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インサイダー幕引き 〜ダメ怪盗の少女と、名探偵の街〜  作者: 日高 純
第二章 ダメ怪盗アリスの歪んだ恋慕
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第24話 狂気とジェラシーの名前

 NEON RIOTのライブはつつがなく進行していった。


 ファンの方も、若干変な客層だなとは思うものの、そういう個性のバンドなんだろうと思える範疇だ。

 その辺りは不勉強なので、今度及川にでも聞いてみようと思う。


「女王様ーっ!」

「ママーっ!!」


 ……本当に若干か? これは。

 ちなみに、聞いているうちに分かったことだが、ママと呼ばれてるのはマユミさんだ。

 変な呼び方なのがありさだけじゃないのは少し安心したが、それを補って余りあるほどのインパクトだ。他のメンバーにも、きっとろくでも呼び方があるのだろう。知りたくはないが。


 ステージにもフロアにも不審な動きがないので、一応警戒は続けながら、思考の整理に入る。

 演奏は爆音そのものだが、技術的には高水準にあるのだろう。ボーカルが聞き慣れたありさの声なのも手伝ってか、思考のノイズにはならずに済んでいる。


 瞬間移動のアーティファクトには、いくつか不思議な点があった。


 まず、移動距離だ。

 リオの彼氏、今日の俺の尾行対象である伊藤優悟いとうゆうごが、俺の目の前で瞬間移動させられた。そして今、伊藤はフロア前方にいる。


 次に俺が強制的に飛ばされた。北園寺駅の南北連絡通路あたりから、ショッピングモール・ボスケ北園寺付近まで。直線距離にすると300メートル程度だ。


 つまり、大した距離は飛ばせないと考えていい。

 距離に制限がないなら、俺を太平洋の真ん中にでも飛ばせば、確実に始末できていたはずだ。


 次に不思議なのは、伊藤と俺を飛ばしたタイミングだ。伊藤が飛ばされたのは花屋での買い物中、俺が飛ばされたのは、更にそのしばらく後だ。


 伊藤と俺の間の時間はまだ分かる。単にそれだけ瞬間移動にはインターバルがあると考えられる。

 だが、伊藤が飛ばされたのがそもそも、俺が視線を感じ始めてからだいぶあとの出来事だ。

 加えて言えば、なぜ伊藤が先だったのかも疑問が残る。あの視線は確実に、俺かありさを監視するものだったはずだ。


 瞬間移動のアーティファクトには何か使用条件があって、その条件が影響してると考えるのが自然か。だとすれば__


「看守様ーっ!」


 __うるっせえな。

 本当に捕まってくれ気持ち悪い。音楽は聴き流せても、ファンの激ヤバ呼称がスルーできなくてダメだ。


 この後もファンからメンバーへのおぞましい呼び方が邪魔して、何も考えがまとまらなかった。

 唯一わかったのは、看守様とはキーボードのキョウカさんだってことだけだった。




 ライブが終わり、フロアの客が引き上げていく。

 俺はどこまでありさ周辺の監視をすべきか悩んだが、この辺で引き上げることにした。


 たいして遅い時間じゃないし、7月の空はまだ明るかった。

 家まで送れば安全とも限らないし、家に着いたらそこから先は俺にはどうにもできない。


 そして何より、狙われているのは俺だという可能性の方が高い。それならかえって俺が近くにいることが逆効果になる。


 いや、いろいろ言い訳してみたが結局俺がありさを怒らせたから、顔を合わせるのが気まずいだけだな。


 それならせめて伊藤の尾行を続けてみるかとも思ったが、ライブの終わりにリオと仲睦まじげに話していたし、一緒に帰るのだろう。そうなれば浮気調査としては、尾行に意味はない。


