第29話 思い出とフェイクの境界線
七海が北園寺に来た目的、それは"東海の黒い霧"と呼ばれた大怪盗フィクティオの足取りを探ること。その為にフィクティオの狙いそうなアーティファクトがまだ残っている可能性が高い街に潜伏すること。
なるほど。
前回、怪盗ステラ・エトワールの時には一時的に協力関係だったわけだが、そもそもステラ・エトワールが七海のアーティファクトを盗んだ相手だったに過ぎない。
七海と、もとい、怪盗マリンランタンとどれほどこの先協力できるのかは未知数だ。
「如月さんでも知りませんか、北園寺に残された強力なアーティファクト」
「ああ、知らないな」
だから、ありさのことを知られるわけにはいかない。
どこまでいってもこいつは怪盗なんだ。自分の目的のために何をするか、わかったものじゃない。
「じゃあ、そんなものないのかも知れませんね。わたしにしては、よく考えた方だと思いません?」
「まあな……」
なんでそれを考えるときだけバカじゃなかったのか、神様を呪いたくなるな。
「ま、いいや。フィクティオのこと、何か分かったら教えてください」
「……高くつくぞ、その依頼料は」
「やっぱりそうですよねえ。さすがに危ない依頼ですから」
あくまでも軽い口調を崩さない七海に、薄ら寒さすら感じてくる。
あの事件の被害者で、ここまでわざわざ探しに来ているんだ。相当な恨み・憎しみを抱えているはずなのに。
「それで、本題なんですけど」
「本題?」
「はい、地元で似たようなことがあったって話」
そういえば、その話だったな。
冷静になれ、如月真守。俺が言わなきゃ、ありさが戦慄のアーティファクトだってことは知りようがないんだ。
「フィクティオの事件がある1ヶ月前くらいから、わたしの村で、少しずつ様子のおかしい人が増えていったんです」
「様子のおかしい人?」
「はい。いつも赤みそしか買わない人が、白みそを買うようになったり。タバコを吸わない人が急に吸うようになったり。急に筋トレにハマった人もいました」
それは……まあ、そういうこともあるんじゃないか。
少なくとも、様子がおかしいなんて言われるような言動じゃないぞ。
「そのひとつひとつは、別になんでもないことなんですけどね。でも、10年経った今でもよーく覚えてます。だって、そういう変化があった人達、みんなフィクティオの協力者として逮捕されましたから」
「__は?」
それは、それはつまり……
「如月さんなら分かりますよね。わたしが何を言いたいか」
「フィクティオは、人を操るアーティファクトを持っている。そして、そのアーティファクトの性能__何人同時に操れるか、どんな行動まで取らせられるのか、どれくらいの時間操ったままでいられるのか、そういった詳細な条件を、村で事前に実験していた」
「そういうことです」
そして、これが地元で起きた似たような話だと、こいつが言うということはだ。
ここ最近ありさに感じていた違和感も、このフィクティオの実験のようなものかもしれないと、そういうことか……?
一つ目の違和感は、ピックがティアドロップ形に変わっていたあの日。
ありさはずっとトライアングル形を使っていた。それは単に、3点で弾ける方が、1点のみのティアドロップよりも長持ちするという、貧乏な孤児院生活の名残だが、それでもありさの拘りだったはずだ。
二つ目の違和感は、伊藤優悟を尾行したあの日につけていたネコミミだ。本人も途中で捨てていたが、そもそもあんなものを付けるようなやつじゃない。ありさは昔から、大人びたものが好きで、ああいうのには例えファンサービスでも手を出さなかったはずだ。
そして今日のネイルアート。ギタリストとして致命的なまでにゴテゴテした装飾を、現実主義者のありさがするとは、到底思えない。
「まあ、わたしがちょっと思っただけですから。如月さんの方がありさちゃんのことは詳しいでしょうし、気のせいだと思いますよ」
急に黙り込んだ俺を見かねて、七海が笑い飛ばそうとするが、もう俺はそれどころではなかった。
「いや、俺から見ても……おかしいところだらけだ」
そして興味深いヒントもある。
ネコミミの時だ。俺と合流した時には付けていたが、尾行途中に捨てていた。
あれはもしかすると、操っていられる制限時間が来て、素に戻ったありさが捨てたんじゃないのか……?
