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インサイダー幕引き 〜ダメ怪盗の少女と、名探偵の街〜  作者: 日高 純
第一章 ダメ怪盗ステラ・エトワールの杜撰な計画
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第2話 菜箸と倫理観のスリップアウト

 北園寺駅から徒歩10分。雑居ビルの三階にある七海灯ななみ とまりのワンルームは、外から見ればごく普通の賃貸物件だった。


 23区外とはいえ東京都の、しかも賃貸への引っ越しで挨拶に蕎麦とは古風で律儀なことだ。しかも隣の部屋で止まらず、建物ごと隣のうちの事務所まで。


 怪盗ステラ・エトワールを名乗るバカの痕跡を探るべく、現場検証として七海の部屋へ来たわけだが、中へと招かれれば他にも気にかかる点があった。


 やたら広いのだ。

 いや、正確には間取りはワンルームのはずなのに、家具の配置が絶妙なのか、視界が開けている気がする。床に点々と置かれた段ボール箱は、引っ越してきたばかりという七海の話と矛盾はないが、その配置に意図を感じないこともない。


__逃走を視野に入れた配置を無意識にしているのか?


 七海自身は気付いていないのか、靴を脱ぐなり「さ、どうぞどうぞ!」と無邪気に手招きする。

 この様子や事務所での言動を見ると偶然な気もするが、一応は気に留めておこう。

 いずれにせよ、大怪盗創りの貴重な素材候補ではあるのだ。


「本当に散らかっててすみません! あの、気を付けてくださいね。そこ、つい走っちゃうと危ないので」

「走らねーよ、ネコじゃないんだから」


 七海に付いて中にあがると妙に片付いたキッチンが視界の端に現れる。

 見たことのない形のフライパン、古そうな木べら、ガラス瓶に入った乾燥ハーブ。

 部屋の片付けは一切手つかずに見えるのに、ここだけはレストランの厨房かのように整然と片付いていて神々しさすら感じさせる。


「料理人⋯⋯なんですか?」


 料理好きなのかという問いでは失礼にあたるかもしれない。そう思わせるほどプロを感じさせるキッチンなのだ。ついでに、依頼人に対して明確に失礼であった口調をしれっと戻した。


「いえ、単なる料理好きですよ」

「そうですか。盗まれたフライパンもここに置いてあったものですか?」

「こっちに置こうとは思ってたんですけどね、気がついたら段ボールの方からなくなってました」


 ふむ、男飯しか知らない俺は調理器具など詳しいはずもない。師匠なら使わないなりに多少の知識はあったのかもしれないが、まだまだ俺も勉強不足だな。


「引っ越し業者の名前や顔は覚えてますか?」

「えーっと⋯⋯若い男の人と女の人、二人組で作業してたのは覚えてるんですけど」


 探偵として生きてきた俺はともかく、普通それくらいしか覚えてないよな。怪盗が自分のアーティファクトが置かれた部屋に他人を入れてるならもう少し警戒しているものだとは思うが。


「なるほど。時間はかかるかもしれませんが、業者の作業予定表を手に入れれば分かるでしょう。そういうのは伝手があるので」


 決めつけるのは早計だが、予告状の筆跡からして女の方がいくらか疑わしいな。

 そんなことを考えながら、他にもステラ・エトワールの残した痕跡がないか見回していると__


「⋯⋯ん? 奥の鍋の裏、何か落ちてますよ」

「あっ、それはそのままで__」

 

 七海が制止するより先に、"それ"を掴んで引っ張りだしてみると、菜箸のようだ。

 展示品のように光る他の道具達と比べ、少し煤けたように塗装が痛んでいる。持ち手には微細な傷。手入れを怠っているという感じではなく、そもそも年代物のようだ。


「……如月さん?それはその、ちょっとしたこだわりがあってそこに置いてるので、気にしないで大丈夫ですよー?」


 まあ、本人がそういうのだからこれはステラ・エトワールとは無関係か。

 言われrた通り元の場所に戻そうと掴みなおした時だった


 __カラン。


「っ……!?あ、と、すみません」

「わたしが拾います!」


 指からするりと抜け、2本とも床に落としてしまった。

  すぐに拾い上げようとしゃがみ込みながら、高速で思考を回す。

 今のはなんだ?決して不注意で落としたわけじゃない。手の力が抜けたかのような感覚がして、両手を軽く握りこむが握力はちゃんとある。


「あの、本当に大丈夫ですから」


 七海も拾おうとしゃがみ、霧がかったたような瞳と視線がぶつかる。

 その光の怪しさに探偵としての勘が働き、すばやく菜箸へ手を延ばした。

 __が、


「うわっ!?」


 掴んだはずの手はつるりと滑り、菜箸は床をスケートリンクのように直進し数メートル先の段ボールに刺さって止まった。


「……異常に滑る菜箸。アーティファクトか」


 超常の力を持つと一口に言っても、アーティファクトにはピンキリあるものだ。この菜箸のように、だから何なのだと言いたくなるような物であっても、それが物理法則に反していれば立派にアーティファクトであり、民間所持の禁じられたアイテムだ。


