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インサイダー幕引き 〜ダメ怪盗の少女と、名探偵の街〜  作者: 日高 純
第二章 ダメ怪盗アリスの歪んだ恋慕
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第25話 挑発とノイズの学園

 北園寺レンガ通りのネットカフェ、共有のドリンクバースペースに移動し、及川との話は新たな局面を見せていた。


「なるほど、瞬間移動でござるか」

「ああ、異世界転移でもタイムリープでもなかったみたいだぜ、例のアーティファクト」


 及川が以前気にかけていたSNS上の書き込み、その正体と思われる体験をしたのだ。

 知りたがっていたから教えたのもあるが、こいつなら何か手がかりを調べられるのではと踏んで、詳細に話をすることにした。


「まだ、真守殿の記憶が失われて元の世界線に戻ってきたという可能性が捨てきれないでござるな」

「さすがに捨ててくれ。いや、捨てなくてもいいから一旦瞬間移動の線で考えてくれ」


 ホンモノのオタクとやらに変なスイッチを入れられて熱弁されても適わないので、適当に話を合わせつつだ。


「仕方ないでござるな。ロマンのない話でござるが」

「お、おう。すまない」


 露骨に冷める及川。

 瞬間移動でも十分にロマンはありそうなものだが、及川を理解するのはかなり前に諦めている。


「それで、真守殿はどこからどこへ飛んだのでござるか?」

「ああ、北園寺駅の南北連絡通路、その南側くらいから、ボスケ北園寺のあたりだ」


 それから俺は、飛ばされるまでの経緯__ありさと共に浮気調査の尾行をしていたこと、駅に近づいたあたりから視線を感じていたこと、伊藤が先に飛ばされたことを順に話していった。


