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インサイダー幕引き 〜ダメ怪盗の少女と、名探偵の街〜  作者: 日高 純
第一章 ダメ怪盗ステラ・エトワールの杜撰な計画
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第3話 猫と継承のステレオタイプ

 俺は七海と別れ、北園寺駅前まで戻ってきていた。

 上の階まで伸びる鯉のぼりの主については、単に迷惑な住人として七海から大家さんに問い合わせてもらう手筈だ。下の階の住人がそのまま怪盗本人、なんてオチはさすがに勘弁願いたい。そこまで怪盗ステラ・エトワールもバカじゃないと信じよう。


 平日の午後三時。人の流れはまばらで、放課後にはまだ早い。駅前には規則正しい街路樹と雑多な商店が並び、チェーン店と昔ながらの喫茶店が混在する。吉祥寺を思わせる雑然とした華やかさ——整い過ぎず、しかしどこか洒落ている雰囲気がこの街の空気だった。

 通りを渡る親子連れの姿も、バス停で談笑する老人たちの声も、どれも変わっていない。


「この街は変わらないな」


 俺が駅前に戻ってきたのは、馴染みの警官を頼るためだ。


 駅そばの交番は、昼下がりの陽光に照らされている。外観はこぢんまりとしているが、内装だけは無駄に新しく、掲示物と落書きめいた注意書きが同居している雑な空間だ。

 一見して、誰もいないように見えた。デスクには「巡回中」の札が立てられ、人気はない。


 だが、そんなことで俺はごまかされない。探偵は鼻が利く__それを誇示するように、彼は一度小さく鼻を鳴らす。

 奥からタバコの臭いが漂ってくる。この濃さは残り香ではない。今まさに、奥で喫煙している者がいる。


 すぅ、と真守は一息吸い、奥に届くように声を張った。


「源さん! いるんだろう? 俺だ、探偵の如月だ!」


 やはり、奥で物音がした。

 十数秒の間があり、ようやく奥から大柄の男が心底面倒そうに顔を出してきた。


「なんだあ? 門倉の隠し子に用はねえよ」

「師匠の子供じゃねえって何度言えばわかるんだよ」


 現れた男こそ、源さん。五十代半ば、交番勤務一筋の生粋の不良警官だ。

 無精ひげが目立ち、制服は着崩れ気味で、肩はいつもどこか落ちている。体格はがっしりしているのにだらしなく見える、不思議な迫力の持ち主である。

 しかしその目の奥には、長年の修羅場をくぐり抜けてきた者だけが持つ鋭さが潜んでいる。俺から見た源さんは、師匠と並ぶ"やるときはやる人”だ。


「似たようなもんだろう。で、今日はなんだ? 探偵の出番なんかねえぞ。あってもお前みたいなひよっこには寄こさねえがな」


 吐き捨てるように言うと、源さんは胸ポケットから紙タバコの箱を取り出し、交番の前で堂々と吸おうと火をつける。


「おい、さすがに市民様の前でそれはどうよ」

「うるせえ。今日は巡回中に3万も持ってかれたんだ」


 巡回と称しパチンコに行き、3万円負けたそうだ。

 本当に何してんだこの人は。


「怪盗の情報は入ってないか? 事件でも、予告状でも、なんでもいい」


 俺はギャンブルの類はやらないので、無視して本題だけ尋ねる。

 すると源さんは心底面倒そうに、顔をしかめて頭を掻いた。


「……まあ、あるっちゃあるさ。2件と、半分だ」


 ……半分? 半分はどういうことなのか、俺は黙って言葉の続きを待つことにした。


「まず、怪盗ステラ・エトワールってのがここ2、3日。この辺でしょぼい盗みを働いては、俺たちへの挑戦状みたいにわざわざカードを置いていってる」


 なるほど。七海のフライパンを盗んだバカ怪盗は活動を始めて日が浅いらしい。その割には派手に暴れまわっているから、警察に捕まるのも時間の問題だろう。

 捕まってしまうと、民間所持の禁止されているアーティファクトは回収できなくなる。依頼料のためにも早く見つけないとな。


「しょぼい盗みって、警察がその言い方はどうかと思うぜ源さん」

「実際、これがしょぼいんだよ。ムーンストリート商店街の奥に、外国雑貨の店があるだろ? そこから古いルーペを根こそぎ……って言っても6個だけど、盗っていったんだと」

「確かに。怪盗のやることって感じじゃないな」


 ムーンストリート商店街。北園寺駅の大通りから一本入った歩行者専用の通り。どこか懐かしい古びた看板と、洒落た雑貨屋やカフェが混ざり合う、外から遊びに来る客が多い商店街だ。観光地ほど気取ってはいないが、歩いているだけで北園寺の魅力がじんわり伝わってくる場所でもある。


「ほかにも、公園裏のたい焼き屋から、たい焼き用の鉄板も盗んでいった。そんなもん盗んでどうするんかね」

「……たい焼きを、焼く以外には何も思いつかないな。金に換えられるものでもないし」


 バカなんだろうな、ステラ・エトワールも。

 もしかすると七海以上に。


「二つ目はもっとしょうもない。北園寺周辺の警察や大型の商業施設宛に、名刺みたいにカードだけ郵送してきた自称怪盗がいるんだ。今のところ何も悪さはしてないようだが、念のため郵便局に照会かけたら静岡から送られてきてるんだと」


