第20話 蜃気楼とネカフェの住人
「それで、マユミさん達は今日からしばらくこのライブハウスで活動を?」
「そうですね。如月さんもよかったら来てください」
NEON RIOTベーシストのマユミさんにサインを貰いながら、他愛もない会話をしていた。
背中には突き刺すようなありさの視線を感じながら。
「ありさの知り合いなんですよね?」
「ええ、まあ。そんなところです」
妹みたいな存在という言葉はあらぬ誤解を招くと、先日学習したばかりだ。
俺は曖昧に言葉を濁すことにした。
「ありさ、最近何か言ってませんでした?」
「何か、とは?」
「うーん、うまく言えないんですけど……ちょっと服の好みが変わった気がしたので」
それはまた、難しい質問だ。
季節に関係なく鹿撃帽を被り、インバネスコートを持ち歩く俺に、服の好みがどうのこうの言われてもまったく分からん。
さすがに暑すぎてコートは持ち歩くだけにするくらいの常識はあるが。
「ちょっと分からないです。連絡も頻繁に取るわけじゃないですし、ファッションにも疎いですしね」
「そうですか……」
「すいません、お力になれず」
「あ、いえいえ。そんなことは」
どうせ事務所は暇なんだから、もう少し気にかけてやってもいいんだが、あまり構っても本人からウザがられるからな。
「じゃあ、私はこれで。お忙しいところ、ありがとうございました」
マユミさんはじめ、他のメンバーへと恭しく一礼し、最後にありさへ軽く手をあげる。
「じゃあな、ありさ。……まあ、元気でやれよ」
「ふん。……真守みたいな危ないことしてるやつに言われたくないんだけど」
「それもそうだな」
苦笑で返し、ステージに背を向けた。
ライブハウスを出て、地上へと階段をあがると、開場時間前なのにもう待機列が形成されていた。
ロックバンドのファンというと、いかつい見た目の人ばかりかと思ったが、案外普通だな。
そればかりか、中にはチェックシャツをズボンにインして頭にハチマキを巻いた絶滅危惧種系テンプレオタクすらいる。
「あれ? 如月さん、まさか関係者としてリハーサル見てたんですか!? なんで誘ってくれないんですか!?」
「お前が関係者じゃないからだよ」
ついでに七海も並んでいた。
七海を放置し、俺はレンガ通りの方へと足を向けた。
向かう先は一つしかない。
及川克夫。
北園寺レンガ通りのネットカフェに住み着く男のもとだ。
そういえば、本当の家の場所は聞いたことはないな。
聞くまでもなく、いつでもここにいるから不都合はないが。
ガラス張りの自動ドアが開いた瞬間、外の蒸し暑さを忘れさせる、人工的に冷やされた乾いた冷気が肌に届いた。
だが、同時にどこか淀んでいる。
コーヒーの匂い。
インスタント麺。
紙とプラスチックと、人の生活が発する雑多な匂い。
――ここは、外界とは別の世界だ。
受付で会員証を提示し、軽く会釈する。
店員は何も言わず、奥を指さした。
説明はいらない。
及川は、だいたいいつも同じエリアにいる。
通路を進む。
パソコンのキーボードを叩く音。
動画の音声。
咳払い。
誰かの独り言。
個室ブースが並ぶ一角、その最奥。
「……いたな」
半開きのドア。
中から、低く唸るような声が聞こえてくる。
「……違う、そうじゃない……ああ、だからその角度は……」
覗くと、案の定だった。
モニターを三枚並べ、キーボードとマウスを占拠し、床には空のエナジードリンク缶。
足元には脱ぎ捨てられたサンダル。
及川克夫、二十五歳。
今日も元気に社会と断絶している。
「よう」
「っ!?」
声をかけた瞬間、肩が跳ねた。
椅子が軋み、勢いよく振り返る。
「ま、真守殿!? いつからそこに!?」
「今来た。三秒前くらいだ」
「心臓に悪いからやめてほしいでござる……」
及川は胸を押さえながら、深呼吸をする。
相変わらずの線の細い体に、どこか病的な目つき。
「で、何の用でござるか」
「情報料の支払いだ」
「ほう?」
及川の目が、わずかに光った。
手に入れてきたマユミさんのサインを手渡す
「ほほーう、さすが真守殿。仕事が早いでござるな」
「……世話になってるからな」
及川は、受け取ったサインを一通り眺めると椅子の下から、宝石でも入れるのかと思うような箱を取り出し、丁寧に収納する。
「……だけでござるか?」
「ん? 他になんか頼まれてたっけ」
「……はぁー、これだから非オタは」
なんか悪いことしたのか、俺。
こいつの話は時々、外国のアーティファクトの話でもしてるみたいに意味不明だ。
「マユミ様のサインが本命でござったけども、そういうのは普通メンバー全員貰うものでござるよ? 某への報酬云々も大いにありますけども、常識として」
「あー……うーん。まあ、確かに……?」
メンバー勢揃いの中、1人だけ貰うのもなんか失礼だったかなというのは、言われてみれば頷ける。
「NEON RIOTと会って、アリサ様のサインを貰ってこないのはもう犯罪でござるよ! それでも北園寺の民でござるか!」
「あんまデカい声出すなって。しかし、ありさ様ねえ……」
周囲の迷惑になっていないか、一瞬見回したが他の部屋で人の動く気配はない。
しかし、あのありさが様付けされてようとは。バンドとしてはけっこう人気が出てきたように聞いていたが……
「罰として追加で調査をしてくるでござる」
「マジかよ。及川は知らないかもだけど、外暑いんだぞ」
「だからこそでござる。某が外に出たら倒れるでござる」
俺だって倒れそうだと言い返しかけて、静脈の色が全て見えそうな及川の青白い肌を見て思いとどまる。
確かに、これよりは耐えられそうだ。
「それに、これは真守殿にとっても悪い話じゃないはず」
「ん? どういうことだ」
「アーティファクトの噂でござる」
アーティファクトだと……?
