第17話 星空と逆襲のステラ
ドアを叩く。
何度も、力任せに。
「七海!! 聞こえてるなら返事しろ!!」
拳に痛みが走る。
だが、止めない。
中から返ってくるのは、鈍い衝撃音と、短く切れた呼吸音だけだ。
金属が擦れる音。
床を踏み鳴らす足音。
――戦っている。
それも、余裕のある動きじゃない。
「くそ……!」
仮に七海が気づいていたとしても、
この状況でドアを開ける余裕なんてあるはずがない。
怪盗ステラ。
こっちは妹エトワールと違って、明らかにアーティファクトを使った実績がある。それも不特定多数を巻き込む形で
俺は歯を食いしばり、もう一度ドアに体当たりした。
「……クソ」
星空に体当たりじゃ届かないってか。笑えねえ。
せっかく予告状の謎を見抜いても、これじゃ意味がない。
何か他に手はないか、辺りを見廻すが何の打開策も見当たらない。
そもそもどういう理屈で開かなくなっているかも分からないのだ。なんらかのアーティファクトで扉が接着されていたらもう外からはどうしようもない。
ダメ元で非常口側に回ってみるか?
そう考えはじめた時だった。
__ドン。
「っ!」
何かが、目の前の扉に叩きつけられた音。
七海か、ステラか。いや、どちらであったとしても、今打つべき手は一緒だ。
もう一度、渾身の力を込めてドアを叩き、声の限りに叫ぶ。
「七海! いるならここを開けろ!」
これで仮にステラが反応しても、中にいる七海に俺の存在が伝わるかもしれない。
すると__ビンゴだ。
「えっ?如月さん?」
七海の声だ。
本当に小さくだが間違いない。
「おい、七海! そっちから開けられるか? 鍵とかないか」
「無理です! ドアノブがロープでギッチギチに縛られてます!」
……そうか。
「すごくバカっぽいな」
「わたしもそう思います!」
そんなこと言ってる場合じゃないのは分かってるんだが、つい口から出てきてしまう。
単にロープで縛ってあるだけなら、策はある。
「例の菜箸あるか? そいつを結び目に刺せ」
「え、菜箸? ありますけど」
よし、あれがいかに摩擦がないかはこの目で見ている。ロープの方はなんとかなる。
あとは__
「__そうはさせませんわ!」
ガツンという金属音と、聞き慣れた機械音声が向こう側で響く。
ステラ・エトワールを抑えながら、どうロープを解く時間を稼ぐか、だな。
扉を隔てて何か固いものが倒れる音がする。高さから考えるに椅子か? 椅子で何か隙を作れれば……いや、ダメだ。そもそもどれくらい時間が稼げればいいのかすらこちら側からでは__
「うわっ!? な、何? 何ですのっ!」
微かに聞こえてきた動揺する機械音声。
なんだ? 何が起きた?
「今開けます!」
続いて七海の声。
想定外のラッキーのようだが、この状況で想定外が起きること自体はあまり歓迎されないな。
怪盗ステラは、あの大怪盗モルスとなんらかの繋がりがある。この想定外がもしモルスによるものだとしたら__
「あ、開けますけどっ! 絶対わたしの姿を見ないでくださいね!」
「無茶言うな。鶴の恩返しですら扉は閉めるぞ」
……もう、どうでもいいか。なるようになれ、だ。
そんなことを思ううちに扉が向こう側から開けられた。
俺の前に飛び込んできたのは七海……ではなく、怪盗マリンランタンだった。
「なんでその格好なんだよ」
「は……ハーハッハ、遅かったな如月探偵! 七海灯は預かった」
無理があるだろ、それは。
「まあいい。今はマリンランタンなんかに構ってる場合じゃねえ」
「物分りがいいな如月探偵」
「うるせえ黙ってろ」
素早く視線を走らせ、状況を整理する。
乱雑に倒れたパイプ椅子に、引き裂かれたソファ。ロビーらしき部屋には、1人スタッフが倒れていた。外傷はない。気を失っているだけのようだ。
そして、先ほどの想定外の正体が、怪盗ステラに牙を剥いていた。
「シェルナ! わたしが分からないの!?」
小さくも、気高い反逆者の美しい毛並が怒りに逆立っていた。ロシアンブルーのシェルナだ。
シェルナの低い唸り声に、空気が張りつめた。
怪盗ステラ・エトワールは、数歩下がり、ゆっくりと状況を見回している。
マリンランタン。
俺。
そして飼い猫。
……完全に想定外だろうな。
「あんたが誰だかは分かってるんだろう。あんたがなんで怪盗なんかになっちまったのか……こいつは、そんな不甲斐ない主に怒ってるんだろうさ」
「ちっ……」
ステラが舌打ちする。
妹エトワールのような癇癪ではない。
計算が狂ったことへの、純粋な苛立ちだ。
「ずいぶん賑やかになりましたわね。如月探偵」 「そりゃどうも。星空デートの邪魔して悪いな」
言葉と同時に、俺は前に出る。
考える時間は与えない。
ステラは一歩引きながら、床を滑るように移動した。
エトワールより一段洗練された動き。 無駄がない。
拳が空を切る。
かわされた。
「……っ!」
返す刀のように、ステラの蹴りが飛ぶ。 重心を低く保った、鋭い一撃。
俺は腕で受け流し、そのまま距離を詰める。
だが――
「甘いですわ!」
ステラは身体をひねり、俺の懐から抜けた。
床を蹴る音が二つ。
「ハァッ!」
七海だ。
横からの突進。
パルクール仕込みの加速。
ステラは一瞬、驚いたように目を見開いた。 それが、唯一の隙だった。
だが。
――止まる。
七海が身体を空中で切り替えし、伏せる。
俺にも見えた。ステラの手元で光るあれは……ルーペ。光のアーティファクト。ステラがそう呼んでいた盗品だ。
「なっ……マリンランタン!」
「大丈夫です! それより、アレ。ステラは、アレでプラネタリウムの光をすっごい強さに」
本物のアーティファクトだったっのかよ……! 光を増幅させるアーティファクトってとこか。
豆電球があれだけの光を放つ兵器に変わった代物を、プラネタリウムに使ったのか、こいつは!
