、足止めとしては完璧だ。
その背後で、魔獣とレイスが自由に動いている。
「次、魔獣」
必要値は4。
――ころ。
「4、5、6。全部成功」
主力が、削られる。
数値的には、まだ致命的じゃない。
だが、流れが完全に向こうだ。
俺のターン。
ダイスを振る。
「……失敗が多いな」
「焦ると、そうなる」
キョウカは淡々としている。
俺の焦りとダイスの目に何の関係があるのか、という至極真っ当な疑問も、あまりに堂々と言われるとそういうものかと納得させられそうになる。
次のラウンド。
「レイス、攻撃。五体いるから、五個」
__ころころ。
「4が一つ、5が一つ、6が一つ。三回成功」
また、通る。
気づけば、毎ターンのように4以上が安定して出ている。
特別な目立ち方はしない。
だが、外さない。
「……初プレイにしては、粘っている」
そう言いながら、キョウカは次のダイスを取る。
「だが、地形理解の差は埋まらない」
その通りだった。
盤面をどう見ても、俺は逃げ場を失っている。
負け筋が、はっきり見え始めていた。
北園寺が俺の庭であるように、この戦場はキョウカの庭というわけだ。
仮に俺がこのバトルクロニクルの経験者であっても厳しい戦いだっただろう。
「だけど、キョウカさん。いや、ミス・プリズンガード。うちは怪盗専門の探偵でね、貴女のようなプライドと拘りに満ちた勝負師たちの心理は、嫌になるほど味わってきたんだ」
確信できているのはたった二つ。
このゲームで俺が勝つことは万に一つもないということ。
そして、北園寺のプリズンガードなんて異名付きの凄腕が、こんな挑戦的なオーラを纏ったまま、100パーセント勝てる退屈な勝負には望めないってことだ。
何か必ず、こちらに勝機があるはずだ。
「そうか。ではこういう勝負はもう飽きあきかい?」
「いいや。慣れない土地なもんで、素敵な味変って感じですよ」
……肝心の勝機はまだ、見えてこない。




