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インサイダー幕引き 〜ダメ怪盗の少女と、名探偵の街〜  作者: 日高 純
第一章 ダメ怪盗ステラ・エトワールの杜撰な計画
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第16話 誤読と孤独のマリンランタン

 六月十七日。

 夜の帳が下りきる前の、京総八幡宮けいそうはちまんぐうはひどく静かだった。


 昼間の観光客はとっくに引き、境内には風に揺れる木々の音と、遠くの車の走行音だけが残っている。

 提灯はまだ灯っていない。

 予告状に書かれていた「星の運行もっとも輝く刻」には、まだ少し早い。


「……こうして見ると、何も起きそうにねえな」


 鳥居の陰で腕を組んだ源さんが、低く呟いた。


「怪盗ってのは、だいたい“何も起きなさそうな時”に来るもんですよ」

「経験談か?」

「師匠談です」


 俺は拝殿の方から視線を外さずに答える。

 石段、賽銭箱、本殿の屋根。

 逃げ道は昨日までに何度も頭に叩き込んだ。


「しかしよ……」


 源さんが、ポケットから煙草を出しかけて、やめる。

 珍しい。


「この予告状、どうにも回りくどくねえか?」

「ええ。ステラにしては」


 赤いカード。

 金文字。

 芝居がかった言い回し。


 文面だけを見れば、いつもの怪盗ステラ・エトワールの“ラブレター”だ。

 だが――。


「妹が捕まった直後に動いたのか、もともとの計画と妹の逮捕が重なっただけなのか……」

「焦ってるようにも、余裕ぶってるようにも見えるな」


 源さんが鼻で笑う。


「双子の片割れを捕まえられて、逆恨みってやつか?」

「それが本命ですね。京総八幡宮に、前回取り逃したものがあることに、この短期間で新たに気が付いたっていうのは考えづらいですし」


 俺は鹿撃帽のつばを指で押さえた。


「あるいは、モルスの指示で何かの囮や捨て駒をさせられている線もあります」

「なるほど。怪盗同士ってのは別に仲間じゃねえもんな」

「ええ。たぶん」


 脳裏に、別の顔が浮かぶ。


 青いワンピース。

 怪盗嫌いを名乗る怪盗。

 そして――今日は、ここにいない少女。


「……そういや、あの嬢ちゃん来てねえな」


 源さんも同じことを考えたらしい。


「ええ」

「"一般人”なんだろ?」

「……そうです」


 七海灯。

 怪盗マリンランタン。


 源さんも何か感じるものはあるらしい。

 これ以上何かするようなら、七海の方から逮捕されてもおかしくないな。

 何も盗んでいなくとも、怪盗を自称すること自体がもう犯罪行為なのだから。


「如月」

「なんです?」

「予告状の意味するところ、ここで合ってるよな?」


 源さんが、真面目な声で訊く。


「ええ」

「これは感覚的な話なんだけどな。なんかここ、事件の匂いがしな過ぎるんだよな」


 短い沈黙。


 風が強まり、境内の木々がざわめいた。

 星は、まだ見えない。


「……それは、俺もそう思います」


 俺は、拝殿を見据えたまま言った。

 妹エトワールほど直接的でない、ある意味怪盗らしい予告状の文面を、改めて思い出す。


『ふたごの星の降る折、円盤の頂より姿を現す。

 神聖な地より宝を受け取る、星の片割れステラより。

 来る六月十七日、星の運行もっとも輝く刻にて――我が舞を御覧あれ。』


 ふたごの星の降る折__ふたご座流星群の降る12月を連想するが、日付ははっきりと六月十七日と記載がある。

 だからこれは、続く円盤の頂という言葉から12時の方向、北園寺の最北端エリアに位置するここ、京総八幡宮のことを指すと考えた。怪盗ステラは一度ここで騒ぎを起こしているし、神聖な地というのも一致する。俺も、源さん達警察もこの推理だ。

 もっとも、他の可能性も無視はしていない。北園寺エリアにある中小の神社、仏閣、教会……およそ神聖な地と表現し得る場所にはそれぞれ警官が配置されている。沼尻公園内の小さな祠にすら1人ついているくらいだ。抜けはない。


 強いて気になる点をあげれば、宝を"受け取る"だ。

 何か盗みのターゲットがあるわけではなく、テロ行為によって妹の釈放を要求する。そう読むのが自然だ。

 だから今回、異常発光を引き起こすアーティファクトを警戒し、警官達は皆色の濃いサングラスを所持している。乾電池も豆電球も、それそのものがアーティファクトでないことは魔道具鑑識課の調べで分かっているから、対策はとった。


「でも、何かが引っかかる」


 独り言のつもりだったが、傍らで源さんが頷いた。

 沈む夕陽を見ながら、そろそろステラが来てもおかしくないと源さんがサングラスをかけた。


「よく似合ってますよ。不良警官って感じがよく出てる」

「アメリカの警察みたいだと言ってほしいね」


 身体がゴツいからそれも遠くはないな。

 そんなことを一瞬思ったが、軽口はこれくらいに止め、怪盗の襲来が近いのだと気を引き締めなおす。


 相手が誰だろうと油断は禁物だ。

 一昨日、探偵しかできない俺は探偵をきっちりやると決めたのだから。

 俺にそう決意させてバカのことを、ふと思い出す。



『如月さんは、わたしやステラ・エトワールと違って探偵で、頭いいんですから、できますよね?』



 そう、七海なんかにこう言われて気づかされるなんて、俺もまだまだ……


「__ん?」

「どした、探偵見習い」


 いや、待て。そうじゃねえか。この違和感の正体はこれだ。


 怪盗ステラの予告状だぞ。解読の仕方が賢すぎやしないか?