確かネコミミはファンからもらったとありさは言っていたが、それすら本当なのか分からないな。
操られて言ったことかもしれない。
「ちょっと出かけてくる」
俺は乱暴に鹿撃帽をラックからもぎり取り、七海に背を向けた。
「え、ちょっと。ありさちゃんなら電話かけたらいいじゃないですか。外暑いですよ」
「ありさに会うわけじゃない。それに暑いくらいがちょうどいいさ、肝が冷えたからな」
「ええ……」
困惑する七海を置き去りにして、俺は事務所を飛び出した。
外に出た瞬間、熱気が一気に肌にまとわりついた。
アスファルトの照り返しが強く、肺に入る空気まで生ぬるい。
だが、不思議と足取りは軽かった。
頭の中で、考えが一本の線にまとまりつつあったからだ。
ありさにネコミミを渡した人間が、一番怪しい。
ちょっとでも、NEON RIOTとしてのアリサだけでも、ありさのことを知っていればそんなプレゼントチョイスにはならないはずだ。
__ありさは、今現在“操られている側”の可能性がある。
なら、本人の証言はどこまで信用できるか分からない。
マユミさんは今日、俺が瞬間移動させられた先で出会った。
偶然の可能性も高いが、怪盗アリスを名乗る人物が挑発してきた直後だ。
疑うなという方が無理だろう。
リオは、伊藤と俺が瞬間移動を喰らったあの日。
そもそもあの尾行をセッティングした人物とみることもできる。
それだけならともかく、ありさがネコミミをつけて現れたのもあの日だ。
こちらも偶然かもしれないが、不穏な要素が多すぎる。
……つまり。
今、NEON RIOTのことを、一番“歪みのない位置”で訊ける人物は誰だ?
答えは、ひとつしかなかった。
「……キョウカ、か」
NEON RIOTのキーボード。
ファンからは「看守様」なんて呼ばれているが、あの呼び名の由来も、俺はまだよく知らない。
問題は、どうやって接触するかだ。
直接会えば、ありさに知られる。
マユミさんやリオを経由するのも、今は避けたい。
なら――
「情報屋に相談するしかないな。俺の使える情報屋は限られるわけだが」
レンガ通りに入ると、見慣れた看板が視界に入った。
ネットカフェ。
この街で、アーティファクト絡みの噂が最も集まる場所。
そして、その最奥に住み着く男。
「……及川」
自動ドアが開き、乾いた冷気と、コーヒーとインスタント麺の匂いが鼻を突いた。
しかし想像以上にややこしいな。
今の段階では、怪盗アリスと、ありさの異変の原因となっているアーティファクトを、
一本の線で結びつけるだけの証拠はない。
瞬間移動という、派手で分かりやすい力。
こちらを見ていると誇示するような使い方。
ネット上で名乗りを上げ、わざわざ挑発してくる軽薄さ。
それが怪盗アリスだ。
一方で、ありさに起きている変化は、あまりにも静かだ。
本人ですら自覚しないほど些細で、
だが、確実に「らしくない」選択ばかりが積み重なっている。
ピック。
ネコミミ。
ネイルアート。
どれも致命的ではない。
だが、積み重なれば無視できない。
やり口が、違いすぎる。
同じ人間がやっているにしては、温度差がある。
別人が関わっていると考える方が、論理としては自然だ。
――それでも。
探偵としての勘は、そうは言っていなかった。
瞬間移動でこちらを翻弄しながら、
裏では、誰かを“少しずつ”動かしている。
派手な右手と、静かな左手。
表に出るアーティファクトと、裏で使われるアーティファクト。
怪盗アリスが使っているのは、ひとつじゃない。
怪盗アリスの使う、二種類のアーティファクト。
それが今の俺に出せる、証拠のない、勘だけの結論だった。
「……まずは、キョウカに会う方法だな」
俺は会員証を取り出し、受付に差し出した。