「ふむ……如月探偵も、星空デートの続きをご一緒にいかが?」
「レディのお誘いとあれば、断る道理はねえな」
ステラがロビー奥、黒塗りの大きな扉を蹴破ると、超新星爆発でも起こったかのような強烈な光線が溢れた。
なるほど、そこがシアタールームか。
「マリンランタン、追えるか?」
「はい。光対策はバッチリです!」
七海がそう言って、マリンランタンのマスクを指さす。
前に見たときと違って、目を完全に覆う色の濃いガラスが見えた。
「なるほど、お前にしちゃ上出来だ。警察もサングラスで対策してたくらいだしな。じゃあ……いくぞ」
「はい!」
シアタールームへの扉に体当たりするように、ステラを追っていく。
すぐに視界を、常人なら即座に気絶するような破滅的な光が満たした。
鹿撃帽が”掠り傷”レベルまで威力を弱めてくれるが、これは酷いな。
客席は、ざっと見ただけで八割が気を失ってぐったりとしている。残る2割がうつむき、目を両手で覆っている。
……やりやがったな、怪盗ステラ。
「皆さん、絶対に顔を上げないでください!」
とりあえず、少しでも観客の安全を確保しようとそう叫ぶ。
「だれ? マリンランタンの仲間?」
その言葉に、たった一つ、まだ意識を保っていた小さな少年が答えた。
マリンランタンの仲間? この状況で、ステラの仲間を疑われるなら理解できるが、これはいったい……?
「そうだよ」
俺のすぐ後ろで七海が、優しく答える。
「皆さん! 探偵の如月真守さんが来ました。わたし、マリンランタンと協力して絶対にステラを止めますので、しばらくそのままで!」
ああ、なんとなくわかった。
観客がパニックを起こさず、二割も意識を保っているのはこいつのおかげか。
だけど、悲しいことに言うならそうじゃないんだよ。
自虐的な笑みが沸くのを堪えきれず、声として漏れる前に続けて補足した。
「カドクラ探偵事務所、門倉秀樹の弟子・如月真守です。もうしばらくそのまま待っていてください!」
今度は、複数から安堵の声が上がった。
「門倉さんのお弟子さんだ!」
「え、真守ちゃん?」
「助かったぞ! 門倉さんのとこなら間違いない!」
……いつか。
いつか、俺の名前だけでみんなに安心してもらえるような、そんな探偵になれるかな。
「静かにしなさい!」
入口と真反対に陣取ったステラが、はじめて少し感情的になりながら叫んだ。
もうヤツに逃げ場はない。
非常口を示す緑色のパネルの先、密室を作るためにステラ自らロープで固めた扉が見えた。
「星が綺麗ですね、怪盗ステラ。今なら手が届きそうだ」
「ふん、月並みな口説き文句ね。如月探偵」
俺は周囲の観客に聞かせるように、師匠が言いそうなセリフを、ステラに投げかけた。
「それで、怪盗と探偵のデートに割り込もうという貴女は、何者ですの? マリンランタン」
ステラが、今度は七海へ怒りをぶつける。
だいぶ余裕がなくなっているな。それは、こいつを逮捕することだけを考えたらいいことなんだが。
「さっきも言いましたよね。わたしは所詮あなたと同じ怪盗、怪盗マリンランタンです」
七海の声は、静かな怒りに震えていた。
「それでも、ステラ・エトワールとは違います。あなた達は、何も知らない。北園寺の街並みの美しさも、食べ物のおいしさも、人の強さも温かさも。だって、知らないからこんな……こんな風に街も人も、傷つけることができるんでしょう?」
……七海。
俺は、何も言えずにいた。
「この街に来て日の浅いわたしでも、知っているから、こんなことはできないもの。だから、わたしはあなたを捕まえます。今日だけは、正義の怪盗マリンランタンです!」
七海は、やっぱり他の怪盗とは違うんだな。
今度、ちゃんと話を聞いてやるか。もちろん、将来の大怪盗候補としてな。
「志摩屋の焼き鳥の味はまだ知らないですけど!」
前言撤回、このバカの話を聞く時間がもったいない。
というか、まだ恨んでたのか。
ところで、スピーチ中申し訳ないが、先ほどから何か物が焦げている匂いが充満してきている。
おそらくはスクリーンが異常な光量に耐え切れず、焼け切れ始めているのだろう。
豆電球は発熱していなかったはずだが、アーティファクトの引き起こすことには、使用者ですら謎なことは付き物だからな。
「マリンランタン、その辺にしておけ。焼き鳥じゃねえが、ちと焦げ臭いのに気が付かないか? たぶん強すぎる光でスクリーンが焼け始めてる。火事になる前に片づけるぞ」
志摩屋の話をされたくなかったわけでは、決してない。