 もっとバカの考えた文だと思って読まなきゃいけなくないか!?


 たとえばそう、ふたご座流星群の降る12月だと? もっと怪盗ステラの気持ちになれ。七海レベルで考えろ。

 そんなこと知っているわけも、調べるわけもない。

 ふたご座だったらそう、テレビの星座占いでしか知らないはずだ。ふたご座だったらだいたい6月生まれ、円盤の頂なら6時の方向じゃないのか?

 真反対、北園寺の南エリアの方だ。あっちにある神聖な地は? 神社、教会、そういう場所は何がある? 強いて言えば沼尻公園の祠くらいか?


「おい、探偵見習い。なんだ、急に考え込んで」


 源さんの言葉に返している余裕はない。

 とにかく考えを巡らすんだ。七海レベルで。

 もっと七海を思い出せ、そこにバカの考えることのヒントが__



『しん……せ……この英語、なんて書いてあるんですか? 日付っぽいですけど』



 唐突に思い出した。

 街の南側も七海と歩いていた時、プラネタリウムの周年記念上映のポスターを見かけたときだ。

 七海あいつはこう言っていた。


 ――since 17.6.1995

 since 17(しんせ いな)


「いやいや待て。冷静になれ。 そんな薄い可能性に賭けて、この場を離れられるか!」


 いくらなんでも、この推理に則って動くくらいなら、この場所に賭けた方が賢明だ。

 ありえない。


「おい、探偵。無視すんな!」

「っ! __あ、すんません」


 源さんが短く、強く俺を呼ぶ声で正気に戻る。

 そうだ、ここで怪盗ステラを待ち受ける。今すべきことに集中しなくては。


「……で、なんか思いついたんだろ」

「まあ、一応、はい」

「警官が張ってる場所か?」

「いえ、全く見当違いの場所です。忘れてください、ちょっとおかしくなってました」


 怪盗ステラが七海レベルでバカだったとして、あのプラネタリウムのポスターを偶然見て、偶然同じように読んで、極めつけに偶然予告状に使うなんて、それこそ天文学的な確率の話だ。


「じゃあ、そっち行け。ここは俺一人で十分だ」

「は?」

「いいから行け、探偵。門倉の弟子なんだろ。あいつが無茶苦茶なことを考えるときは、いつも当たるんだよ。だから、行け」


 何を意味のわからないことを、とは言わせない迫力が源さんにはあった。

 その気迫に圧されたわけではないが、事件の匂いがここからはしないという直感もあって、この馬鹿げた思い付きに賭けてみたい気持ちが膨れ上がっていく。


「はやく行け。陽が落ちたらもういつ始まってもおかしくないんだぞ」

「源さん……ハズレかもしれないっすけど、いいですか?」

「おう、いいぞ。はずしたら、やっぱりお前はまだ見習いだったってだけだ」


 源さんの太い腕が、俺の胸を軽く押した。


「じゃあ、すいません。ここお願いします」


 言うが早いか、俺は街の反対側、北園寺プラネタリウムへと走りだした。




 結果として、俺は見習い卒業ということらしいな。


「はあ……はあ……」


 北園寺プラネタリウムを最上階の4階に構える古いビル、その前に立って呼吸を整える。


「警察! 警察は!?」

「もう通報した!」

「誰か大家さんの連絡先知らない!?」


 ビルの前に着いたときにはもう混乱が始まっていた。

 1階から3階のテナントの人達と思しき人だかりができている。


『__プラネタリウムは怪盗ステラが占拠した。警察に次ぐ。人質を解放してほしければ怪盗エトワールを開放し、ここに連れてこい。……プラネタリウムは怪盗ステラが占拠した。警察に次ぐ__』


 ビル全体の非常放送設備からだろう。同じメッセージが大音量で繰り返されている。


「ちと遅れたが、ここで決着をつけるぞ。怪盗ステラ」


 エレベーターがステラの制御下にある可能性もゼロではないので俺は階段を上り始める。


「お、おいあんた! 危ないぞ」


 その姿を見た群衆の一人が声をあげる。

 肩越しに振り返り、不安げな表情の人達へ、なるべく余裕そうに見えるよう笑いかけた。


「大丈夫です。この探偵・如月真守きさらぎまもるに……門倉秀樹かどくらひできの一番弟子にお任せあれ」




 4階までたどり着き、ドアに手をかけるが、まあ案の定開かない。

 非常階段側の出口がもう一つあるはずだが、そっちもダメだろう。

 __それに、だ。


 中からドタバタと音がする。最初は観客がパニックを起こしているのかと思ったが、そうじゃない。

 一つ一つの音がはっきりと聞き分けられる。中で大人数が動いていたらこうはならない。


「動いているのは、二人か……?」


 それにこの音は。……怪盗ステラと、誰かが戦っている?


 いや、自分を誤魔化すのはよそう。もうさすがに予想がついている。

 だから俺は、なんとか中に聞こえるよう、ありったけの力でドアを叩き、叫ぶ。


「七海!! いるんだろ!? 中から開けられねえか!?」





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