 行く宛をなくした俺は、及川のところにでも寄って、あいつが気にしていたアーティファクトの話でもしてやろうと、レンガ通りに向けて歩き出した。

 また何かネット上で発見しているかもしれないし、今は少しでも情報がほしい。騒がしいライブの後には、ネットカフェくらい静かな場所が、俺には丁度いい。




「あ、如月さんじゃないですか。何してるんです? こんなところで」


 静かな場所が丁度いい、なんて言ったのがいけなかったのだろう。

 ……言ったそばから、騒々しさの権化・七海につかまった。


 レンガ通りのネットカフェ前で声をかけられ、振り向いた瞬間、まず違和感があった。


「……何だ、その顔」

「失礼ですね。顔は元からです」


 七海はそう言って、むっと頬を膨らませる。


 Tシャツにショートパンツという、いつも通りの軽装。

 だが――今日はそれに、黒縁の伊達メガネが加わっていた。やけに主張のあるフレームで、度が入っている気配はない。


「……目、悪かったか?」

「そこからですか」


 七海が、がっくりと肩を落とす。


「違いますよ。これは伊達メガネです」

「伊達?」

「そう。東京のオシャレってやつです」


 自信満々に言われても、俺にはよく分からない。

 東京のオシャレというなら、もっと高そうな服とか、変な色の髪とか、そういうものじゃないのか。


「……そうか」


 とりあえず相槌を打つと、七海がじっとこちらを見つめてきた。

 期待に満ちた目。何かを待っている目。シェルナが俺に餌をねだる時の目だ。

 どう返すのが正解なのか分からず、俺は視線を逸らす。


「それで、何か用か?」

「…………」


 七海は数秒黙り込んだまま、俺の顔を凝視していたが、やがて深いため息をついた。

「如月さん」

「なんだ」

「今の流れで、何も言わないのはどうかと思います」

「何をだ?」

「この! 伊達メガネ!」


 七海はわざわざ両手でフレームをつまみ、強調する。

「さっきからずっと、コメント待ちだったんですけど」

「コメント……?」

「似合ってるとか、雰囲気変わったねとか、かわいいとか!」


 最後は少し声を張り上げて言った。

 周囲の通行人がちらっとこちらを見る。


「お前な……」


 そんな大声で言うことか。

 七海はむっとしながらも、どこか楽しそうだ。


「女の子はですね、変化を見せたらリアクションがほしい生き物なんですよ」

「そういうものか?」

「そういうものです」


 即答だった。


「なのに如月さんは、伊達メガネという大イベントを完全スルー」


 腕を組み、じっと睨んでくる。


「女の子の変化に鈍感なのはいけませんねー。そんなんじゃモテませんよ、如月さん」

「余計なお世話だ」


 そう返すと、七海はくすっと笑った。


「でも」


 一歩だけ距離を詰めてくる。


「元気そうでよかったです。如月さん、さっきオーラが完全に死んでましたからね」


 悪戯っぽく、少しだけ柔らかい声。


「まるで彼女にフラれでもしたみたいでしたよ。彼女いないくせに」

「うるせえ。お前も彼氏いないだろ」

「わたしはその気になれば、彼氏のひとりや二人、すぐできますー」

「二人できるのはそれはそれで問題だろ」


 しかしこいつの言う通りだ。

 実際バカと話すと少し気が晴れた気がする。


「じゃ。わたしちゃんと教えてあげましたからね」

「何をだよ」

「女の子を見るときは、ちゃんと“今”を見なきゃダメ、ってことを」


 そう言って、七海は自分の伊達メガネを指で押し上げた。


「次はちゃんと気づいてくださいね?」


 その笑顔は、ありさのステージ上のカリスマとはまるで違う。

 日常の距離で、無遠慮な――七海らしいものだった。


 ……確かに。

 次は、少し時間を置いたら、聞いてみてもいいかもしれないな。最近のありさの、ちょっとした変化について。




 ちょっとした横やりが入ったが、北園寺レンガ通りのネットカフェにたどり着く。

 自動ドアが開いた瞬間から、マンガ本のインクと、パソコンのファンからの排気が入り混じった独特の匂いが冷気の逆流とともに浴びせられる。


 受付で会員証を提示し、軽く会釈すると店員は何も言わず、奥を指さした。

 ……どの店員もこのリアクションだが、及川の存在はこの店の業務マニュアルに組み込まれてるのか?


 並んだ個室ブースの、最奥へと一直線に進む。


「よう、及川」


 声をかけるとピクッと及川の肩が跳ね、その病的に青白い顔を振り返らせた。


「これはこれは真守殿。いいところに来たでござるな」

「いいところ?」


 こいつの価値観で、だよな。

 嫌な予感しかしないが。


「怪盗の書き込みでござるぞ。ほら、このネオンライオット板でござる」

「板? 掲示板ってやつか」


 及川の指し示す画面を覗き込むと、確かに"怪盗"の二文字がすぐに目についた。


『赤の女王様に近づくウジ虫が。ナイト気取りもそこまでだ。オレと勝負しろ。__怪盗アリス』


 怪盗アリス、それがお前の名前か。視線の主め。

 俺に挑戦状とはなかなかいい度胸だ。


「真守殿に説明しておくと、ネオンライオットで女王様というのは、ありさ殿のことでござる」

「知ってる。今日ライブで聞いたんだ。知りたくはなかったけどな……」

「あー……ご愁傷様でござるな。ありさ殿は、お変わりなく?」


 及川は気まずそうに話題を逸らした。

 そういえばありさは、昔よく及川から使わなくなったゲーム機を貰ったりしていたな。


「ん、まあ相変わらずだよ。しかし赤の女王とは、なかなか皮肉な名づけじゃねえか。まさに今日、止まるためには全力で走り続けなきゃいけない思いをしてきたところだ」

「ほう、赤の女王仮説というやつですな。種の存続には継続的な進化が必要という説を、鏡の国のアリスになぞらえた論説でござる」

「……及川、お前そういうのは詳しいよな」


 外に出ることは知らないのに、とは言わないでおいた。

 こいつにはこれから手伝って貰わなくちゃいけないことがあるからな。


「オタクとして当然でござる。それがしは、昨今の知識も熱量もない自称オタクとは違う、ホンモノのオタクでござるからな」

「そ、そうか……さすがだな」


 探偵や怪盗だけじゃなく、オタクも今時のやつはダメらしい。

 よくわからんが、どこも大変なんだな。



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