 そっちは知らない怪盗だな。

 わざわざ静岡から送り、投函されたポストから足がつかないようにしている辺り、用意周到だ。こちらはステラ・エトワールと違って警戒する必要がありそうだ。


「一応見るか? そのカード。ちょっと待てよ……あった、これだ」


 源さんがデスクの引き出しを乱暴に漁り、厚い手でカードをつまみ出して俺に渡してくる。年季の入った節だらけの手には、交番勤務一筋で過ごしてきた時間が滲んでいる。


 渡されたカードを裏返すと、丸みのある青い文字が綴られていた。


『怪盗マリンランタン、北園寺に参上!』


 買いかぶりだったかもしれない。こっちもバカそうな文だ。

 現代の怪盗というのは、どいつもこいつもこの程度。そう簡単に怪盗専門の探偵までお鉢が回ってくるような案件が見つかったら事務所の存続危機にまで至ってはいない。


「……ん?」


 マリン、ランタンだと?

 マリンは海、ランタンはキャンプなんかで使うアウトドア用の灯具で__


 七海灯ななみとまりじゃねーか!!

 なんで本名と繋がるような怪盗名を名乗るんだよ! どういう神経してたらそれでやっていけると考えられるんだよ!


 頭を抱えそうになるのを必死で堪え、平静を装う。

 源さんに気取られれば、俺の貴重な金づる__大怪盗候補生を失うことになる。


「なるほど。わざわざ静岡まで行って予告状……にもなってないか。カードを郵送するなんて、なかなか用心深い怪盗のようだ。近頃珍しいな。な? 源さん」

「お、おう。急にどうした?」

「なんでもねーよ。久しぶりのまともな怪盗だからな! 武者震いってやつだ。いやー、腕がなるなー」


 これ以上この話はまずい。源さんは存外鋭いからな。

 静岡までわざわざ行った用心深い怪盗、そういうことにしておかなければ。

 確認していないものの単純に七海が以前住んでいたところが静岡なのだろうが、これは七海を知らなければ考えつきづらい可能性だ。七海のアホさ加減が今回ばかりは味方してくれた。


「それで、もう半分の話ってのは? 2件と半分って言ってただろう」

「ん、ああ……そうだ、もう半分な。ちょうどいい。お前も手伝ってくれ。情報料代わりだ」


 源さんは濃い顔をさらに濃縮したみたいに歪めて、にいっと笑った。

 面倒ごとを押し付けられる未来がはっきり見えるが、情報料代わりと言われれば断れない。普段どれだけ助けられているかを考えればなおさらだ。


「まあ、そういやな顔すんなって。美人の頼みだぞ」

「はあ……別に美人なんか1丁目の方で見慣れてるから何でもいいよ。で、何を手伝えって?」


 北園寺本町1丁目__キャバクラやガールズバーが密集している歓楽街だ。夜になれば、派手なドレスの嬢たちが客引きと笑い声の間を抜けて歩く、あの界隈。確かに、美人は見慣れてる。


「猫探しだ。お前みたいな探偵見習いのガキにはぴったりだろ」

「見習いじゃねえよ。カドクラ探偵事務所の所長は今俺だ」


 いつまでもガキ扱いしやがって。これでも怪盗は既に4人捕まえてるんだぞ。それ、源さんだって知ってるはずなのに。


「探すのはこいつ。ロシアンブルーのシェルナちゃん、メスの2歳だ。飼い主の佐藤さん曰く、怪盗に連れ去られたかもしれないんだと」


 写真を先ほどと同じ引き出しから出して押し付けるように渡す。

 一通り見て返そうとすると手のひらを向けて制された。くれてやるってか。


「それは、単に迷子なんじゃねえか?」

「俺もそう思う。だが探偵見習い、怪盗の仕業じゃないって言いきれるか?」


 言い切りはしないが……。

 飼い主が冷静さを失い、「怪盗の仕業かもしれない」なんて飛躍しただけだろう。この北園寺は今でこそ平和だが、昔は怪盗の巣窟として名が通っていた時期もある。それがいまだ尾を引いている。


「でも、ロシアンブルーなんてこの辺じゃ見たことないぞ」

「家猫だったんだろうなあ……お、ちょうどいいところに。佐藤さーん! こいつが手伝ってくれるって」


 源さんは慌ててタバコをもみ消し、俺の肩越しに大きく声を張った。

 振り返ると――そこにいたのは、確かに美人だった。


 長い脚、整った輪郭、涼しげなのにどこか柔らかい目元。少しばかり俺より大人の雰囲気を纏い、モデル雑誌からそのまま歩いてきたような美貌に、一瞬だけ俺は見惚れそうになった。


「__へ?手伝う?」


 佐藤さんはきょとんとした表情で、俺たちを見比べた。

 仕方ない、源さんの頼みでもあるし……猫探しぐらい、さくっと片付けてやるか。


「はじめまして、佐藤さん。カドクラ探偵事務所、所長の如月真守きさらぎまもるです。シェルナちゃんの捜索、この如月にお任せあれ」


 恭しく一礼。

 そう、これは源さんの頼みだから仕方なく受けたのであって断じてやましい気持ちはないのだ。


「カドクラ……門倉秀樹探偵の事務所ですの!? シェルナのこと、よろしくおねがいします!」


 まただ。

 彼女の眼には、目の前にいるはずの俺は見えていない。

 もう落ち込むことはなくなったが、いつまで経ってもこの街の人にとっての俺は、門倉秀樹の弟子でしかないのだ。


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