 及川はわざとらしく顎に手を当て、ふむふむと聞いていたが、俺の説明が一通り終わりしばらくすると、徐に口を開いた。


「念のための確認でござるが、真守殿はずっと道路を歩いていたのでござるな?」

「ん? どういう意味だ、それは」

「空を飛んだり、駅舎の屋根に登ったりはしていないのでござるな?」

「当たり前だろ。マリンランタンじゃないんだぞ、俺は」


 あいつなら、駅舎を丸々パルクールで飛び越えていくかもしれないが、常識的にも能力的にも、俺にできることじゃない。


「念のためでござる。そうなると、面白いことが起こっているでござるな」

「面白いこと……?」


 さっき一度冷めたくせに、語らせ始めてしまえば及川はノリノリだった。

 やけにもったいつけるように話す。


「視線を感じていたなら、アーティファクトの使用者は真守殿を見ていたのでござろう。直接見て、真守殿を、瞬間移動させると決めてアーティファクトを起動したのでござる」

「ああ、そうだな」

「では、"どこに"飛ばすかはどう指定したのでござろうな。連絡通路からボスケ北園寺は見えないはずでござる」

「__っ! たしかにそうだ」


 及川に話して正解だったな。

 たしかに、今回相手にしている瞬間移動のアーティファクトは、そういう切り口で見ることができる。


「アニメやマンガでも、あんまりないパターンでござるな。瞬間移動の能力者は、飛ぶ先が見えている範囲か、あるいは事前にマーキングした場所であるのが通例でござるゆえ」

「アニメの話は詳しくねえが、マーキングってのはつまりあれか? ボスケ北園寺の方に事前になんかの仕込みがしてあるってことだな?」

「さすが真守殿、よく分かっているでござるな」


 こいつに分かっていると言われると、なんだか無性に否定したくなるな。


「他には? この際、アニメの話でもいい。他にこの状況で考えられることはねえか?」

「それはやはり異世界転__」

「それ以外でだ」

「じゃあ、ないでござる」


 ない、か……。

 ジャンルが偏っているとはいえ、俺にない知識を持っている及川に、ちょっとは期待したんだがな。


「使われた時の情報が完全に揃っているのが、真守殿の話だけでござるゆえ、法則性も考えようがないでござるな」

「まあ、そうだよな。ちょっと情報探ってみるか」


 まずは伊藤に……と思ったが直接は聞けないんだったな。浮気調査の対象だった。

 リオ経由で少し聞いてもらうか。


 及川に礼を言って立ち去ろうとすると、背中越しに一言、声がかかった。


「真守殿、ご用心を。最近の北園寺は、大半が自称とはいえ怪盗事件が多すぎるでござる」

「おう、サンキューな」


 俺は、その言葉に振り返らず、右手を軽くあげるだけで返した。


 ……師匠が死んで、後継の俺が舐められてるのかもな。




 それから二日後の、午前九時過ぎ。

 北園寺の街はすっかり平日の顔に戻っていて、事務所の窓から見える通りも、どこか落ち着いた空気をしていた。


 今日は珍しく、事務所に俺ひとりだ。

 正確には、シェルナが一匹いるが。


 ソファの背もたれに前脚を引っかけ、あくびを噛み殺すように口を開けるその姿を見て、俺はふと思い出す。


 ――ああ、七海は今日バイトだって言ってたな。


 いつもなら、この時間には勝手にドアを開けて入ってきて、シェルナを構い倒して、騒がしい朝になる。

 それがないだけで、事務所は驚くほど静かだった。


「……久しぶりだな、こういうの」


 誰に聞かせるでもなく、独りごちる。


 俺はキッチンに立ち、コーヒーを淹れ始めた。

 豆は特別なものじゃない。安物だ。

 それでも、師匠が生前よくやっていた手順を、記憶の中からなぞる。


 湯を沸かし、粉を量り、ゆっくりと注ぐ。

 別に味が分かるわけでもないのに、無駄に時間をかけるのがポイントだ。


 マグカップを手にデスクへ戻り、棚から一冊の本を抜き取る。

 英書だ。

 正直に言えば、半分も理解できていない。


 それでもいい。

 師匠は、分からない本でも平然とページをめくっていた。

 意味があるかどうかより、「そういう姿勢」が大事なんだと、勝手に解釈している。


 椅子に腰を下ろし、コーヒーを一口啜る。


「……苦いな」


 小さく顔をしかめるが、砂糖もミルクも入れない。

 ここで妥協したら負けだ。誰との勝負かは知らないが。


 ふと、視界の端に置いてあった鹿撃帽が目に入る。


 ……誰もいないしな。


 俺は手に取り、何の意味もなく頭に被った。

 室内で帽子。完全に無駄だ。

 だが、鏡に映る自分を見て、ほんの少しだけ満足する。


 師匠なら、こんなことはしない。

 だからこそ、これは俺の時間だ。


 英書を開き、意味も分からない文章を目で追う。