「あー、えっと……すごいスベりましたね如月さん! 偶然、めちゃくちゃスベってました!」

「その言い方やめろ。俺がつまらない奴みたいだろ」


 反射的にツッコミをいれてしまったが、今のはさすがに見過ごせない。

 明らかなアーティファクトをこの目で見てしまった。七海が怪盗であることの証拠にはならずとも、違法所持の現場であることは間違いない。ここで、立場をはっきりさせておく必要がある。


「七海さん。昭和46年の魔道具管理法の成立以降、アーティファクトの個人所持は禁じられています。もっとも、それ以前から先祖代々受け継いできたアーティファクトを手放さない方も多いのが実情ですし、そういう思い入れも個人的には理解できます」


 淡々と、あくまでも探偵として諭すように、座り込んだ七海の揺れる瞳へと語りかける。


「私は警察ではなく探偵ですし、今のは見なかったことにします。ですから、今度からきちんと人目に触れないところに保管してください。当然、外でむやみに使わないように」


 こんな分かりやすくて扱いづらいアーティファクトを使われた日には、すぐに警察に捕まってしまい、大怪盗育成計画に支障が出るので。


「菜箸にしろフライパンにしろ、どこでどう手に入れたのかは詮索しません。ただ、もしも“かっこいいから”なんて理由で怪盗の真似事をしようとしているのなら__」


「……如月さんは、怪盗って、かっこいいと思います?」


 七海は、散らばった菜箸を拾い上げながら、さっきまでの軽さが嘘みたいのように、重く、冷たく、問いかけた。

 次に何か言うべきかどうか、自分の内側と相談しているかのように、短く息を吸う。


 言葉に詰まる俺から七海は視線をそらしたまま、低い声で続ける。


「怪盗なんて……人の大事なものを、勝手に奪って、めちゃくちゃにして。自分の都合で壊して。そんなの、わたし……大っ嫌いです。本当に、嫌いなんです」


 最後だけ、絞り出すようで、聞いていて胸がざらついた。

 七海のその言葉は、触れることのできない深いところから出てきているものだ。


 俺だって好きで大怪盗を育てようなんて考えているわけじゃない。


「……七海」


 声をかけようとしたが、七海はいつもの笑顔を無理やり引っ張り出すみたいに、向き直った。


「でも! ほら、怪盗ステラ・エトワールは如月さんが見つけて、フライパン取り返してくれるんですもんね!」


 その笑顔は明るいのに、どこか無理をしている。

 俺はそれ以上、踏み込む言葉が見つからなかった。


 ……俺は、今、何をしてるんだ?


 胸の奥で重たい鉛が沈む。

 師匠が生きてたら、どう思うだろう。

 たぶん――いや、確実に――自ら怪盗を助けようなんてこと考えはしない。


 だけど、仕方ないじゃないか。

 俺は探偵以外の生き方を知らないし、怪盗が出なければ仕事がなく、生きていけないんだ。

 師匠と違って、探偵しかできないのだから。


「……もちろん! この探偵・如月真守にお任せください」


 七海の笑顔に押し切られる形で言葉を返したものの、胸のざらつきはすぐには消えない。

 ……が、沈んだままでは探偵失格だ。


「では気を取り直して。引っ越し業者以外には誰もこの部屋に来てないですね? その業者二人が怪盗でない可能性も一応……おい、七海。あれは何だ?」


 窓の外、カーテンの隙間からベランダに差し込む陽の光を遮るように、バタバタと大きな布が風に煽られているのが目に飛び込んできた。


「鯉のぼりです! 下の階の人が置いてるみたいで。綺麗ですよね」

「ああ、綺麗だな。おかしいとは思わなかったか?」

「え、もしかして東京には鯉のぼりないんですか!?」

「あるよ。そこじゃなくて」


 むむむと口をへの字にして考え込む七海。

 それを見ると、さっきまでの刺すような言葉が嘘みたいに幼く見えて、思わず苦笑してしまう。


「…………赤いお母さんが一番上だ!!」

「時代だよ。そういうのもあんだよ。そこじゃなくて」


 ベランダの方へと2人歩いていくと、やはり窓の鍵が開いていた。

 探偵としての勘⋯⋯でなくとも常識的に考えて、鯉のぼりを伝ってこっちから誰か入ってきた可能性が高い。ロープでなく鯉のぼりである必要性は皆目見当もつかないが。


 カーテンをばっと開け放ち、心なしか間抜けな顔に見える鯉のぼりとご対面する。


「今6月だぞ」

「__あ」


 よーく分かった。

 ここまでバカな怪盗ならちょっとくらい育てても、世間様に迷惑かけるには至らないな。



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