第23話 迷路とノイローゼの公演
「ここは……どこだ?」
俺は北園寺駅付近でありさを先に逃がし、連絡通路のあたりで怪盗アリスを待ち構えていた__はずだったよな……?
「ありさは!? クソっ! どこだよここは!」
苛立ちを抑えきれずに叫ぶと、周囲の人々が怪訝そうに俺から距離を取っていく。
いや、ここがどこなのかは、正直に言えば分かっている。
ボスケ北園寺、北園寺駅の北西に位置するショッピングモールの前だ。元いた場所からそう離れてはいない。
「時間……時間は?」
混乱する頭を必死に叩き動かし、スマホを取り出す。
__15時58分。伊藤の尾行中、常に時間を気にしていたわけではないが、俺が意識を失ってから数秒か、長くても5分は経っていないはずだ。
冷静に、冷静に……。
自分に言い聞かせるようにして、胸を押さえて深呼吸する。
「交番に向かって、ありさと合流するのが最速だな」
時間がほとんど経っていないなら、ありさはまだ交番に向かって走っている可能性がある。今電話するのは悪手かもしれない。
俺はありさと源さんを信じて、人混みをかき分け交番を目指した。
交番に着くと、ありさがいち早く俺を見つけた。
「っ! 真守!」
隣には源さんもいる。
どうやらこっちは無事だったみたいだな。
ほっと胸を撫で下ろしたのもつかぬ間、ありさが胸に飛び込んできた。
一歩後ろによろめきながら受け止める。
「真守! 大丈夫だったの!? ねえ、もうやっぱり怪しい仕事はやめよう? あんな……人が消えるような仕事……っ!」
「落ち着けって。俺は消えてないだろ?」
涙目で見上げるありさの髪を撫で、宥めながら、だんだんと頭が冷えてくるのを感じる。
「源さん、アーティファクトを使ってるやつがいる」
「ああ、ありさちゃんから聞いたよ。人が消えるアーティファクトだな?」
「いや、そうじゃない。俺もさっき喰らって、なんとなく仕組みがわかった」
腕の中でありさが息を呑むのが感じられるが、無視して情報共有を続ける。
いつまた飛ばされるか分からないからな。
「ざっくり言えば瞬間移動だ。駅を潜る連絡通路付近から、ボスケ北園寺の方まで飛ばされた。って話だけで、警察も動けたりする?」
「無理だな、残念ながら」
だろうな。予想はしていたが、厳しい現実だ。
アーティファクト関連の事件が深刻化しがちな理由の1つがこれだ。
超常現象を引き起こすアーティファクトによる犯罪は、初期の段階では、イタズラ通報とほとんど見分けのつかない荒唐無稽な情報が、散発的に集まるだけなのだ。
ステラ・エトワールやマリンランタンのように予告状を出すタイプなら、その段階から警察も捜査を進められるが、そんなのは余程実力に自信のある怪盗か、余程のバカに限られる。
「俺個人が瞬間移動の通報を本気で受け取る。で、ヘボ探偵に共有する。そこが限界だな」
源さんが渋い顔で腕を組みながら言った。
「探偵見習いからヘボ探偵に昇格したんだな、俺」
「そういう約束の賭けだったろ、プラネタリウム人質事件」
源さんがニヤリと口角を上げ、俺も緊張の糸が解けてフッと笑いが漏れた。
「なに笑ってるわけ? 真守、あんたおかしいよ。本当に消されてたかもしれないんだよ!?」
俺の両肩をありさが思いっきり揺する。
そのはずみで彼女の頭から鹿撃帽がポトリと落ちた。
「まあ、慣れだよ慣れ。ありさに何事もなかったってことは、狙われてるのは俺って可能性の方が高いな。それだけはマジで良かった」
「よくない!! 真守、あんた……わたしを化け物にはしないって約束したクセに、あんたが化け物みたいになっちゃったわけ!?」
__ありさを化け物にはしない。俺が守る。
俺達の住んでいた孤児院を怪盗が襲撃した4年前のあの日、約束した言葉だ。
師匠に倒されたその怪盗が、警察に連行される間際、ありさに言ったのだ。
「化け物の娘」と。
「いいじゃねえか、俺のほうは化け物でも」
心から、本音でそう言った。
どうせ俺は、師匠と環境に恵まれただけの、ろくでなしだしな。
七海もそう言っていた。
「それに探偵の仕事をやってるんだ。アーティファクトにいちいちビビってられないんだよ。わかるだろ?」
宥めるよう、落ち着かせるよう、優しく言ったつもりだったが、ありさはお気に召さなかったようだった。
「あーそう! じゃあいい。わたしもう行くから」
そう言うと、わざわざ鹿撃帽を踏みつけてから、足早に交番から出ていこうとする。
「待てって。どこ行く気だよ」
「ライブハウス。そろそろリハだから」
「は? お前、狙われたの俺っぽいってだけで、まだありさが安全だと決まったわけじゃ__」
「それがバンドの仕事なの!」