 コーヒーをもう一口飲み、足を組み替える。


 完璧だ。

 静かで、落ち着いていて、探偵事務所らしい朝。


 シェルナが「にゃあ」と短く鳴き、俺の足元に擦り寄ってくる。


「お前も、今日は静かだな」


 頭を撫でてやると、満足そうに喉を鳴らした。


 ――こういう時間が、ずっと続けばいい。

 一瞬、そんなことを考えてしまう。


 だが。


 この街が、俺にそんな優雅さを許すはずがないことを、俺はよく知っていた。


 鹿撃帽しかうちぼうのつばを、指で軽く押さえる。


「……まあ、少しくらいはいいだろ」


 そう言い訳するように呟き、俺は再び本に視線を落とした。


 まさにその次の瞬間だった。


 視界が瞬く間に真っ白に染まっていく。ああ、例の瞬間移動だ。

 ……わずか2回目なのに、冷静に受け止めているあたり、ありさの言う化け物は正しい評なんだろうな。




 視界が戻り、すぐに辺りを見回すと、今度も北園寺から出てはいないようだ。


 居並ぶ店の数々から、北園寺駅からかなり西のエリア。洋菓子屋の激戦区で知られる宝永ほうえい通りから、数歩路地裏に入った場所のようだ。

 開店前の店から、甘い香りが漂ってくる。


「……事務所からの距離でいえば、今度も約300メートルってとこだな」


 大した距離が飛ばせないって推測は、当たっていそうだ。


 それよりも、だ。

 辺りを見回しても何事もないとなると、この瞬間移動は単に怪盗アリスからの挑発、嫌がらせってことになるんだろうが、昨日の及川の話と合わせれば、かなり新しい情報の手に入った移動だな。


 事務所にいたのは俺と、副所長のシェルナだけだ。

 ブラインドもしてあったし、視線も感じていない。

 __つまり、だ。


「飛ばす先どころか、飛ばす相手も見えてる必要はねえってことだな」


 こいつはかなり厄介なアーティファクトだ。

 あまりにも便利すぎる。


「しかし、これ。太平洋の真ん中とまでいかずとも、車通りの多い道路に飛ばされても、俺じゃなかったら死ぬぞ」


 死ぬこと以外は掠り傷にしてくれる愛帽の鹿撃帽が一緒に飛んできていることを、右手でそっと触って確かめる。解決までは肌身離さない方がよさそうだ。


 そして、もう一つ大事な点。

 伊藤の尾行をしていた一昨日の俺は、Tシャツにジーンズという、何の変哲もない恰好をしていたはずだ。今の俺のように、スーツに鹿撃帽といった探偵丸出しの服装じゃなかった。

 怪盗アリスこと視線の主は、その姿しか見ていないのに、どうしてネットで挑戦状を叩きつけた相手がカドクラ探偵事務所の俺だと分かったんだ……?


 考えたくはないが、俺のことを知っている人間__身内に怪盗アリスがいると考えるのが一番自然な推理になるよな。


 目的もなくフラフラと宝永通りを歩きながら、急に飛び込んできた情報の洪水をひとつず咀嚼していると、ふと水色の塀に囲まれた大きな敷地に、落ち着いたグレーの建物が見えてきた。


 私立島崎学園。ありさの通う中高一貫の女子校だ。


「そういえば、この辺だったな」


 ありさは、こんな立派な学校に通わせてもらえるような家に引き取られたんだよな。

 俺みたいな問題児じゃなかったし、賢くて優しい子だったから、神様も見てたのかもな。


 そんな感傷に浸りながらしばらく校舎を見上げていたが、傍から見たら女子校を見つめる不審者だなと思い至り、その場を離れようと踵を返す。


「あれ? 如月さんですよね。どうしたんですか?」


 唐突に名前を呼ばれ、振り返るとそこにいたのは、NEON RIOTのベーシスト・マユミさんだった。

 ノースリーブのニットにチェックスカートの制服姿は、ライブの時のギラついた輝きはなく、ただただ普通の学生のようだ。


 __このタイミングで現れたことを除けば、な。


「あ、いえ……ちょっと散歩をしていたら島崎が目に入って、ありさの学校だなと思って見ていただけです。マユミさんこそ、遅い登校ですね」

「試験期間なので、わたし達高校生は選択科目によっては遅く登校できるんです。中学のありさはもう教室にいると思いますけど」


 なるほど。

 俺はそういう学校事情には全く詳しくないが、一旦信じてもいいな。仮に嘘でも、ありさに確認すれば一発で分かることだ。


 とにかく、マユミさんと出会ったのはまったくの偶然だと、怪盗アリスとも瞬間移動とも無関係なんだと、俺に信じさせてくれ。

 ありさの周りに怪盗がいるなんて、考えたくはないんだ。


「そういえば、ありさから聞いたんですけど。如月さんって探偵をされているんですってね」

「……ええ、まあ。一応」


 なあ、マユミさん__なぜ、よりによって今、そんな意味深なことを言うんだ。




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