モルスの痕跡か、先日行方不明になった"鏡のアーティファクト"か。全く別の何かの可能性もある。
いずれにせよ、確かに俺にとってスルーできない情報だ。
「いくつか気になったSNSの投稿がありまして……これでござる」
及川がモニターをこちらに向けると、そこには複数のSNSから切り取られた投稿が並んでいた。
『友達としゃべりながら歩いてたら急に別の場所にいたんだけど』
『気がついたら普段絶対入らないオシャレカフェ入ってて死にたくなった』
『これマジな話なんだけど、たぶん俺テレポート習得したわw』
「……確かに不思議な話をしているが、これは?」
俺はSNSをやらないが、これくらい適当な投稿して楽しむのがSNSなんじゃないのか?
「これは全て、この3日間の間に北園寺で投稿されたものでござる」
「北園寺とはどこにも書いてないが、なぜわかる?」
「企業秘密でござる」
ニートに企業秘密があるのか。
この分野についての及川については全幅の信頼を置いているし、仮に説明されたとて俺には分からないだろうから別に構わないが。
「気になるには気になるが、アーティファクトとは断定できないし、何よりこれだけじゃ調べようがないぜ。他に何かネットで見つからないか?」
「ネットで見つかるものは全て見つけて、それじゃあ足りないから真守殿にお願いしているのでござる」
「なるほど」
理解はできるが、なんか腹立つな。
「それにこれは間違いなく、アーティファクトでござる」
「何を根拠にそんなこと」
「分からないでござるか?」
ニヤリと含み笑いをする及川。
その異様な迫力に思わず唾を飲み込む。
「異世界転移、あるいはタイムリープが起こっているでござる! これはロマン、ロマンのアーティファクトですぞ!」
……真剣に聞いて損した。
そんなアーティファクトは存在しない、とは言わない。
大怪盗と名探偵の争ったアーティファクト達はどれも信じられないような力を持ち、世界に大混乱をもたらした。
しかしその多くは失われ、仮に潜伏している大怪盗が、例えばモルスが所持しているアーティファクトを使ったのなら、そのレベルのことだって起こせると考えて対策すべきだ。
ただ……
「それにしては、起きてることが小さすぎないか?」
「分かってないでござるね、真守殿。異世界転移やタイムリープをして、元の時空に帰ってきたとき、以前の記憶がなければこういう投稿になるのでござる」
はあ、そんなもんかねえ。
議論するのも面倒なのでため息だけを返すことにした。
「この及川克夫の技術力をもってすれば、記憶を保持したままの完璧な異世界転移を実現できますぞ。真守殿、このアーティファクトを見つけたら、某に譲ってほしいでござる」
「いや、100歩譲ってそんなアーティファクトが実在して、見つけたとして、アーティファクトの個人所持は法律で禁止されてるだろ。無理だよ」
ハッキング行為は目を瞑ってやってるんだ。これ以上はできない。
「ほうほう、真守殿。真守殿はアーティファクトを持っていないと? あるいは先月は怪盗にアーティファクトを渡したことすらあるのでは?」
「……チッ」
どこまで調べがついてるのかわからんが、確かに先月プラネタリウムの観客がいる中、マリンランタンにフライパンを投げ渡している。
あの光の中、状況が理解できた者がいたとは思えないが、及川の手で断片的な情報を集めれば__ってとこか。
「分かったよ。ダメ元で探してみる」
「交渉成立でござるな。嬉しいでござるよ、同士・真守殿」
勝手に同士扱いは勘弁願いたいな。
俺はただ、瞬間的に場所を移動できる仕組みがあるのなら、ついに捕まらないままとなった大怪盗達の手がかりになると思っただけだ。
それこそ、師匠の宿敵モルスとかな。