ありさは目を見開いて言い放つと、そのままズカズカと出ていってしまった。
「なんじゃそりゃ……」
残された俺が呆けていると、成行きを見守っていた源さんが口を開いた。
「なんつーか……やっぱり兄妹だな、お前ら」
「え、俺あいつと似てます?」
「そっくりだぞ、うん」
あいつより、よっぽど理性的なつもりなんだが。心外だな。
本来的に、尾行対象に接近するのは悪手中の悪手である。
しかし、こうなってしまっては来ざるを得ないのだ。
「やっぱり伊藤のやつ、並んでるよな」
あんなことがあった直後でも、ライブを強行するあのじゃじゃ馬娘の護衛をしなくてはいけないので、仕方なく俺もNEON RIOTのライブを観ることになる。
なるべく人の影に隠れ、何食わぬ顔で俺も並ぶ。
不幸中の幸いは、今日は七海がいないことだ。
あれに話しかけられたら隠密行動も何もあったものじゃない。
しばらく息を潜めて待つと、入場列がゆっくりと動き始めた。
地下に設けられたライブハウスの入口は相変わらず狭く、薄暗い。
外の蒸し暑さから一転、金属と汗とアルコールの匂いが混じった空気が、肺の奥まで入り込んでくる。
チケットをもぎられ、手首にスタンプを押される。
この時点で、客のテンションはもう一段階上がる。
――だが、俺は逆だ。
視線は低く、耳は周囲に向け、意識は一点に集中している。
ステージ前方。
NEON RIOTのファンが自然と集まる位置。
伊藤はそこに陣取っていた。
ライブTシャツにジーンズ。
さっき駅前で見たときは、制服だったが、鞄が変わっていないからどこかで着替えたのだろう。
制服だと目立つしな。
フロアはまだ開演前だというのに、すでに熱気がこもっている。
話し声、笑い声、グラスの触れ合う音。
俺は壁際に身を寄せ、柱の影から全体を見渡した。
人の流れ。立ち位置。
誰が誰と一緒に来ているか。
無意識にやってしまうのは、職業病だろう。
そして――
感じる。視線。
さっきから、確かにある。
伊藤じゃない。もっと粘ついた視線だ。
俺は顔を上げないまま、反射的にガラス越しの反射や、黒い床に映る影を拾う。
……いた。
チェックシャツ。ズボンにイン。頭にはバンダナ。
数日前にも列にいた男だ。あれは彼のなかで制服か何かなのか……? 他人のことを言える服装センスは、俺もしていないが。
位置は、やや後方。
ステージ全体が見渡せる、妙に都合のいい場所。
視線の先はまだステージにいない、ありさが立つはずの場所。
伊藤の尾行中に感じた視線とは全く別。
単にちょっとイタい系の、ファンの視線だ。
……ちょっと敏感になりすぎてるな。
悪いことじゃ、ないはずだと思うが。
そうこうしているうちにライブハウスの照明が一段落ち、フロアがざわめく。
SE代わりの音楽が止まり、拍手が起きる。
メンバーが、順にステージへ現れた。
ドラムのリオ。
ベースのマユミ。
キーボードは……キョウカ、という名前だったか。
最後に――
ギターを肩にかけた、ありさ。
赤を基調とした衣装。
照明を跳ね返すような存在感。
歓声が、一気に跳ね上がる。
「アリサ!」
「女王様ー!」
……女王様、ね。
まあ、高圧的でわがままなあいつには、ぴったりかもな。
ありさは、マイクの前に立つ。
一瞬だけ、客席を見渡し――
その視線が、ほんの一瞬、こちらを掠めた。
気づいたかどうかは分からない。
だが、確かに目が合った。
……落ち着いてるな。
少なくとも、表向きは。
「今日は来てくれてありがとう。ネオンライオットは、この北園寺から、全国に音を奏で響かせる。だから、しっかりついてきて!」
相変わらずぶっきらぼうで、だけど俺と話す時のような棘はない。
ステージの上のありさは、ただひたすらにクールなカリスマだった。
ステージライトを従えるように浴びる、スターの原石だ。
「わああーーっ!」
「女王様ーー!」
再びフロアから歓声があがる。
……1人の変なファンが言ったのかと思ってたが、けっこうな人数が女王様って言ってるな。
まさか公式なのか? これが?
怪盗だのアーティファクトだのは一度置いておいて、大丈夫なのかあいつ……このファン層で。
俺が戸惑いながらも、観客に不穏な動きがないか目を配らせていると、曲が始まった。
__轟音。
ドラムが空気を叩き、ギターが切り裂く。
フロアが揺れる。
全部解決したら、普通にステージを楽しみに来てもいいな。
そんなことを考えながらフロアとステージが両方視界に入るよう、立ち位置を少しだけずらした。
そういえばありさのやつ、今日はトライアングル形のピックに戻したんだな。
昔からそっちしか使ってなかった気がしていたが、この前のは何かの気まぐれだったのだろう。




